第10話 元カノと妹分と愛娘
ファラスシア魔法学校には闘技場がある。
空は解放され、上から見たらすり鉢状の観客席に囲われた闘技場だ。
その中央には円状の武舞台があった。
訓練用というよりも、特殊なイベントのために使用される施設だ。
例えば、中間や期末試験のトーナメント。
例えば、今回のようなエキシビションの模擬戦などだ。
(うわあ……やっぱり始まるんだあ)
その時、リタは内心で溜息をついていた。
リタが立っている場所は中央の武舞台。
まだ対戦相手は来ていないため、リタは一人でそこにいた。
模擬戦用の準備もすでに整えてある。
制服の上に白銀の
鞘に納められた大剣は刃引きをしていない。
王都近くのダンジョン講習でも使用する実戦用の武具だ。
王都の武具屋で一目惚れして購入した愛剣だった。
(……最悪だわ)
リタのテンションは極めて低かった。
対し、観客席は異様に盛り上がっている。
「「「リタたああああああんッ!」」」
野太い声が聞こえてきた。
男子生徒たちの声だ。自称リタの親衛隊らしい。
あれには本当にうんざりする。お父さんが応援してくれるのならともかく、顔も知らない生徒たちに熱狂的に応援されても困るだけだ。
その他にも横断幕とかもある。『灰燼女王に勝利を!』とか『我らが殲滅姫!』とか、リタを表す二つ名っぽい奴がかかれていた。
(やめて。それマジで。あたしの二つ名はC級看板娘よ)
灰燼とか殲滅とか呼ばれる看板娘とは何なのか……。
この晒し物のような状況も嫌で今日は憂鬱だったのだ。
ちらりと観客席を見ると、カリンたちの姿を見つけた。
カリンは苦笑を浮かべているが、ライラなどは腹を抱えて大笑いしている。
あとジョセフの恍惚とした表情は普通に気持ち悪い。
リタは「はあ……」と溜息をついた。
(何でもいいから早く来てよ)
改めてそう願った、その時だった。
――トン。
不意にそんな音がした。
「……え?」
思わず目をやると、そこには一人の少女がいた。
リタとあまり歳の変わらない、緑の三角帽子とローブを纏う少女だ。
「え? 女の子? 誰?」
リタがそう呟くと、彼女はこちらの方に顔を向けた。
(……うわ)
リタは思わず息を呑む。
もの凄い美少女だったからだ。
あまりに儚げでほとんど幻想レベルの美貌である。
すると、彼女は、
「後ろに下がって。そこを少しどいた方がいい」
そう告げた。
リタは「え?」と困惑しつつも後ろに二歩下がった。
直後、何かがリタの目の前を通り過ぎた。
――ズザザザッ!
武舞台を
「うわあ、危なかった……」
それは人間だった。
年齢は二十代半ばぐらいか。
黒髪に白い軍服のような服。背中に大剣を背負った女性だった。
(……え?)
リタは唖然とした。
観客席も先程の熱気も忘れて沈黙している。
リタは目の前の黒髪の女性が飛んできた方向に目をやった。
観客席の最上段。そこには知り合いの女性がいた。
学長であり、校内でのリタの後見人。アリス=ジニストである。
アリスは大きく目を瞠っているようだった。
(まさか、あそこから跳んできたの!?)
愕然として再び黒髪の女性に目をやった。
「未熟」
そんな彼女は最初に現れた妖精のような少女に詰め寄られていた。
「
「いやいや、こんなもんだよ。というより魔法剣士用の魔法なのに、ティアが上手すぎるだけだと思うよォ」
そんなやり取りをしていた。
どうやら何かの魔法で跳んで来たらしい。
恐らくは精霊魔法の
「……あなたたちがS級の……」
リタがそう尋ねると、
「うん。君がリタちゃんだね」
黒髪の女性が二パッと笑った。
「ボクはレイ! こっちはティアだよ!」
と、朗らかに挨拶をしてくる。
リタの両手を取ってブンブンと上下に振った。
(うわ……)
リタは内心で思わず呻いた。
彼女が目の前に来たため、その大迫力な双丘を目の当たりにしたのだ。
……大きい。長身であるライラ並みのボリュームだ。
しかも、彼女は大剣を背負っているため、肩からかけた細いベルトで胸の大きさや存在感がさらに強調されている。リタも同じ大剣使いだが、この状態になると少しへこむので腰に吊るしているというのに。
(……ぐぬぬ)
内心で呻く。
ちらちともう一人の少女の方に目をやった。
……彼女はきっと同志。少しだけ心が落ち着いた。
閑話休題。
「あなたたちが……」
リタは緊張した様子で尋ねる。
「『勇者王』と『精霊姫』なのですか?」
「うん! そうだよ!」
と、レイが天真爛漫な笑顔で答える。
綺麗な女性だが、その笑顔はかなり幼く見える。
「お二人とも凄くお若いんですね……」
リタは素直にそう思った。
すると、少女――ティアがかぶりを振った。
「レイは十一歳の頃から冒険者をしていたから確かに若い。けど、私は森人とのハーフ。あなたが考えているのよりも大分年上」
「そ、そうなんですか……」
リタはレイに手を掴まれたまま、ティアに目をやった。
彼女はいったい何歳なのだろうかと少し気になった。
「さて。リタちゃん」
レイがようやくリタの手を離した。
「お待たせ。それじゃあ模擬戦をしようか」
「あ、はい」
リタは改めて二人を見つめた。
まさか、目の前の彼女たちが父のかつての仲間であり、その内の一人は恋人でさえあったことなど夢にも思わないリタだった。
いずれにせよ、
「それじゃあ相手はボクがするよ。ティアは審判役だから」
大剣の柄に手をやってレイが言う。
いよいよ模擬戦が始まろうとしていた。
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