第24話 借り物競争「気になる人」

 大玉転がしでは連携ミスによって玉があらぬ方向に転がってタイムロス、綱引きでは運動部員が多数在籍する二年生クラスと当たって即敗退。いいとこなしで午前中が終わった。



(なんとか挽回しないと)



 迎えた午後。最初の競技は借り物競争だ。


「橙輔さーん、がんばってくださーい」


 真結の声援を受けていざ出陣。

 用意されていた箱に手を入れて紙を一枚引き抜く。内容は『気になる人』とある。


(気になる人……か)


 真っ先に浮かんだのは比奈の顔だ。いまごろ大人しく寝ているだろうか。


 二人暮らしで面倒を見てくれる人がいないため、真結は大家さんに時々様子を見てほしいと頼んできたらしい。寝ていたら悪いので昼の連絡もメールのみにしておいた。


 いまごろどうしているだろう。


(おっと、いかん。お題をクリアしないと)


 比奈以外に気になる人……といえば。


「おい桃果」


 回れ右して日傘の集団に駆け寄った。中心にいた桃果が気づいて眉根を寄せる。


「悪い。ちょっと付き合え」


「は? なんで?」


「これ」


 鼻先にぴらっとお題の紙を示すと顔色が変わった。


「気になる……これどういう意味!?」


「いいから来い。一番にゴールしないと意味ないだろ」


 いまは時間が惜しい。固まっている桃果の手首を掴んで走り出した。


「……」


 抵抗されると思いきや素直についてくる。怖いくらい静かだ。




『おおっと最初にやってきたのは一年三組。では名前とお題、相手を言ってください』


 ゴール前で待ち受けていた大会実行委員がマイクを向けてきた。


「一年三組佐倉橙輔です。お題はこれ、気になる人。相手は妹の桃果です」


『おお、妹さんですか! 一体どこが気になるんでしょうか?』


 ちらっと桃果を見やると、うつむき、いつになく大人しくしている。心なしか顔が赤いような。


「じつは……」


 昨日のことを思い出しながらこう告げた。


「昨日プリンを食べてしまったお詫びにコンビニスイーツを買ってきたんです。コーヒーゼリーに生クリームやマシュマロが乗っているようなの。でもこいつ、部屋に閉じこもって出てこないから、ごめんって付箋を貼って冷蔵庫に入れておいたら風呂上がりにこっそり食べてたんです。で、マシュマロをつつきながら『だいすけ』ってボヤいてたのが気になって。普段は『おにい』なのに、なんで名前呼びなのかなって」


『ほぅ! それはめちゃくちゃ気になりますね!』


 会場内にどよめきが走った。


『ではお聞きします。佐倉桃果さん、なぜなんでしょう。理由を聞いて納得できたらゴールとしましょう』


「だってさ桃果、理由――……ひぃっ!」



 にらんでる。

 すげぇ目でにらんでる。

 なんなら日傘を武器に持ち替えそうな恐ろしい目をしている。

 これはあれか、逆鱗に触れてしまったような……。



 そうこうしている間に他の選手たちが後ろに並ぶ。もしここで一位をとれなかったらトップ三は絶望的だ。


(頼むよ、桃果)


 必死に手を合わせるとチッと舌打ちしてマイクに向き直った。


「えーっと、おにいの聞き間違えだと思います。桃がマシュマロのことを『大好き』って言ったのを勝手に自分の名前だと思い込んだんです」


『あーなるほど。だいすけとだいすきって似てますもんね。なるほどなるほど。……でも実は普段からこっそり呼んでいるとか?』


「あ゛?」


 ぎろっ、とにらみつける。


『ひっ』


 さすがの実行委員も後ずさり。

 桃果はため息をつきながら前髪をなでた。


「今後は気をつけます。もうゴールでいいですか」


『あ……はい、オッケーです。一位は一年三組佐倉橙輔くんと妹の桃果ちゃんです。おめでとうございます!』


 かくしてゴールテープを切ったわけだが、浮かれるクラスメイトたちをよそに桃果は終始無言。すこぶる機嫌が悪い。


「あ、ありがとな、桃果」


「…………」


 話しかけんなって顔してる。まずい、これは絶対に口きかないモードだ。悪化すれば家庭崩壊の危機につながる。なんとかしなければ。


「聞き間違えてごめんな。あとプリンの件も本当にごめん」


「……」


 依然として無言のままだが目線が向く。チャンスだ。


「桃果がコンビニスイーツ喜んでくれてよかった。みつぼしのクリームあんみつもいいけど、たまにはいいよな。この辺ケーキ屋さんいっぱいあるから今度食べに行くか。みんなと……」


 つん、と袖を掴まれる。


「それデートのお誘いってこと?」


「デー……? いや比奈たちと」


「二人で。あと、おにいの奢り。そうしたら許してあげる」


「ええ!?」


「たのしみ~」


 なんだか分からないうちに奢ることになってしまった。爆食いしないことを祈る。

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