第25話 家、寄って行かない…?
『つぎは最終競技。代表者十名によるバトンリレーです』
スポーツ大会もクライマックス。
「ここで一位にとればトップ三圏内です! 頑張りましょう!」
「「「おーっ!」」」
一年三組のボルテージも最高潮だ。
(待ってろよ、比奈)
気合いを入れてアンカーの位置につく。くじ引きで決めたのだが最終走者だった。運がいいのか悪いのか。
――パァン! 第一走者がスタートした。二人、三人、四人、とバトンが渡っていく。うちのチームは三番手。いい感じだ。
「真結、がんばれー!」
第九走者は真結だ。小柄な体でがむしゃらに走っている。抜かれていく。でも大丈夫、まだ上位を狙える位置にいる。
「だいすけさんっ!」
最後のカーブ。真結はもうふらふらだ。体がはげしく揺れて足元がおぼつかない。それでも眼は諦めていない。
「おねがいします!」
懸命に伸ばされたバトンを手のひらで受け止める。九人分の想いがこもって熱い。そこに自分の指を重ねて、力いっぱい土を蹴った。
「いけ橙輔ぇ」
「佐倉ぁ!」
「おにい負けたら許さないからねー!」
たくさんの声援が聞こえてくる。すごく体が軽い。気持ちいい。
周りの景色も走者も視界に入らなかった。風に背中を押されているように、ぐんぐん進んでいく。
めまぐるしく変わっていく風景の中に一本のゴールテープが見えた。
(あそこだ。あそこに飛び込めばいい)
ブーストでもかかったように加速した。
視界が白く染まっていく。
『ごぉおおおおおおーる! 一位は――!!!』
※ ※ ※
ピンポーン……。玄関のチャイムが鳴り響く。
ここは商店街近くのアパートメントほしの。比奈と真結が暮らす家だ。
(比奈、喜んでくれるかな)
伝えたいことがたくさんある。
聞いて欲しい話がたくさんある。
だから見舞いを兼ねて直接顔を見に来たのだ。
「比奈、おれだよ、橙輔」
ピンポーン……ふたたびチャイムを鳴らす。反応がない。
コツコツと扉を叩くも応答がない。
急に不安になった。起き上がれないくらい具合が悪いのか? 動けないのか?
「だいすけ?」
横から声がした。
パッと振り向くと蜜色の髪が風になびいている。シャツにパーカーというラフな服装の比奈がびっくりしたように佇んでいた。
「どうしたの? 家に来るなんてびっくりするじゃん。連絡くれれば良かったのに」
「かお、みたくて。……どこ行ってたんだ?」
「散歩。熱が下がってきたから気分転換したくて。……橙輔? どうしたの、泣いてるの?」
心配そう顔を覗き込んでくる比奈。青い人が不思議そうに瞬くのがとてもきれいだ。
「泣いてない」
ごしごしと目蓋をこすった。顔見たら勝手に涙腺がゆるんだだけだ。
「あ、そのバッヂ。すごい、準優勝したんだね」
制服の胸元にはスポーツ大会二位を記念して三ツ葉を模した銀色のバッヂをつけている。三ツ葉高校の伝統なんだそうだ。
「みんな頑張ったんだ。もちろん比奈の分ももらってきた」
「あたしのも?」
バッヂを取り出すと一層目を輝かせた。
「すごい、かわいい。……でも病欠のあたしがもらっていいのかな」
「当たり前だろ。比奈の分も頑張ろうって奮起したんだから」
「ありがと、嬉しい。制服に留めておくね」
心配していたけど元気そうで良かった。顔色もいい。
「あとこれはクラスの奴らからの差し入れ。みんなでお金出しあって、おれがコンビニで買ってきた」
「わぁ卵や野菜や果物、ヨーグルトやゼリーまで。助かる。……あ、ハチミツレモンだ」
「ああそれ? 風邪のときはハチミツって気がしたからペットボトルの買ったんだけど苦手だったか?」
「……ううん。大好き」
目を細めてうれしそうに笑う。
そんなにハチミツレモンが好きだったのかな。
「本当にありがとう。みんなにもよろしく伝えて」
「分かった。――じゃあおれはこれで」
「え、もう帰っちゃうの?」
「顔見たかっただけだから。真結も早めにバイト切り上げてくるって言ってた。お大事に」
そう言って回れ右した瞬間ぎゅっと手を掴まれた。
「良かったら、だけど」
耳まで真っ赤にしながら、まるで小さい子どもみたいに瞳を潤ませて、
「家、寄って行かない……?」
おれを誘うのだった。
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