第21話 反省会
「あーあ、結局いいとこなしだったな」
川辺は残念そうにストローをかき混ぜている。
今日はスポーツ大会だったのでいつもより下校時間が早く、なんとなくの流れで反省会することになった。桃果は「だるい」と帰ってしまったが、比奈と真結はバイトということもあり、珈琲喫茶みつぼしで川辺・栗山とテーブルを囲んでいる。
「かわっぺは身勝手すぎんだよ、午後のバスケでも無理にスリー狙おうと自滅してばっかで」
「うるせぇ、真結さんにいいとこ見せたかったんだよ。察しろよリア充」
さよか。欲望に正直なことで。
初日の結果は十五チーム中七位。真ん中あたりだ。上位には体格と経験でまさる二、三年生がひしめきあっている。明日の団体競技で好成績を収めなければトップ三も厳しい。
「川辺は煩悩の塊そのものだからね」
にこにこしている栗山は鼻にティッシュ詰めて止血中だ。
午後の試合で桃果が打ったバレーボールが顔面ヒットして鼻血を出したからだ。それなのに本人は桃果に心配してもらったことで上機嫌。いろんな意味で心配になる。
「お待たせしましたぁ、クリームあんみつ三つです」
エプロン姿の真結が現れると川辺がパッと顔を輝かせた。
「真結さん、その服めちゃくちゃ似合ってます」
「うふふ、お世辞が上手ですね。嬉しくなっちゃいます」
「お世辞なわけないじゃないですかー」
さっきまでは意気消沈していたくせにブンブンと尻尾を振っている犬みたいだ。マジで好きなんだなって一目瞭然だ。
たぶん、こういうのが普通なんだよな。おれが比奈を意識するようになった時もこんなふうに興奮していたのかな。
(比奈、様子が変だったな)
店内で姿を探すと、別の客に飲み物を運んでいるところだった。
遠くから見ても分かる整った顔立ち、ぱっちりした瞳と長い睫毛。丁寧に編み込んだ髪は光を受けて金色に輝いている。
黙々と新聞を読んでいたサラリーマンも比奈がコーヒーを持ってくると見るや、慌てて新聞を畳んでなにやら話しかけている。
かわいいもんな。あんな子が接客してくれたらそりゃあ嬉しいよな。
「佐倉、彼女が気になるの?」
栗山があんみつ用のスプーンを差し出してきた。
「ああサンキュ。そう見えたか?」
「うん。おれの彼女に気安く声かけんじゃねーよ……って怒ってるふうには見えなかったけど、熱心にね」
「まぁ否定はしねぇけど」
「彼女が他の男と楽しそうにしていたら嫉妬するよね。桃果さまなら絶対に塩対応だと思うけど変な性癖のファンがついちゃいそうでイヤだなぁ」
「……おまえはもう少し自分を客観的にみたほうがいいと思うぞ」
などと話している内に比奈はサラリーマンから離れていた。
じっ、とおれを見ている。
(ん?)
目が合うと、なにか思いついたらしく破顔した。
フリルがふんだんに使われたスカートの裾を摘まみ、恭しく会釈する。口パクで「ごしゅじんさま」とささやく。
なんだいきなり。メイドさんごっこのつもりか?
「お、橙輔。彼女がなんか可愛いことしてるぞ」
「羨ましいなぁ、桃果さまもやってくれないかな~」
「うるせぇ、見るな!」
こっちが戸惑っているうちに比奈は引き上げていく。
なんだかおちょくられているような気がしないでもない。顔が熱い。
「さっきはよくもやってくれたな」
トイレに行った帰り、比奈とレジ前で行き合った。
「ふふ、びっくりした? 橙輔からリクエストされた気がしたの。メイド服みたいで可愛いでしょこの制服」
「服もだけど、比奈の方がかわいいぞ」
「ちょっ……! 不意打ちやめてよ!」
顔を赤くてポカポカと叩いてくる。
比奈は押しに弱い。褒められると極端にデレる。これは最近確信したことだ。反応が面白いからつい、からかいたくなってしまう。
「もう、橙輔が変なこと言うから体熱くなっちゃったよ。ふーふー」
「悪かったって。でもほんとは調子悪いんじゃないか? 今日ちょっと変だったぞ」
「そんなことないよ。……ごめんねバドの決勝戦。足引っ張っちゃったよね」
急にトーンダウンして目線をそらした。
決勝戦の相手は三年生のバド部、主将コンビだった。
結果は敗退。際どいラインに落とされ、あちこち振り回され、必死に食らいついたけど最後は足が動かなくなっていた。
「あたしがもう少し頑張ったら優勝できたかもしれなかったのに」
「はぁ?」
バカじゃねぇの、と言いかけてぐっとこらえた。
負けたのは自分のせいだと思いつめていたなんて。
いろんな気持ちがガーッと膨れ上がってきて、大きなため息になった。
「そうだな……ショックだよ」
「あっ、やっぱり負けたこと気にしてるよね。ごめんね橙輔」
「ちがう。あんなに頑張ってた比奈を責めるような男だと思われたのがショックなんだ」
「……え?」
「考えても見ろよ。向こうは現役のバド部、しかも三年、主将ペアだぜ。おれはブランクがあるし比奈に至っては体育でちょっとやったくらいだろ。勝てるなんて思わないじゃん、どう考えても。それを接戦に持ち込んだのは比奈が必死に走り回ってシャトルを拾ったからじゃん。ひとりじゃ無理だった」
「あ……」
「おれはすごく楽しかった。比奈とペア組めるなんてそうそうないじゃん。ひさしぶりの試合も最後までめちゃくちゃアツかった。だから勝ち負けなんて気にしなくていい。一緒に戦ってくれてありがとな!」
ぽんぽん、と髪を撫でる。
強張っていた比奈の表情がしだいにゆるんでいく。雪解けのように。
「ありがと、あたしもすごく楽しかった。――それに夢が叶って嬉しかった」
「夢って? ペア組んで試合したことが?」
「それもあるけど、去年の大会観に行ったときは観客席が混んでいたからよく見えなかったんだ。だから今日すぐ間近で見られて本当に嬉しかったの。橙輔、すごく真剣な眼差しで、声もよく聞こえて、身体もやわらかくて……、タオルでごしごし顔拭ってるときなんて格好良くてため息出そうになっちゃった。あ、あとね、足元に落ちてるシャトルをラケットでくるっと拾い上げたときなんかドキドキして心臓出ちゃいそうになった。見惚れちゃった」
「さ……さんきゅ」
オタクかな、っていうくらい早口だ。
「あたしのことも必死にフォローしてくれたでしょう。ありがと。大好き……あれ……」
ふらっと体が傾いだ。
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