第4話 【もゆら】
与太
もゆら
第四章【もゆら】
人間は生き、人間は堕ちる。そのこと以外に人間を救う便利な近道はない。
坂口安吾
「朝っぱらからトイレに籠ってるのはどこのどいつだ」
遊意家のトイレには、朝から長蛇の列が出来ていた。
原因は、最初に入った人が30分経っても出て来ないからだ。
調はどんどんとドアを叩くが中からの応答はなく、声を少しずつ荒げていくが、それでも返事一つ、物音ひとつしない。
「死んでんじゃないの」
「大地、縁起でもねぇこと言うな」
とはいえ、確かに返事1つしないというのはおかしいと、調はドアを壊すかどうか迷ったのだが、修理費がかかるな、とか。トイレが剥き出しの生活は嫌だな、とか。色々と考えていた。
しかしそれでもどうしようもなくなって、調は最終手段に出る。
「俺の腕の見せ所だな」
そう言うと、調は一度キッチンへ向かって何処かの引き出しを開けると、そこに無造作に入れてあったヘアピンを持って戻ってくる。
そして念の為、中にいる人物に忠告をする。
「林人―、トイレに籠城するとは良い度胸だ。今お前が小してようが大してようが俺達の膀胱には限界があるため、これから鍵の強制解除を行う。いいな」
「ケツがはまって動けないのかな」
「絶対寝てるだけだよ。てか白波寝癖すごっ」
きちんと一列になって並んでいる白波と星羅がそんなことを言っている内に、調はちょちょいのちょい!と鍵を開けてしまった。
そして名前を呼びながらドアを開けると、そこにはトイレの床で大の字になって寝ている林人がいた。
さすがに驚いたし引いた調たちだったが、調はすぐに林人を抱っこして、次に並んでいた大地にトイレを開ける。
「ったく。なんでこうも定期的にトイレで寝るんだよ。しかも床って」
「でも最近俺達起こさなくても1人で行けるようになったね。よかった」
「むしろ1人だから怖くて戻れなくてトイレで寝てるんじゃないの?」
大地をソファに寝かせて毛布をかけようかと思った調だったが、今から熟睡させるのもどうかと思い、タオルケットだけ軽くかけた。
すやすやと寝ている林人のほっぺはまだ丸みを帯びていて、調は思わず、無意識に、反射的に、本能的に、ぷにぷにと触る。
「ちぎりぱんみてぇな腕見てるとよ、ちぎりぱん食いたくなるよな」
「兄貴何言ってるの」
「ていうか兄貴はどこでピッキングなんて覚えたの。すんなり開けててびっくりした」
「あのくらい朝飯前よ」
「朝飯前でも困るんだけど」
「あーもう、お腹空いた」
ジャー、とトイレを流す音が聞こえてくると、大地がトイレから出てくる。
次に星羅が入っていくと、ソファで寝ている林人のもとへ大地が近づいて行き、そこで悠々と寝ている林人のボサボサの髪を、さらにかき乱していた。
「こらこら大地、何してんの」
調が朝ごはん、とはいっても簡単に目玉焼きとベーコンをフライパンで焼いているくらいだが、それを準備しながら、すごく緩く大地を注意する。
すでにテーブルにはご飯とみそ汁が並べられており、大地はテトテトと調の方に歩いてくると、お箸を出してそれぞれの場所に置いて行く。
そんな大地の頭をぽんぽんとしながら「ありがとな」と言えば、大地はまた林人のもとへ行って、今度は起こすべく頭をペシペシと叩いていた。
「こらこら大地、お前は一体林人にどんな恨みがあるんだ」
大地の頭を撫でながら、寝ている林人をゆすってみるが全く起きる気配がない。
すでにトイレから出てきていた星羅は、髪型を整えるべく鏡を見ながら櫛で梳かしていた。
「兄貴、俺先に喰っていい?」
「おー、ちょっと待て」
着席していた白波は、すでにつまみ食いをしたようで、口をもごもごさせていた。
「星羅先食うぞ」
「待って待って」
林人以外が席に着くと、いただきますをしてご飯を食べ始める。
そのうち、ご飯の匂いで起きた林人が、寝ぼけながら調の膝の上に座ってきたものの、またそこで寝てしまったため、調は林人の頭の上で食事をすることとなった。
食事を終えると、白波と星羅が食器洗いなどの片付けを行う。
「白波、水飛んできた」
「そりゃ洗い物してるからな」
「すっげ顔にきたし」
「良かったな、水にも好かれてて」
「おい、目にも飛んできた」
「良かったな、瞳が潤って」
「なんなんだよ喧嘩売ってんの?さっきから俺の顔に水かけてきやがって」
「わざとじゃないし。洗い物してりゃそれなりに飛ぶだろうよ」
「それなりの量じゃねえから文句言ってんの。折角セットしたのにやり直しじゃねえか」
「もとから寝癖みてぇな髪型だったんだからいいだろ」
「はあ!?ふざけんなよ」
「なんだぁ?やんのか?」
白波と星羅が睨みあったところで、ふと、誰かの視線を感じて2人揃って顔を後ろに動かせば、そこにはじーっとこちらを見ている大地がいた。
「「・・・・・・」」
