第8話 C級看板娘リタ

 プラプラと右側だけで結んだサイドテールが揺れる。

 廊下の窓から差す陽光も浴びて黄金に輝くサイドテールだ。


 彼女がただ廊下を歩くだけで生徒たちの注目を集める。

 ファラスシア魔法学校創立以来の天才。

 三学年連続主席という圧倒的な成績。

 そしてその輝く美貌もあって、彼女を知らない者が校内にはいなかった。


 ――そう。リタである。

 ただ、今のリタは少し憂鬱そうな様子だった。

 周囲の生徒も、あまり声を掛けにくい様子だった。

 そんな中だった。


「リタちゃん!」


 リタに声を掛ける生徒がいた。

 リタが振り向くと、そこには二人の生徒がいた。

 一人は背中まで伸ばし、ウェーブのかかった薄い桃色の髪の少女。瞳も同色。おっとりとしたリタより小柄な人物。小動物を思わせる美少女だ。ただ小柄な体に過搭載されたようにリタよりも二倍は大きい双丘を持つ少女でもあった。


 カリン=カーラス。

 リタの親友であり、クラスメイトだ。


 そしてもう一人はリタよりも頭二つは背の高い人物だ。彼女も親友であり、クラスメイト。白い総髪に額からは二本の角。肌は浅黒く、筋肉質で美丈夫の印象だが、引き締まった腰と、カリンよりもさらに大きい双丘が女性であると誰の目にも主張している。


 鬼人オウガ族の少女。ライラ=グラッセである。


 カリンは神官。ライラは戦士。

 二人は校内で組んだリタのパーティーメンバーだった。魔法剣士であるリタと、神聖騎士であるもう一人を加えたのがリタのパーティーだった。


「おはよう。カリン。ライラ」


「うん。おはよう。リタちゃん」


 カリンが笑い、


「おっす。リタ」


 ライラが片手を上げた。次いで、あごに手をやり、


「どうした? 何だ? 不機嫌そうだな?」


「まあね」リタは肩を竦めた。「今日、面倒くさいイベントがあるじゃない」


 そう告げるリタに、カリンとライラは目を見合わせた。


「それってあれか? 今日来るS級の?」


 ライラがそう訊くと、リタは「うん」と頷いた。


「それって模擬戦の予定でしょう。その相手をあたしにやれってアリス・・・さんが」


「ああ~、お前の姉ちゃん・・・・か」


 ライラは苦笑を浮かべた。


「そりゃあ仕方がねえだろ。S級の相手なんてお前以外じゃ無理だしな」


「しかも一対一よ。別にS級なんだから、学生なんかパーティーで相手してくれてもいいじゃない。ああ、それとライラ」


 リタは腰に手を当ててライラにジト目を向けた。


「何度も言ってるでしょう。アリスさんはあたしのお姉ちゃんじゃないから。まあ、よくお世話になってるし、髪の色とかでよく誤解されてるだけよ」


「顔立ちも似てるしね。校内だと未だ二人は姉妹だって思っている人も多いし」


 ポンっとカリンが柏手を打つ。


「けど、きっと学長先生の方はリタちゃんを自慢の妹みたいに思っているよ。いつも凄く優しい目でリタちゃんを見てるし」


「……それがなんで今回の一対一の模擬戦に繋がるの?」


 リタは、げんなりとした様子でカリンを見つめた。


「まあ、たぶん自慢してえんだろうな。S級相手に。自慢の妹分をさ」


 と、ライラが言う。リタはますますげんなりする。


「アリスさんに期待してもられるのは嬉しいけど、その結果、あたしはあの悠久の風シルフォルニアの『勇者王』か『精霊せいれい』のどっちかと戦わなきゃいけないのよ」


「あはは、二つ名持ちのS級相手なんて洒落にもならないよねえ」


 カリンも同情して頬をポリポリと掻いた。


「『戦神』、『法皇』、『巨拳』の三人はもう引退したそうだけど、全員が二つ名持ちの伝説的なパーティーかあ」


「そんなの勝てる訳ないじゃない。ああ~、速攻負けようかしら」


 と、リタが呟いた時だった。


「――何を仰られるのです! 姫!」


 そんな声が割り込んできた。

 少年の声だ。リタたちは視線を声の方に向けた。

 そこにはブロンドの髪を持つ長身の少年がいた。

 線の細い美形の少年だ。

 白い学校の制服の上に、校内で貴族の証を示す赤い外套を羽織っている。


「此度はまさに天の采配ではありませんか!」


「……どういう意味よ。ジョセフ」


 リタがジト目で聞く。

 少年の名はジョセフ=ボルフィーズ。

 リタのバーティーの最後のメンバー。神聖騎士のジョセフだ。

 ジョセフはリタの前まで来ると片膝をついた。


「S級を討ち取ることで世界は知るのです。新たなる英雄を。姫の存在を!」


 言って、ジョセフはリタの左手を取った。


「このジョセフ。歓喜の極み。姫の偉業をこの目で拝見できるのですから」


 そう告げると、リタの手の甲にキスをしようとする。

 ――が。


「……何度も言ったはずだ」


 恐ろしいほどの冷たい声が響いた。

 ジョセフを見下ろして、凍えるような眼差しでリタが宣告する。


「離せ。手の甲だろうが、あたしにチューしていいのはお父さんだけだ」


 その声だけで場の気温が一気に下がったようだった。

 周辺近くにいた生徒たちが、腰が引けて退散し始める。

 しかし、その中心地のジョセフは、


「おお……恐悦至極マーベラス。まさしく女王クイーンの眼差し……」


 恍惚とした表情で女王さまリタのご尊顔に魅入っていた。

 その様子を見ながら、カリンとライラが小声でこそこそと話し始める。


「(ジョセフくん、相変わらずだね)」


「(確かにな。あいつ、全くブレねえよな)」


 腕を組んで苦笑するライラ。

 一回生の頃、ジョセフは実力こそあったが貴族かぜを吹かせる傲慢な少年だった。

 特待生であるリタにも因縁をつけて来た。

 しかし、リタにボロボロに負けた後は、彼女を『姫』と呼び始めたのである。

 リタに心酔して彼女の騎士になったのだ。まあ、自称ではあるが。


「(けど、ブレねえのはリタもか。本当に親父さんが大好きだよな、あいつ)」


「(…………)」


「(……ん? どうした? カリン?)」


「(……誰にも言わないでね。実はこないだね)」


 神妙な小声でカリンは語る。


「(リタちゃんの部屋に行った時、ベッドの下にノートを見つけたの)」


「(………ほう)」


「(そこにはね。もうびっしりとリタちゃんがやりたいことが書いてあったの。将来のこととか。あのね。多分あの子――)」


 一拍おいて、カリンは言う。


「(本気でどうにかお父さんと結婚できないか模索してるみたいなの)」


「(………おおう)」


 ライラは額に片手を当てた。


「(……そこまで末期だったのかよ……)」


 と、呻いていた時、


「――とにかくよ!」


 ジョセフの手を振り払ってリタが叫んだ。


「あたしはぶっちゃけS級なんかに興味なんてないのよ! 欲しいのはC級資格! あたしにとって冒険者は副業なの!」


「そんな! お考え直しください! 姫!」


 片膝をついたまま懇願するジョセフを「うっさい!」と一喝して、


「あたしの本業は看板娘なんだから! C級冒険者資格を持つブルックス道具店の看板娘! それがあたし! そう!」


 両手を腰に当ててリタは慎ましい胸を張った。


「あたしはC級看板娘リタなのよ!」


「なんか格の低そうな看板娘だな」


 ライラが真顔でツッコんだ。


「うっさい! とにかくあたしは!」


 フンっと鼻を鳴らして、


「こんな面倒くさいイベントなんてとっと終わらせたいのよ!」


 この上なく不機嫌そうに叫ぶリタだった。


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