第12話 模擬戦②

空歩エア=レスはただの空気の塊じゃない」


 レイは語る。


「弾力自在の空気なのさ。だからね」


 レイは全力で空気の塊を蹴りつけた!

 しかし、リタに向かってではない。

 リタの後方へ飛翔したのだ。リタが振り返ると同時に再び虚空を蹴りつける。さらに加速して再びリタの後ろに消えた。


「――――な」


 リタは目を見開いた。

 レイは虚空を蹴りつける度に加速する。三次元的に動き、姿を捉えきれない。


「アハハ! じゃあ行くよ!」


 そんな声が聞こえた瞬間、目の前にレイの姿があった。

 ――ガンッ!

 斬撃を受ける。リタは運よく大剣で防げた。

 しかし、凄まじい衝撃で吹き飛ばされてしまった。


「――くッ!」


 ゴロゴロと転がりながらも立ち上がるが、再びレイの姿を見失った。

 縦横無尽に彼女の影だけが見える。

 ――ぞわり、と。

 悪寒が奔った。

 リタは横に跳んだ。

 直後、鞘付きの大剣が轟音を鳴らして通り過ぎた。


「いい直感だね!」


 レイが言う。

 リタは後方に大きく跳んだ。

 直感だけではこれは凌ぎ切れない。


(――だったら!)


 リタは大剣を武舞台に突き立てた。

 同時に右手を頭上に掲げた。


「――おお?」


 空中を駆けるレイが興味深そうな声を零した。

 すると、観客席も沸いた。


「出るぞ!」「殲滅姫の殲滅陣だ!」


 そんな歓声の中、リタは小さな声で唱えた。


光弾セイン=ドッド


 使用した魔法は第一階位のセイン系の精霊魔法。

 小石サイズの光球を撃ち出す初歩魔法だ。威力はそれこそ壊れやすい小石を叩きつける程度。精霊魔法の適性があれば、子供であっても使用できる魔法だった。

 だが、これこそがリタの最も得意な魔法――否、戦陣だった。


 彼女の周囲に光の球が浮き上がる。

 一つ、三つ、十、百、千と……。


 初歩魔法ではあるが、凄まじい数を顕現させる。

 まるでリタ自身が輝いているようだった。

 レイもティアは流石に驚いた顔をした。


「――行け!」


 リタは手を振り下ろした!

 直後、光弾たちが次々と撃ち出される。

 直線に進む光弾、曲線を描く光弾と様々な軌道だ。最速最多の光弾による一斉掃射だった。あまりに無軌道な攻撃のため、十数発は観客席を覆う氷壁にもぶつかっていた。


「うわわ!」


 信じ難い攻撃数にレイも慌てた。

 それでも空歩エア=レスを多用して回避するのだから凄いものだが、流石に数が多すぎる。

 レイの回避可能なスペースは徐々に削られていった。


(――よし)


 それに対し、リタは両腕を前に伸ばして砲台のように構えた。

 回避不能の状況に追い込み、最大最強の一撃を喰らわせるつもりだった。

 直撃すると中級魔獣でも消し飛ぶような魔法だが、相手はS級。遥か格上だ。殺すつもりで放たなければ通じないだろう。

 そしてそのタイミングはやって来る。


(――今!)


 リタはその切り札を叫んだ!


焔裂戟フレム=ボウルガ!」


 ――ゴウッッ!

 リタの両腕の間から業火の槍が撃ち出された!

 第五階位のフレム系精霊魔法だ。

 先に撃ち出した無数の光弾と共に業火の槍がレイに迫る!


 ――が。

 レイは口元を綻ばせた。


 そして、


暗闇城ヴァイス=ホルド


 直後、彼女の前に闇の渦が広がった。

 それは光弾も業火の槍も一瞬で吸い込んでいくと消えた。


「―――え?」


 リタは唖然とした。

 またしても見たことも聞いたこともない魔法だった。

 そうして、


「凄かったよ。君は」


 背後から声が聞こえる。

 リタは慌てて振り返るが、次の瞬間には足を払われて倒れていた。

 顔を上げると、そこには大剣の切っ先を突き付けたレイの姿があった。


「これでチェックメイトだね!」


 レイは言う。リタは「ううゥ」と少し呻くが、「はい」と頷いた。


「「「うわああああ……」」」


 観客席に無念の声が上がる。カリンとライラは心配そうに、ジョセフなど「姫え! 今参ります!」と血の涙を流しそうな形相で観客席から乗り出そうとしている。


「……決着」


 すうっと武舞台まで降りてきてティアが言った。


「勝者はレイ」


 審判の宣言によって完全に決着がついた。


「最後の魔法は何だったんですか?」


 レイに手を取ってもらってリタが立ち上がる。


「うん。あれね」


 大剣を背負い直してレイが言う。


「あれもボクの師匠の独自オリジナル魔法。ヴァイス系の精霊魔法でランクにするとだいたい第七階位ぐらいかな? あらゆる攻撃魔法を吸い込む完全防御の魔法だよ。えへへ」


 そこで大きな胸を腕で挟みつつ指先を組んでニヘラと笑った。


「実は、あれはボクのためだけに創ってくれた魔法なんだ。『お前は危なっかしい』ってことで創ってくれたんだ。これってまさに愛そのものだよね!」


 クネクネと身を捩じっている。


「……愛情があったのは事実だと思うけど」


 そこにティアが割り込んできた。


「情報が正確じゃない。『お前は猪みたいで危なっかしい』が正しい」


「……そこは別に訂正しなくてもいいんじゃないかな?」


 レイがジト目でティアを見つめた。

 リタは「は、はあ……」と困惑した顔をするだけだった。

 すると、


「総評。あなたは確かに強かった」


 ティアがおもむろに話しかけてきた。


「けど、あなたは剣で戦っている時は戦士。魔法を使う時は精霊魔法師の印象があった。状況に応じて二つの職種を切り替えている印象」


「あ、はい」リタはティアを見つめる。


「それも悪くはない。けど、魔法剣士なのだから、魔法と剣を組み合わせるという選択肢もあると知った方がいい。戦術の幅が広がるから」


 一拍おいて、


「私の知る最強の魔法剣士も多彩な戦い方をする人だった」


「うん。そうだったね」


 と、レイも言う。ティアはこくんと頷くと、


「今日、あなたが体験したことは生徒たちの皆と共有して」


 そこで瞳を優しく細めた。


「あなたはもっと強くなる。冒険者としてあなたとまた会えることを期待している」


 では、私たちはこれで。

 そう告げて、ティアは背中を向けて歩き出した。

 レイもその後に続く。

 リタは彼女たちの背に「ありがとうございました!」と頭を垂れていた。

 観客席の生徒たちからも拍手で見送られる中、


「最初は面倒くさいなって思ってたけど、結構良かったね」


 と、レイがティアに声を掛けた。

 ティアは「うん」と頷き、


「ちょっと寄り道だったけどよかった。後は学長と話をしてこの仕事は終了」


「うん。ということは」


 レイは大きな胸に片手を当てて「ふう~」と息を吐き出した。


「いよいよだね。十一年ぶりの」


「うん」


 ティアは頷いた。


「これで、ようやくライドに会いに行ける」


 その胸に期待を、口元に喜びの微かな笑みを浮かべて。


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