第9話 勇者王レイ

「へ? 模擬戦するの?」


 学長室にて。

 頭の後ろに手を重ねたレイが目を瞬かせた。


「ボクたちが学生と? 講習とかじゃなくて?」


「はい」


 アリスは首肯した。


「それをお願いしたいと思います。相手は我が校の首席生徒です」


「え? しかも一人だけなの?」


 レイが少しムッとした表情を見せた。


「それ、流石にボクたちを舐めてない?」


「いえ。失礼しました。ご説明をいたします」


 アリスは頭を垂れて説明を始める。


「まず当然ですが、お二人がたに勝てるなどとは微塵も思っておりません。ですが、我が校は実戦を何よりも重視しているのです」


「ふむふむ。それで?」


 後ろ手を組んだまま耳を傾けるレイ。

 隣のティアもアリスを見つめて話を聞いていた。


「我が校の生徒が冒険者として巣立ったとしても、S級の方々と出会う機会は稀少だと思われます。ならばこの貴重な機会にS級の実力を肌で感じて欲しいのです」


 一度の講習よりも実力差を目の当たりする方が得るモノが多いと考えました。

 と、続ける。


「ふ~ん。どう思う? ティア?」


 レイはティアに目をやった。


「あなたの言っていることも分かる」


 ティアはそう切り出して、


「確かに体で経験することも大切だから。けど、それならパーティー戦でもいい。私かレイのどちらかが、その子たちの相手をする」


 実力差を鑑みれば当然の提案だった。

 なにせ、二人とも幼成体程度ならソロで竜種も仕留められるのだ。

 学生に一対一で挑まれても瞬殺にしかならない。

 まあ、それもまた肌で感じるということなのかもしれないが、せめてパーティー戦にでもしなければ得られるモノもないだろう。


「まあ、そうだよね。あ、もしかしてアリスさん、精霊魔法師のティアなら近接戦系の職種の相性とかで喰らいつけるかもとか考えてる?」


 レイは再びアリスに視線を戻した。


「それなら無理だよ。ティアってえげつない移動砲台だからね。第三階位ぐらいまでなら溜めなしで無限に魔法を撃ち続けるから相手の子は灰になるよ?」


「もちろん、千を超える魔獣のスタンピードさえも殲滅したという『精霊せいれい』のご勇名も存じ上げております」


 アリスは言う。


「ただの学生では瞬殺は当然でしょう。ですが、彼女ならば善戦の可能性が全くない訳でもないと私は考えています」


 言って、アリスは執務席に置いていた成績表を手に取った。


「これが彼女のデータです」


 それをティアに手渡した。

 その資料には名前と顔写真と共に詳細な成績が記されていた。

 名はリタ=ジニスト。三回生らしい。

 ティアは表情を動かすことなく資料に目を通して、


(………え?)


 その中にある項目の一つに内心で驚いた。


「へえ~。どんなの?」


 レイも資料を覗き込んでくる。

 そして、ややあって「へ?」と彼女も目を丸くした。


「え? これ間違えてない? 精霊数が二十万って……」


「いえ。間違えておりません」


 アリスは言う。


「彼女はルナシス氏に並ぶほどの精霊数を持っているのです」


「……この子は」


 ティアはアリスに目をやった。


「何者なの? 『ジニスト』の名前からしてあなたの妹なの? 資料にある彼女の写真もあなたにとてもよく似ている」


 と、尋ねる。


(……それにこの人の精霊数。これは……)


 顔には出さずティアは思う。

 実は少し驚いていた。

 目の前のアリスという女性。ティアの精霊眼に映ったその数は……。


(たぶん、二千・・ちょっとある)


 これもティアの仲間以外では初めて出会った数だ。

 二千などとんでもない数である。

 姉妹だとしたら、精霊たちに愛されるような家系なのだろうか。

 そんなことを推測するが、美貌の学長は何も答えない。

 何故か沈黙して視線を逸らしていた。

 数秒の静寂。

 ティアもレイも眉をひそめていると、


「……妹ではありません」


 ややあって、彼女は口を開いた。


「ジニストの名は私が後見人のため名乗っているだけですので。私から言えることは、彼女は我が校始まって以来の天才だということです」


「へえ~」


 レイは興味深そうに資料を見て「ちょっと貸して」とティアから取り上げた。


「天才かぁ。凄いね。精霊数二十万なんてティア以外じゃ初めて見たよ。ティア並みの天才ってことなんだね」


「…………」


 レイのそんな呟きに、ティアは思わず沈黙した。


(……私は天才じゃない)


 才能がないと卑下する気はない。

 精霊魔法を操る精度には、絶対の自負がある。

 魔力の収束、魔法の展開速度は世界でも髄一だろう。

 しかし、ティアの精霊数は、彼女本来のモノではないのは事実だった。

 この精霊たちはティアを愛してくれた人が与えてくれた力だ。

 嬉しくはあるが、あくまで後天的な力である。


 それに対して、このリタという少女は本物の天才なのかも知れない。

 ――そう。ライドと同じく。


「…………」


 少しへこむ気分だった。

 全く顔にはでないが、意外とティアは落ち込みやすい人間だった。

 へこむ時は、とても静かに結構な間へこむのである。

 昔だとそれに気付くのは、いつもライドだった。


『ティア? 大丈夫か?』


 そう言ってすぐに優しく声を掛けてくれた。落ち込み具合が酷い時は、ティアの感情が溢れて楽になるように一晩中甘やかせてくれたこともある。

 まあ、その際に溢れたのは溜め込んだ感情だけではなかったが。


(……ライドは)


 ティアが内心で嘆息する。


(優しいけど、夜だと少しだけいじわるなところもあった……)


 へこみながらも、ついあの頃を懐かしんでいると、


「へえ。この子って魔法剣士なんだね」


 資料を上に掲げて、レイがそう呟いた。


「ティア並みの精霊数を持った魔法剣士か。面白そうだ」


 言って、レイはアリスに視線を向けた。


「うん。この模擬戦、ボクが受けるよ。アリスさん」


「よろしいのですか? ブレイザー史」


 アリスがそう確認を取ると、レイは「うん!」と朗らかに笑った。


「魔法剣士ってところが気に入ったよ。実はボクの師匠は魔法剣士でね」


「そうなのですか?」


 アリスは少し驚いた顔をする。

 それに対し、レイはニカっと笑った。


「うん。まあ、さらに言うと『師との出会い。彼こそが後の夫であるなどこの時のレイは知る由もなかった』ってナレーションが入る――いたいっ!」


「そんなナレーションは聞いたことがない」


 ティアに千年樹の杖で頬を突かれて、レイは呻いた。


「戯言はそこまで。けど、あなたに任せていいの?」


 ティアがレイに確認を取る。


「朝はあんなに面倒くさがっていたのに」


「あはは。興味も湧いたしね」


 レイは陽気に笑う。


「この精霊数だと少し手強いかも」


 ティアはジト目で言う。


「万が一にも負けたら大恥になる」


「ははっ、そうだね」


 レイはそれにも笑った。

 そして、


「それは分かっているけど、誰に言っているんだい。ティア」


 腰を手に前かがみの姿勢でレイは笑みを不敵なモノに変えた。


「ボクは人類最強の勇者。勇者王レイなんだよ!」



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