第13話 その頃のライドは②

 ライドの故郷であるカンザル王国は西方大陸に存在する。

 西方大陸の南西寄りの国だ。


 そこから西に進んだ場所にあるのがアレスたちと出会ったマキータ国。

 そしてそこから東方に汽車で三日進んだところで国境を越える。


 そこからはマキータ国の隣国の領土。

 国土の七割が森に覆われたグラフ王国の領土だ。


 現在、ライドが滞在する国である。

 この国の特徴としては、人族と獣人族との確執と対立だった。

 王都シンドラットを中心に、三十七の街を生活拠点とする人族。

 そして広大な森の中におよそ二百の集落を展開して暮らす獣人族。

 お互いの関係は最悪と聞く。特に人族の生活圏では獣人は奴隷になっているらしい。

 定期的に森から獣人を攫い、隷属の首輪とかいう道具で従わせているらしい。ヴァイス系精霊魔法が組み込まれているとライドは聞いたことがあった。


 なお獣人とは多種いる。

 代表的な種族として狼人ウルフ族、兎人ラビト族、鷹人ホウク族、虎人ティガ族……。

 他にも多くいるが、共通としては始祖たる神獣の祖霊を祀る種族だった。

 しかし、グラフ国では森人エルフ族や鬼人オウガ族まで獣人扱いになるらしい。

 この国には絶対ティアを連れて行きたくないなと少年時代のライドは思っていた。今でもその考えは変わらない。


 そんな正直全く良い印象を持たない国にどうしてライドがいるのか。

 結論から言うと、特に目的がなかったからだ。


 昔と違って今は気ままな一人旅。

 足の向くままに汽車に乗ったら、この国に来ていたのである。


 ただ観光には不向きだとライドは思った。

 王都シンドラットは繁栄している。商人なども多く街並みは活気に満ちていた。


 しかし、ところどころに獣人族の姿がある。

 獣の耳と尾を持つ者たち。彼らはみな奴隷だった。


 全員が菱形の紫水晶が付けられた黒鋼の首輪――隷属の首輪を着けられている。両手首にも強制人化の黒い手錠を着けさせられていた。

 あれらの道具は無理に外そうとすれば過呼吸になるほどの激痛が奔るそうだ。

 そのため、獣人族たちは逆らうことも出来なかった。

 男は過酷な重労働。女は娼館にも流されるそうだ。

 この国の冒険者の依頼には獣人狩りというのもあるらしい。


(ティアだけじゃなく、リタも絶対に連れて来たくない場所だな)


 訪れて早々にライドは後悔していた。

 なので、幾つかのギルドの依頼をこなして路銀を増やしたら、すぐにでもこの国を出て行くつもりだった。

 今日はその最初の依頼だった。

 F~D級冒険者の定番依頼。植物採取である。

 街を出て森の中に入り、目当ての植物を採取した。


「少し手間取ったな」


 ライドは木々の隙間から見える空を見上げた。

 見つけるのに少々時間がかかったため、日が暮れ始めていた。


「少し急ぐか」


 ライドは街道に向かって森の中を進んだ。

 ――そう。

 ただ街道に向かっていただけなのだ。

 それが何故か今はこうなってしまっていた。


 ――タンッ!

 ライドは空歩エア=リスを使って加速する!

 木々に覆われた森。宙空での加速は自殺行為だが、ライドは臆することもない。

 複雑な木々の配置を読み切って、さらに跳躍の加速を続けた。

 しかし、彼女・・はそんなライドに追随してくる。


「――逃げるなあッ!」


 絶叫と共に巨大な爪が襲い掛かる!

 流石によけきれない。

 そう判断したライドは抜剣して爪撃を凌いだ。

 しかし空中で受け止めたため、そのまま吹き飛ばされてしまう。

 ライドは飛ばされながらも空中で反転。両足で地面に火線を引きつつ着地した。

 ここは森の中でも少し開けた広場だった。

 そしてライドから数秒遅れて、彼女も現れる。


 ――ダァンッ!

 彼女はその場に勢いよく降りたった。

 その反動で、ぶるんっと豊かな双丘が大きく上下する。

 年の頃は十八ほどか。

 褐色の肌に瞳は琥珀。髪は短くライトグレー。その顔立ちは凛々しく美麗だ。

 服は長い布を絡めたような白い衣装。肩と背中、腹部や横腰も肌が露出している。プロポーションが抜群なので艶めかしさを覚えるのだが、後で聞いた話だと、これが一族の戦巫女の装束だそうだ。

 そして彼女の最大の特徴は頭部にある獣――狼の耳。狼の尾。そして二の腕辺りから伸びたライトグレーの獣毛と、人族の二倍ほどある前腕部と掌だ。

 それは獣の掌であり、黒い爪も生えている。


 これらは武具ではない。

 ルーツによる差はあるが、獣人族全般の特徴だった。


 獣毛の種類からして、恐らく彼女は狼人ウルフ族だろう。

 彼女は呪い殺そうとせんばかりの形相でライドを睨み据えていた。


(これはまた強烈な殺意だな)