「・・・・・・」
「「・・・・・・」」
「・・・・・・」
「だ、大ちゃん、俺達別に喧嘩とかしてるわけじゃないから」
「真面目にやってるからな」
「・・・・・・」
「「・・・・・・」」
「・・・・・・」
「大地、その何考えてるかわからない目を向けてくるな」
「兄貴に仲良くやってるって言ってね」
「・・・・・・」
何も言わずに去って行った大地にホッとしていると、大地は洗濯し終えた洗濯物を運んでいる調のもとへ一直線だった。
「兄者兄者、次男白波と三男星羅がまたくだらない喧嘩してた」
早速チクりやがった、と思った白波と星羅だったが、調の片足にはいつの間にか起きていた林人がぎゅうっとしがみ付いていたため、調はそれどころではなさそうだ。
「兄ちゃんトイレ・・・」
「兄ちゃんはトイレじゃねえぞ」
ズルズルと林人を引きずりながら歩いていると、それを見て面白そうに感じたのか、大地も真似をして、林人がひっついていない方の調の脚にしがみつく。
一種の筋トレでもしているような状況となった調だが、見かねた星羅が大地を引きはがそうとするが思ったよりも力が強い。
「兄ちゃんトイレ・・・」
「だから兄ちゃんはトイレじゃねえの」
「兄ちゃんトイレに行ってパジャマ脱いで便器に座って尻をセットして大腸に溜まってるうんちっちを沢山放出したい」
「すげー詳しく言ってきやがった。林人1人で行けるだろ?便器に尻がはさまって動けなくなったら行ってやるからとりあえず1人で行って来い。てか何うんちっちって」
「大ちゃん、兄貴の足が競輪選手並みにムキムキになるなんてことそうそうないとは思うけど万が一ってこともあるから離れてあげて」
「やだ」
「ダメだ。大ちゃんを引きはがすことは俺には出来ない」
「星羅諦めるの早ぇな。もうちょっと大地を説得してからでも遅くはねぇはずだぞ」
未だ調の脚から離れない林人に近づくと、白波はひょいっと簡単に林人をひきはがし、そのままトイレに連れて行く。
トイレから出て来た林人にご飯を食べさせている間に、白波はメールのチェックをする。
「兄貴―メール来てるー」
「おー、どんな?」
まだ足に大地をひっつかせたまま返事をしていた調は、白波の言葉を聞きながら洗濯物を干していき、すべて干し終えると白波の隣に座る。
座ってしまったからつまらなくなったのか、大地はここでようやく足から離れた。
すると今度は星羅の腰にダイブしてきて、そのままコアラのように抱きつく。
さすがにずっとこのままは大変なため、星羅はソファに腰掛けて話を聞く。
「その宗教で大事な人の霊を見せてくれって頼むと1回50万の要求か。でも実際見えてんのか?」
「うん。霊は本物っぽいとは書いてあるけど。これはもう兄貴が確かめるしかないよ」
「とりあえず、俺が潜入してみっか」
「ご新規の方ですね」
「はい。体験とか出来ますか」
「体験ですか?そういったことは」
「でも自分にあう宗教っていうか空気っていうか、教祖さまとかっていると思うんですよね」
「ちょっと確認を」
「体験さえさせてもらえないってなると、俺的には詐欺かなって思っちゃうんですけどどうなんですかねコレ」
「あ、あの・・・許可を取ってきますので少々お待ちを」
「ぜひともー」
なんとか体験をさせてもらえることとなったのだが、名前や住所、生年月日や電話番号など、個人情報を記入するようにと言われた。
すらすらと、調は名前以外は全て前以て用意しておいた偽情報を書きこむと、そのうち教祖様と会わせてもらえることとなった。
通された部屋には、幾らくらいするのかはわからないが、仏閣などにもあるような金ぴかの装飾品が置いてあり、教祖と思われる人物はなにやらブツブツと言っていた。
座るようにと指示されたため、胡坐をかいて待っていると、そのうち教祖がこちらを見た。
何歳くらいかと聞かれれば、40から50代くらいの女性だ。
教祖は以前イタコとして人々の魂を呼び寄せていたというが、最近では自分の身体に憑依させるのではなく、実際に見えるようにするのだという。
「わー、じゃあ俺の大好きなじいちゃんにも会えますか」
「もちろんです。では、こちらに念じてください」
そう言うと、女性は調と自分の間にとある陶器のようなものを出してきた。
なんだろうと思っていると、女性が蓋を開け、その中に火を灯すと、そこから徐々に煙が出てくる。
お香であることはすぐに分かったのだが、これが何か霊が視えるというカラクリなのかと思っていた調。
「・・・!」
お香の煙が徐々に姿を変えたかと思うと、そこには調の、調たちの祖父が現れる。
どこからどう見ても祖父そのもので、さらに言うと、調の目で視えている祖父とまったく同じ霊が、そこにいるのだ。
「じいちゃん・・・?」
調の祖父はにっこりと微笑み、調に近づいてくるとその手を握るようにする。
