第20話 スポーツ大会

「――〇ね、おにい!!」


 バシンッとシャトルが叩きつけられた。するどい角度、恐るべきパワー、おれはラケットを手にしたまま身動き取れなかった。


「16-11」


「さすがです桃果さまーっ!」


 コートの向こうで栗山が歓声を上げる。桃果は「ふん」と髪の毛を払いのけた。


 今日は三ツ葉高校のスポーツ大会。


 二日間にわたって行われ、初日は個人競技中心だ。おれがエントリーしたのは勿論バドミントン。男女混合でペアを組み、トーナメント方式で闘っている。順位が高い方からポイントが割り振られ、最終的にクラスごとに集計して順位をつける方式……なのだが。


「なぁ桃果、くじ引きでたまたま対戦することになったけど同じチームなんだからそこまで殺意むき出しにしなくていいと思うんだが」


「あまい! 勝負の世界に同じチームもなにもカンケーない!」


 ピシッとラケットを突きつけてくる。


「橙輔、佐倉さんになにかしたの?」


 おれのペア、比奈が困惑顔で問いかけてきたが首を横に振る。


「まったく心当たりがねぇ。桃果の部屋には一切立ち入ってねぇし、風呂の順番もきっちり守って桃果より後に入った。洗濯物だって自分専用のネットに入れて別々に洗ってるのに一体なにを怒ってるんだ」


「なんか大変だね……」


 分からん。いつも無気力な桃果がなぜこんなに張りきっているんだろう。


「あ! もしかして昨日『あれ』食べたこと根に持ってるのか?」


「……」


 ぴくりと眉が跳ねる。アタリのようだ。


「だっておまえ二個も食べたじゃん。おれ一つだけだぞ」


「食べてない!」


 言いながらロングサーブを打ってきた。素人が打つ高さじゃない。なんとか追いついて相手コートに返す。


「うそつけ! 二個減ってたぞ!」


「食べてないったら食べてない!」


 桃果は非運動部系とは思えない反射神経ですぐさま反応する。


「母さんは桃果が二つ持って行ったって言ってた!」


「だからなに! そもそも出張する親父に『からめる亭の極上プリン』を頼んだのは他ならぬ桃なんですけどぉ!?」


 この間、怒涛のラリー。


 『からめる亭の極上プリン』は行列必至の人気商品で、義父さんは健気にも朝五時から並んでゲットしてくれたらしい。五つ買ってきてくれたうち二つは桃、二つは両親が食べた。残る一つはおれの分……だと思うだろ、ふつう。


 まったく、食べ物の恨みは恐ろしい。


「……あんまり欲張ると太るぞ(ボソッ)」


「聞こえてるわ! 〇ね! バカおにい!」


 互いの意地をかけたラリーは続く。


 比奈と栗山は困惑顔。すまん、兄妹として負けられない闘いがここにあるんだ。




「スコアは19-15か。くそ、なかなか追いつけないな」


 おれと栗山は元バド部。実力にそこまで大きな差はない。


 比奈と桃果もそれなりに上手く、互いの力は拮抗しているはずだが桃果の怒りのパワーがわずかに勝っている。


「守るだけじゃダメだ。ガンガン攻めてくぞ比奈」


「……」


 反応がない。


「ひーな?」


「あ、ごめん! がんばろうね!」


 ぼーっとしていた比奈がパッと笑顔になる。こっちもちょっと変だ。


「いくよー」


 栗山からサーブ。

 比奈が受けて相手コースに返した。


「甘いっ!」


 栗山がすかさずドライブ(ネットギリギリの鋭い球)を打ってきた。おれと比奈の真ん中。あっと互いにラケットを伸ばすとガチッとぶつかった。いわゆる「お見合い」だ。シャトルは無情にも床に落ちている。


 これで20-15。また点差が開いた。


 負けを覚悟した重苦しい空気が流れる中、ネット前の栗山は嬉々として飛び跳ねている。


「桃果さま見ててくれた!? ぼくの絶妙なドライブ!」


「え? ぜんぜんみてなかった。もふもふ動画見てた」


「なんでもふもふ動画ー!? でもそんな冷たいとこがいいよぉー」


 悶えてる。

 大丈夫かな向こう。いろんな意味で。



「極上プリンすまーしゅっ!!」


 隣のコートから真結の声が聞こえてきた。くじ引きでペアを引き当てた川辺は大興奮。


「真結ちゃんナイス!……ところでその極上なんとかって?」


「うふふ。昨日桃ちゃんさんがとっても美味しいプリンをお裾分けしてくれたんです。もうほっぺたが落ちそうなほど濃厚で濃密で、朝から元気いっぱいなんです」


 プリンのように柔らかそうな自らの頬に手を当て、うっとりしている。


 いまなんつった? 桃果からプリン?


「比奈、つかぬことを訊くけど昨日プリン食べたか?」


「え? あ、佐倉さんが二個持ってきてくれたよ。一度で食べきるのは勿体なかったからお姉ちゃんと分けて、まだ冷蔵庫に残っているけど」


「なんだと……!」


 桃果が二つ食べたと思ったのはおれの勘違いで、じつは卯月姉妹にお裾分けしていたのか。で、戻ってきたらおれが最後のプリンを食べていたから激怒したと……。


「桃果。おまえってやつは……」


 相手コートをまじまじと見つめた。


「な、なにさ」


「とっておきのプリンを友だちにやるなんてすっげぇいい奴じゃん。マジ見直した」


「ぐ~~こっち見んな! ばかおにい!」


 照れ隠しのようにラケットで顔を覆っている。ガットから丸見えだけど。


 そこから急に制球がぶれた。


 桃果はおれの視線を気にして断固として目を合わせようとしないもんだから栗山がひとりで球を追い続けるはめになる。


 二対一ならこっちのもの。

 あっという間に逆転し、そのまま勝利した。




「試合終了。一年三組、佐倉、卯月ペアの勝ちです」


「「「ありがとうございましたー」」」


 互いに握手して健闘をたたえるも、桃果は意地でも目を合わせようとしない。


「桃果、悪かったよ。ごめん。そろそろ機嫌なおせ」


「……ふんだ」


「佐倉さん、家の冷蔵庫に一つ残っているから持ってこようか?」


「いらない。一度あげたものを返してって言うほど桃は意地汚くない」


 自分だって楽しみにしていただろうに、なんだかんだと優しいやつだ。


 比奈がそっと手をとる。


「佐倉さん、良かったらお店に来て。いま店長と秋の新作メニュー考えているんだけど、プリンもたくさん試食してるんだ。捨てちゃうのは勿体ないし、新メニューの意見も欲しいからぜひ食べに来てよ。橙輔も、ね?」


「だってさ、桃果」


「……考えとく」


 ぷいっと視線を背け、ひとり奮闘した栗山の肩をぽんと叩いた。


「栗ちゃん、お疲れ様」


「ああ~桃果さまが労わってくれた~」


 感激のあまり涙を流している。栗山の将来が心配だ。



 一方、隣のコートでは――、


「極上スマーシュッ!」

「極上クリアー!」

「極上サーブ!」


 だれよりも元気な声で真結がラケットを振りまわしている。ただ、そのほとんどが空振り。川辺が必死にフォローしているが点差は開くばかり。


「お姉ちゃん、やる気は抜群なんだけど運動神経の方は残念なんだよね……」


 無の表情で比奈がささやく。


 そのようだな。

 おれも無言で同意した。

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