第22話 比奈のために
「――比奈!」
慌てて抱きとめ、引き寄せる。
額に手を添えるとひどく熱かった。
「橙輔さん、どうしました!?」
異変を察した真結が駆けつけてくる。
「比奈、熱があるみたいなんだ」
「……ほんとうですね、こんなに熱いなんて。店長に話してきますので比奈を休憩室に連れて行ってもらえませんか?」
「たのむ。比奈、動けるか?」
「ん……なんとか」
肩を支えながら休憩室まで連れていく。試合中ボーっとしていたのは熱が出ていたからだったのか。くそ、気づかなかった。
「店長が来るまで横になってるか」
「うん、ごめんね」
背中を支えながらソファーに寝かせる。比奈は瞳を潤ませながらひたすら「ごめんね」と繰り返す。その度に胸が痛んだ。
「謝るのはおれの方だ。熱があること気づかなくて……」
「橙輔はへんに真面目だね。なんでもかんでも自分の責任だと思い込む」
「比奈も同じだろ」
「似たもの同士ってことだね。……ね、うつさないようにするから手つないでもいい?」
ためらいがちに伸ばされた手をぎゅっと握りしめる。
「気にするな。自慢じゃないけど小中と無遅刻無欠席でインフルにすらかかったことない健康優良児だ。あ、事故のときは除く」
「ありがと。……熱、やなんだよね。イヤな夢ばっかり見るから。ふだんは忘れているような、どろどろした気持ちが湧き出てくるから、きらい」
「比奈……」
熱で意識が朦朧としているのか口調が安定しない。
「たぶん明日は学校休むけど橙輔は試合でてね。そして勝ってね。応援してるから」
苦しそうに息をしながら目を閉じた。
ちょうど真結と店長がやってきたので交代し、川辺たちのもと戻る。席に座るなり二人とも心配そうに身を乗り出してきた。
「卯月妹、大丈夫なのか?」
「熱出したの?」
「うん。たぶん風邪だと思う。熱が高いみたいで苦しそうだった」
握りしめた手の熱さを思い出して心が震えた。
「明日は休むと思うけど応援してるって言ってた。……勝ちたいな、比奈のためにも」
明日は団体競技だ。こんな個人的な感情にクラスメイトたちを巻き込むのは申し訳ないが、比奈に良い報告をしたい。目指すはトップ三圏内。
川辺と栗山は互いに顔を見合わせ、にやりと笑う。
「変わったよな~橙輔。昔から女にはキョーミないって顔してたのに」
「ほんとだね。モテるのに全然気づいてないんだもん」
「へ? そうだったのか?」
「そーだよ、同じバド部の子だけじゃなくて他校のバド部の先輩にアプローチされてんのに全然気づかねぇんだ、マジ殴ってやろうかと思ったぜ」
「みんな川辺が狙ってた女の子だもんね。全員にフラれたけど」
「うるせぇ、古傷をえぐるな。……まぁとにかくだ、橙輔がやるっていうなら俺も付き合う。これをきっかけにモテ期に入るかもしれん」
「ぼくも桃果さまに褒められたい~」
自分の欲望に正直すぎる二人。
たまらず笑いが込み上げてきた。私情で動くのはみんな同じなんだ。
「頑張りましょうね、えいえいおーっ!」
掛け声とともに唐突に割り込んできたのは真結だ。
「比奈は店長の奥さんが病院に連れて行きました。私も比奈のために精いっぱい頑張ります! 一緒に戦ってください、橙輔さん!」
熱心な眼差しに突き動かされ、強く頷いた。
「もちろん」
「俺も応援してくださいよぉ真結さん」
「ぼくも頑張るって桃果さまによろしく伝えてね」
「はい! では皆さん覚悟はよろしいですか!? えいえいおーっ!」
「「「おー」」」
盛り上がっているけど真結って運動音痴だった気が……。
一抹の不安はあるけど、とにかく、やるしかない。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます