第41話 ウソと花火大会(最終話)
『皆さま、大変お待たせいたしました! 海に咲く大輪の花をどうぞ心行くまでご堪能ください』
外でアナウンスが流れ、どんどんどん、と花火が打ちあがる音がした。
カーテンを開けると屋台の灯りで賑わう砂浜が見えた。奥に広がる海の上では華やかなスターマインが打ちあがっている。海面に反射する火花がきれいだ。
(花火か。比奈と初めてのデートが七月九日だったんだよな)
いまなら思い出せる。
三ツ葉高校に合格し、入学式の会場で同じクラスだと分かったおれは嬉しさのあまりその日の放課後みつぼしに押しかけて告白した。浮かれていたせいで周りの客の目も気にせず大胆告白したもんだから比奈はパニック。当然返事はもらえなかった。
それからというもの、ことあるごとに比奈に告白した。一度失敗したせいか比奈はなかなかウンと言ってくれなくて、しびれをきらした五月下旬、花火大会に誘ったのだ。
『彼女』として来て欲しいと言ってようやくOKもらって、嬉しさのあまりカレンダーに書き込んだってわけだ。
――『もう決めたの。ぜったい、好きにさせてみせるんだから覚悟しなさい! あと忘れていると思うけど、いまのキス、初めてじゃないからね!』
笑いが込み上げてきた。
合格したらキスする、という約束もうやむやになっていたのに。
「なにが初めてじゃない、だ。比奈のウソつきめ」
「――なにか言った?」
カタンと音がして病室の扉が開いた。
髪をまとめた浴衣姿の比奈がつかつかと歩み寄ってくる。
「比奈? 面会時間すぎたはずなのになんで?」
「特別に許可もらったの。せっかくの花火をひとりで観るのは寂しいでしょ。海上花火があることは知っていたから浴衣準備しておいたの。で、いまなんて言ったの?」
「なんでもない、独り言」
「あっそ、別にいいけど。……そっち行ってもいい?」
「うん、こいよ」
比奈はベッドの空いたスペースにちょこんと座った。まとめ髪の下からのぞく項は白く輝き、顔をうずめたい衝動に駆られる。
「さっきお姉ちゃんとなにを話したの?」
「……ひみつ」
「なにそれ、お姉ちゃんスキップしながら戻ってきて『小悪魔になります』ってワケ分からないこと言うから気になるじゃん」
「妬いてるのか?」
軽い気持ちでからかうと唇を尖らせた。
「妬いてなんか…………る」
「る?」
「ああもう、妬いてるに決まってるでしょっ!」
両手をバタバタさせて暴れはじめた。
「だってお姉ちゃんめちゃくちゃ可愛いんだよ。小柄で童顔で優しくてちょっと天然で、頭は良いけど運動音痴で、萌え要素がいっぱい詰まってる。双子なのにあたしとは大違い。みんなお姉ちゃんを選ぶんだよ。っていうかお姉ちゃんと間違えてあたしに告白するのはいい加減にしてほしい! 顔くらいちゃんと覚えて!」
最後は恨み節だ。
ひとしきり叫んでから涙目で呼吸を整えている。
「だから橙輔に告白されても信じられなかったの。お店でいきなりだったからパニックになって答えを濁しちゃったけど家に帰ってからも悶々としてて。私なんかより相応しい人がいるんじゃないかって考えれば考えるほど、答えだせなくて」
「……じゃあ比奈はおれが真結と付き合ってもいい、と?」
「ヤだ!」
がばっと抱きついてくる。
「橙輔は他にいくらでも女の人がいると思うけど、あたしはイヤ。あたしはダメなの。他の人じゃイヤ。だってこんなに好きなんだから!」
パンパンパンと打ちあがる花火の中で比奈の手が震えている。
「ひな」
そっと手を重ねて握りしめた。
「おれは比奈が好きだ。真結じゃない、比奈が好きなんだ」
「だいすけ」
「それに、せっかく華やかで可愛い格好しているんだからもう少し笑顔浮かべたらどうだ?」
「かわっ……ええそうね、浴衣だけは可愛いもんね」
「ま、おれの彼女は浴衣より十倍かわいいけどな」
「ふぇっ?」
「あ、ちがった。十倍じゃなくて百倍……いや百万倍かわいい」
「ちょっ! 褒め殺しやめて!」
照れ隠しのように顔を隠すけど赤面しているのは一目瞭然。
ほんとかわいい。
「比奈、じゃあもう一度言うよ」
「え?」
おれがベッドから降りるのを不思議そうに見つめている。
すぅ、と深呼吸。
「卯月比奈さん。好きです、大好きです、おれと付き合ってください。おれの彼女になってください。お願いします!」
「はっ……」
入学式の帰り道。『珈琲喫茶みつぼし』に押しかけて口走った告白の言葉。
突然のことに比奈は赤面、居合わせた客は囃し立て、店長が「そういう胸キュンは店の外でやってくれ」と苦笑いした、黒歴史。忘れられない日。
「そのセリフ……橙輔、記憶が……」
ぽろぽろとあふれる涙が浴衣を濡らしていく。
「うん、戻ったよ。いろいろ心配かけてごめん。こんなおれだけど、これからも『彼女』でいてくれるか?」
特大のスターマイン。光と闇が交互に照らし出す病室の中で比奈は眩しいほどの笑顔を浮かべた。あふれる涙さえも輝いている。
「もちろん! 好きだよ橙輔、大好きっ!!」
胸の中に飛び込んできた『彼女』をきつく抱きしめ、数えきれないほどキスをした。
――夏の終わり。またひとつ、忘れられない思い出が増えていく。
たとえ花火のように消えてしまっても、おれたちの心の中で永遠に輝き続けるのだ。
▶ おわり ◀
お付き合いありがとうございました。
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またどこかでお会いしましょう。
いまのキス、初めてじゃないから。 せりざわ。 @seri
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