 凄まじい殺気を前にして、ライドも魔剣を構えずにはいられなかった。


「仲間を見捨てて逃げるのをやめたか?」


 彼女が言う。


「それは誤解だぞ。オレはあいつらの仲間じゃない」


「うるさい! 黙れ! 薄汚い人間が!」


 グルルゥと彼女は牙を剥いた。

 琥珀色の瞳も獣の瞳孔を見せていた。


(完全に頭に血が上っているな。まあ、仕方がないとは思うが……)


 ライドは内心で嘆息した。

 街道に向かって森の中を進んでいたライドだったが、その途中で、とある現場に遭遇してしまったのだ。

 それは冒険者たちによる獣人狩りだった。いや、正確に言えば、獣人狩りをしようとした冒険者たちを彼女が打ちのめしたところだった。

 そこにたまたまライドが出くわしてしまったのだ。

 彼女はライドをその冒険者たちの仲間だと思ったらしい。

 問答無用で攻撃を仕掛けられたのである。


 ライドは当然ながら逃げ出したのだが、流石に森の中で狼人ウルフ族から逃げきるのは無理なようだ。そもそも狼人ウルフ族なら匂いでも追跡してくる。


「お前たちはいつもそうだ……」


 憎悪の眼差しで彼女が言う。


「私たちの命を、誇りを弄ぶ。私の弟も……」


 ギリと歯を軋ませた。


「ならば私もお前を弄んでやろう。我が祖よ!」


 彼女は空に向かって吠えた。


「偉大なる神狼ポウチよ! 我が名は戦巫女いくさみこアロ! 我は求む! 始祖の力を!」


 そう願った瞬間、白い光の柱が彼女に降り注いだ。


(これは……ッ)


 ライドは面持ちを鋭くした。

 魔剣を手に、大きく後方に跳ぶ。


(精霊信仰とは違う。古の神の一柱か……)


 かつて魔王領で遭遇した『神』を名乗る怪物を思い出して警戒する。

 すると、脳裏に厳かな声が響いた。




 ――戦巫女アロよ。汝、いかなる誓いを捧げるか――




「私は死を恐れない」


 彼女は言う。


「ゆえに捧げるは誇りを。始祖の神力を得てなお敗北せし時は地に誇りを伏す」


 そこで自分の胸元に片手を当てて、ライドを睨みつけた。


「戦巫女の穢れなき血は怨敵の手に。それを以て我が誇りは平伏す」




 ――聞き届けよう――




 天からの声はそう告げた。

 直後、彼女は「くあっ!」と呻いた。

 ライトグレーの髪や腕の獣毛、尾がざわめき立つ。

 それらが褐色の頬や肌に侵食していく。さらに全身が巨大化していく。衣服は引きちぎれてしまった。


『ウオオオオ―――ンッ!』


 彼女は両腕を広げて咆哮を上げた。

 その姿は巨大なライトグレーの体毛を持つ狼だった。

 だが、完全な狼ではない。腕の関節などは人のモノだ。両足は変化してひしゃげているが獣毛に覆われても女性的なラインは健在だった。

 その体格は人の四倍はあるが、まさしく人狼とも呼ぶべき存在だった。

 



 ――我が戦巫女よ。おお。我が一族の子よ――




 天からの声は最後に告げた。




 ――なんと僥倖か。いざ示せ、万象の王に。汝もまたちょうたる器であることを――




 しかし、彼女にはすでに聞こえていないようだった。

 ――ズンッ!

 大地に片腕をつく。

 重心を低く、『グルルゥ……』と唸りを上げた。

 狂気を宿した赤い双眸でライドを睨み据えている。

 そこに先程までの理性は見えない。

 ライドは双眸を細めて魔剣を強く握り直した。


(正気を失う完全獣化の秘術か)


 初めて見る術だった。

 その実力も不明だ。全くの未知数の相手である。

 だが、今日までの戦闘経験が警鐘を鳴らしていた。


(多分ドラゴンの幼成体よりも強いな)


