第14話 ホルター到着

 カンザル王国に属する街の一つ・ホルター。


 ライドの故郷であるその街はまるでハリボテのような街だった。

 王都へと続く汽車の駅周辺は王都並みに盛況だ。石造りの街並みも王都に劣らない。スーツ姿など着飾った人間も多く、活気もあった。


 しかし、一時間も歩けば街並みは一変するのだ。

 整地されていない地肌がむき出しの路面に木造の家も目立つ。

 多くの者はまるで違う街に来たような印象を抱くだろう。


 これがホルターの特徴だった。

 中央区――玄関口ばかりが優遇されて富が収束し、外に向かうほどに貧困となる。

 結果、中央区に住む富裕層が三割。

 それを支える貧困層が七割という歪な構図が出来あがった。

 税は厳しく取り立てるというのに、行政も司法も中央区以外は雑になる。


 これはずっと続いて来たことだった。

 外交と体裁ばかりを気にする領主・ホルター男爵家の在り様通りの街だった。


「……何か一気に田舎になったね」


 と、辻馬車から降りたレイが街並みを眺めて言う。

 ティアも遅れて降りて「うん」と頷いた。

 ここはホルターの東地区。俗称で貧民東区とも呼ばれている場所だ。


「ここにライドのお店があるんだよね?」


「うん。そのはず」


 レイの問いにティアが頷く。

 故郷で店を出すために冒険者となったという話は、彼が冒険者時代に二人ともライド本人から聞いていた。そして無事出店できたことは手紙で知っている。


「住所は分かる?」


「何度か手紙はやり取りしているけど、流石に土地勘はない」


 当然ながら初めて訪れた街だ。

 整地された街は類似した建物が多いのでそれはそれで分かりにくいのだが、こういった田舎は複雑に絡まるように無秩序に建造物が立っていることが多い。住所に辿り着くにはかなり手を焼きそうだった。


「人に聞くのが早そうだね」


 人見知りを全くしないレイが近くの青果店に突撃した。


「おじさん!」


「おう。いらっしゃい」


 と、店主の男性がニカっと笑う。


「何が欲しいんだい?」


「えっとね。じゃあリンゴ。一個買うから教えて欲しいことがあるんだ」


 レイがそう告げると、「何が聞きたいんだい?」と店主は返した。

 同時にティアも店の前にまで追って来る。

 レイはリンゴを購入すると、早速しゃりっと一口かじって、


「あのね。ブルックス道具店って知らない?」


「ブルックス? ブル……ああ! ライドんとこの店か!」


「やったっ!」


 レイは瞳を輝かせた。


「いきなり大当たりっぽいよ! ティア!」


「……相変わらずレイは運がいい」


 ティアは呆れつつも、少しだけ頬を綻ばせた。

 これでライドに会えるのが早まるのだ。やはり嬉しかった。

 しかし、続く店主の言葉に二人は硬直する。


「けど、ライドの店は三年ぐらい前に潰れたって話だぜ」


「「………え?」」


 二人は目を丸くした。

 二人とも思わず固まってしまう。

 そして最初に回復したのはレイの方だった。


「ええッ!? ライド失業しちゃったの!?」


「ああ。まだ店舗自体はあると思うが、人の出入りはねえな……」


 店主が腕を組んで言う。


「うわあ、ライド、まさかの無職……」


 レイが「あわわ」と動揺する中、ティアが「店主さん」と問う。


「ならライドがどこにいるのか分かる? 今その店舗にはいないのでしょう?」


「ライドの奴か? ああ、そういや、あいつ全然見かけねえな。別の地区に引っ越したんじゃねえか? いや、そうだな」


 そこで店主はポンと手を打った。


「宿屋の女将のシータならたぶん知ってると思うぞ。あいつはライドの親代わりか姉貴分みたいなもんだからな」


「……そう。ありがとう」


 と、感謝を告げるティアに、


「いいってことさ。それよりも綺麗な姉ちゃん」


 店主は再びニカっと笑った。


「あんたもリンゴ一つどうだい?」



       ◆



 二人はリンゴを二つ購入すると、その場で食べて青果店を後にした。

 シータという女将がやっている宿屋の場所は店主から教えてもらった。

 少し複雑な路地だったが、目的の場所にはニ十分ほどで到着した。


 ――宿屋ニックス。

 それが目の前の店舗の名前だった。


 扉の前の低い階段を昇って店内に入る。

 そこは酒場か食堂のような内装だった。

 二階が宿で一階は食事をする場という店のようだ。

 結構、人が入っていたので食事の方がメインなのかもしれない。


「お客さん。いらっしゃい」


 その時、エプロンを付けた十五歳ぐらいの少年が近づいて来た。


「お食事ですか? それとも宿泊ですか?」


 そう問われて、レイとティアは互いの顔を見合わせた。


「まあ、丁度いいかな」


「うん」


 ティアが少年を見やる。


「二名で宿泊。部屋はベッドが二つあるなら一部屋でもいい」


「はい。ありがとうございます! 二名さまですね!」


 少年は振り返って叫んだ。


「母ちゃん! 宿泊のお客さん! 二名さんだよ!」


「こら! カイト! お客さまの前でそんな口を聞くんじゃないよ!」


 すると、厨房の奥から一人の女性が姿を見せた。

 五十代前半ほどの大柄で恰幅の良い女性だ。

 彼女はティアたちを見ると、ニカっと笑った。


「いらっしゃいませ! お客さま!」


 一方、ティアとレイはまじまじと女性を見つめた。

 そして、


「あなたがこの宿の女将のシータさん?」


 ティアがそう尋ねると、「ん? そうだけど?」と女性――シータは答えた。


「実はあなたに聞きたいことがある」


「聞きたいこと?」


 厨房から出てきてシータは眉をひそめた。


「なんだい? 藪から棒に」


「仕事が落ち着いてからでもいい。教えて欲しい」


 一拍おいて、ティアは言う。


「ライドの今の居場所について」



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