第11話 模擬戦①

「ティア」


 レイは相棒に声をかけた。


「舞台を整えてくれる?」


「……そこまで必要なことなの?」


 ティアがレイを見て尋ねる。

 レイは「うん」と頷いた。


「直接見た感じ、ちょっと楽しめるかなって思って。あの子も周囲に気兼ねなく動ける方がいいでしょう?」


「……そう」


 ティアはそう呟くと小さな声で呟いた。


氷結城壁アイス=クラウズ


 トンと千年樹ミレニアの杖をつく。

 途端、観客席の前に極薄の氷壁が立ち上がった。

 第七階位のアイス系精霊魔法だ。

 唐突な大魔法に観客席がどよめいた。

 リタも「すごっ……」と目を丸くしている。


 次いで、ティアは杖を横にして手を離した。

 フワフワと杖が浮く。

 ティアは驚くほどの跳躍力で杖の上に跳び、そのまま腰を下ろした。

 ティアを乗せても千年樹ミレニアの杖は宙に浮いたままだ。


「それじゃあ私は審判を担当する。互いに名乗りを上げたら始めて」


 そう告げるティアを乗せた杖は上空へと飛んでいった。

 一方、レイはパチンと大剣のベルトを外した。

 鞘に納まったままの大剣を構えると、ベルトを利用して鍔と鞘を固定した。

 その様子にリタはムッと眉をしかめた。


「もしかして鞘付きで戦うつもりなんですか?」


「うん。そだよ」


 朗らかな笑みと共にレイは答える。


「流石にこの子を抜くのはどうかと思って。けど、君は普通に剣を使っていいから」


「……そうですか」


 リタは少し不満を持ったが、相手は遥か格上だ。


「では、お言葉に甘えます」


 愛剣を抜いた。

 特殊な能力を持つ魔剣でもないが、ずば抜けた耐久性を持つ大剣だった。

 リタは大剣を両手で握り、下段に構えた。


「レイ=ブレイザーだよ」


 レイが名乗りを上げると、


「リタ=ブ……いえ、ジニストです」


 つい本来の家名を口にしそうになったが、リタも名乗りを上げた。


「じゃあ、始めようか」


「はい」


 レイが告げて、リタが応えた――次の瞬間だった。

 いきなりレイはリタの目の前にいた。


(――――な)


 すでに大剣を振り上げている!

 リタは辛うじて剣撃を受け止めた。

 しかし、


(――重いッ!)


 リタとそう変わらない体格だというのに後方に大きく押しやられてしまった。


「まだまだだよ!」


 レイはさらに追撃する。

 袈裟斬り、胴薙ぎ、振り下ろし!


「クッ!」


 辛うじて凌いでいるが、どれも腕がしびれるほどに重い。

 後方にどんどん追いやられていく。

 凄まじい猛攻だった。

 しかも恐ろしいことに、レイは片手で大剣を棒のように振り回していた。


(どんな腕力してるの!?)


 リタも大剣使いだが、リタの場合は全身の筋力を使って攻撃する。

 大剣と重心を合わせて踏み込み、腰の回転も連動もさせて斬り込む。言わば、全身運動による斬撃だ。


 対し、レイはほぼ腕力だけで振っていた。

 大剣をまるで長剣のように扱っているのである。


「アハハ! やるね! リタちゃん!」


 レイは満面の笑みで実に楽しそうだ。

 懸命に防御するリタとしては全く笑えないというのに。


(なんて出鱈目な!)


 堪らずリタは後方に大きく跳んだ。

 剣技では勝てない。


(――なら)


 リタは左腕で薙ぎ払いの構えを取った。


風斬エア=カザン!」


 第二階位の風の斬撃を放つ!

 しかし、これにもレイは「アハハ!」と笑って、


「魔法か! ならボクもギアを上げるよ! 空歩エア=レス!」


 そう叫んだ直後、彼女はとんでもない跳躍をした。

 ――グンッと。

 風の刃を軽々と跳び越えたのだ。その上、何もない宙空を蹴りつけて軌道を変えるではないか! 挙句の果てにはその先の宙空で停止した。

 レイは、リタが見上げるような高さで大剣を片手に佇んでいた。


「なにそれ!?」


 流石に叫んでしまうリタ。


「マジか!?」「どうなってるのあれ!?」


 観客席の生徒たちもどよめいている。

 それも当然だ。空中に浮揚するような魔法など聞いたこともないからだ。

 すると、やはりレイは「アハハ」と笑って、


「驚いた? この魔法の名は空歩エア=レスエア系の精霊魔法だよ。簡単に言えば空気を圧縮して足場を造る魔法。ランク的にはたぶん第二階位ぐらいになるのかな?」


「うそっ! 第二階位でそんな魔法、知らないわよ!」


 そう叫ぶリタに、レイは「そりゃそうさ」と応えた。


「だって、これはボクの師匠が創った完全な独自オリジナル魔法だもん」


「―――え?」


 空中で時折トントンと跳ねるレイを見上げたまま、リタは目を見開いた。


「『今ある魔法は結局、昔の誰かが創ったモノだろう? なら出来るんじゃないか?』って言って創っちゃったんだ。ボクも教えてもらったの」


「なに、それ……」


 リタは唖然としていた。


「S級の人ってそんなこと出来るの?」


「いやいや。出来ないよ。ティアにも出来ない」


 レイはそう返してティアの方を一瞥した。

 杖で浮かんで見物する相棒は相も変わらず無表情だった。


「そんなの出来るのボクの師匠だけ。ボクは使えないけど、もっと凄いのもあるんだよ。特に『バチモフ』とか。あと第十階位並みのやつとかもあるよ」


 そこで少しだけ口元を綻ばせて。


「……ふふ。流石はボクの旦那さまだよね」


「――え?」


 最後の台詞にリタは一番驚いた。

 観客席でも動揺が奔る。特に男子生徒たちから「うそだろ!?」「旦那って!?」と悲鳴じみた声が上がっていた。

 かの勇者王が結構な美女だったのでにわかファンが湧いていたらしい。

 ちなみにティアの方にもだ。


「え? ブレイザーさんって既婚者だったんですか?」


「ううん。それはこれから。正確にはボクの旦那さまになる予定の人で――」


 と、レイが言いかけた時。


「……レイ」


 ティアが突然話に割り込んできた。


「イエローカード」


 どこからともなく黄色い札を取り出してレイに告げる。


「模擬戦中に雑談が多い。次は反則負けにする」


「ええ~、恋バナぐらいさせてよォ」


 レイが不満そうに言う。


「厳しいなあ。ティアは。けど、まあ真面目な模擬戦だしね」


 レイは鞘付きの大剣を肩に担いだ。


「あんまりおしゃべりはすべきじゃないね。そんじゃあ」


 空中で深く膝を屈伸させた。

 そして、レイは不敵に笑って宣言する。


「ここからもう一段ギアを上げるからね」


 ――と。


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