 正直、ソロで挑んでいい相手ではない。

 しかし、逃走も叶わないだろう。


「……仕方がないな」


 ライドは嘆息した。

 そして、


雷王獣シクス=マティス


 囁くようにそう唱えた。

 直後、ライドの背後にて巨大な落雷が起こる。

 巨大な人狼は本能から警戒して後方へと大きく跳躍した。

 そして雷の柱の中から、ゆっくりと何かが現れる。


 それは白い体毛を持つ四足獣だった。

 体格は牛以上か。姿はどこかむっくりとした獅子のようである。


 この雷獣は第九階位相当の精霊魔法だった。

 ライドが独自に構築した魔法の中でも極めて特殊なモノだった。属性は六合シクスになる。すべての属性を合わせた結果、偶発的に完成した魔法なのである。


「久しぶりだな。『バチモフ』」


 ライドが雷獣にそう声をかけると、雷獣は『バウっ!』と嬉しそうに鳴いた。

 この雷獣には意志も、これまでの記憶もあるらしい。

 実体もあって触れることも出来る。

 生き物なのか事象なのか、創ったライドにもよく分からない存在だった。

 なお『バチモフ』とは愛称である。


 バチバチでモフモフ。

 昔レイが名付けたのが定着して、その名で呼ぶと返事もするようになった。


「しかし、お前は相変わらず鳴き方が犬なんだな」


『バウっ! バウっ!』


 長い尻尾――これは犬の形状をしている――を振ってバチモフが吠える。

 懐かしさを覚えつつも、ライドは魔剣を水平に構えた。

 対峙する巨大な人狼に向けてだ。

 人狼は両手を大地に突き、咆哮を上げた。

 それだけで周辺の獣たちが逃げ出すような威圧だ。


「さて。どこまで出来るか。手伝ってくれよ。バチモフ」


『――バウッ!』


 バチモフは鬣を帯電させて応えた。

 そうして――……。





 一時間後。

 日は完全に落ちてしまっていた。

 空には月や星も見える。

 ライドは両足を伸ばし、伏せをするバチモフに背中を預けていた。

 すぐ傍には、愛用の魔剣が地面に突き立てられていた。


「流石に疲れたな」


 頬に傷を残してライドが呟く。

 周辺は景色が変わっていた。

 木々はへし折れ、大地は抉られ、砕け、灼け焦げている。

 この広場も少しばかり大きくなってしまったような気がする。

 そして、


「………ん」


 小さな呻き声。

 ライドの腕の中には少女が納まっていた。

 元の姿に戻った狼人ウルフ族の少女だ。

 時折、吐息が零れ、大きな胸が上下する。

 精も魂も尽き果てたのか、ずっと泥のように眠っていた。

 裸体のままではまずいので、今はライドのアーマーコートで彼女をくるんでいた。


「やはりブランクを感じるな……」


 少女の顔を見やりつつ、ライドは大きく嘆息した。

 彼女には負傷はない。しかし、人狼の時には相当な深手を負わせてしまった。

 人狼化が解けると同時に傷は治ったようだが、危うく殺めてしまうところだった。

 誤解からの戦いで人殺しなど洒落にもならない。


「この三年間で少しは勘も取り戻したと思っていたんだが……」


 考えてみれば、それも仕方がない。

 冒険者に復帰してから、およそ三年。

 その期間で遭遇した強敵は、レッドドラゴンの幼成体ぐらいだ。

 魔王領での苛烈なサバイバル時代と比較したら、リハビリとも言えない。

 やはり全盛期にはまだ及ばなかった。


「まあ、今回はどうにかなったが……」


 ライドは再び腕の中の少女の顔を見やる。

 大人びた顔立ちだが、流石に眠っていると幼く見える。


「これから一体どうすればいいんだろうな」


 この子が目を覚ませば、また襲ってくるのだろうか?

 そうなると、またこれを繰り返すのだろうか?

 今の内にここから逃げるべきかとも考えるが、重度の疲労で動けなくなった少女を放置することも出来ない。


「………はあ」


 ライドは深々と嘆息した。

 流石にそろそろ自覚しなければならなかった。

 レイやアレスのことは言えない。どうやら自分も彼らに劣らずトラブルを引き寄せてしまう星の元に生まれてしまったようだ。

 出来ることなら認めたくはなかったのだが。


「本当に参ったな……」


 そうして満天の星を仰ぎつつ。

 思わずぼやいてしまうライドだった。



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読者のみなさま!

いつも読んで頂き、ありがとうございます!


すみません。長期休暇も終わり、流石にストックが厳しくなりました。(-_-;)

次回からは週一ぐらいのペースで投稿いたします。

毎週火曜日に投稿しようと考えています。

引き続き、本作にお付き合い頂けると嬉しいです!


そして少しでも面白いな、続きを読んでみたいなと思って下さった方々!

感想やブクマ、『♥』や『★』で応援していただけると、とても嬉しいです! 

読んでくださった証でPVが増えていくことは嬉しいですが、やはり『♥』や『★』は特に大きな活力になります! もちろん、レビューも大歓迎です!

作者は大喜びします! 大いに執筆の励みになります!

感想はほとんど返信が出来ていなくて申し訳ありませんが、ちゃんと読ませて頂き、創作の参考と励みになっております!


今後とも本作にお付き合いしていただけるよう頑張っていきますので、これからもよろしくお願いいたします!m(__)m



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