少し経つと、祖父の霊は再びお香の煙となって消えてしまい、教祖はゆっくりと蓋を閉じる。
「いかがでしたか?」
「・・・・・・」
「ふふ、信じられないですよね。みなさん最初はそうなんです。死者と会えるなんて、誰も信じない」
「・・・・・・」
「ですが、これは現実です。このお香はとても特別なもので、死者を現世に呼び戻すことが出来るのです。そして、私がお香をつけないと見ることが出来ません」
「・・・これって、いつでも見られるものなんですか?」
「ええ。いつでも。ですが、体験のみとなりますと1回きりです。入会していただけると、好きな時に見ていただくことが出来ます」
「無料ですか?」
「多少の費用はかかりますが・・・。でも、愛する死者と出会えるのならと、みなさん費用を惜しみませんよ」
にっこりと微笑む女性を一瞥したあと、調は入るかどうかを聞かれ、入会費用や死者と会うための費用など、パンフレットのようなものを見て決めると伝えた。
それを持って家に帰るとき、女性は手を合わせながらこう言った。
「死者はいつでもあなたのことを見守っています」
「え?本物?」
「ああ、間違いねえ。あれは本物のじいちゃんだった。作りもんじゃねえ」
「じゃあ、霊能者ってこと?」
「お香に催眠作用があったとかってことはない?」
「んー、霊能者って感じはなかったな。お香も普通のだったと思う。詳しくはねぇからわかんねぇけど」
「まあ、金額は法外かもしれないけど、本物ってなるとね。霊自体が何かしてるわけでもなさそうだし」
「そうなんだよな」
「・・・俺ちょっと出かけてくる」
「白波、何処行くんだ?」
「図書館」
「押し花はダメだぞ」
「は?」
図書館に向かった白波は、昔の古い本が並ぶ、ほとんど人など来ないその部屋に入ると、背表紙を指で辿っていく。
そして目星の本を見つけたため椅子に座って読んでいると、目の前に誰かが座った。
顔をあげずとも分かるその気配に、白波はちらりとも見ることなく声をかける。
「何しに来たの」
「兄貴が一緒に行って来いって。今回は兄貴が対応出来ないかもしれないからってさ」
頬杖をつき足を組みながら、星羅が不機嫌そうに白波を見ていた。
調が林人と大地の遊び相手になっている間に、星羅はそそくさと家を出て来たようなのが、なぜ白波の手伝いなど、と不満に思っているようだ。
「・・・・・・」
「・・・・・・」
「・・・何読んでんの」
「本」
「ムカつく」
「短気治せよ」
「誰のせいだと思ってんだよ」
「俺?」
「わかってんのかよ」
イライラしながらも、白波が読んでいる本の背表紙を見た星羅は、ため息を吐きながら尋ねる。
「なんでお香の本なんて読んでるの。お香自体は関係ないんじゃない?」
「ばあちゃんが昔話してた気がするんだよ」
「なにを」
「そういう“死者を見せる”お香があるって。名前なんだっけかなーと思って」
「ばあちゃんが?なら兄貴が覚えてそうだけど」
「・・・兄貴、ばあちゃんが死んだのは自分せいだって思ってるから。思い出に蓋でもしてんじゃないの」
「なにそれ」
調たちの祖母は、調が8歳、白波が3歳、星羅が2歳の時に病死している。
やんちゃ盛りだった調は、祖父母にいたずらするのが好きだったそうだが、そんな中祖母が亡くなった。
詳細は白波にもわからないが、小さいながらに、調が「俺のせいだ」と呟いていたことを覚えているそうだ。
「兄貴に聞いても何も話してくれないし。無理に聞くのもなーと思って」
「心当たりもないの?」
「んー、なんとなく覚えてるのは」
「白波、お前よく3歳なのに覚えてたな」
「あの時の兄貴の感情を覚えてるだけ」
祖母の葬儀の際、調は祖母の棺に顔を伏せながら言っていたのだ。
『俺があんなもの連れて来たから』
「あんなもの?」
「これは俺の推測。兄貴は昔から霊的なものが視えて、小さい頃は今より色んなものが視えたんだと思う。例えば、“死神”とか」
「え」
「自分が視てるそれが“死神”だって知らなかった兄貴は、ばあちゃんのとこにそいつを連れて行っちまった。それで急にばあちゃんは体調を崩して・・・。まあ、本当に勝手な憶測だから。知らんけど」
「・・・千と千尋のカオナシみたいな感じ?」
「そんな感じ。よく霊を人間だと思って家に連れてきてたみたいだし」
「そんなにはっきり視えてたんだ」
「霊だらけの誕生日パーティー開いたこともあるって」
「むしろ人間の知り合いいなかったの?」
「あんな感じだから」
「まあそうか」
それからしばらくの沈黙の後、白波が「あ」と言った。
開かれた頁を読んでいる白波を見て、星羅も何が書かれているんだろうと顔を覗きこませると、そこには『反魂香』と書かれていた。
「あー、なんか聞いたことあっかも」
白波と星羅が家に帰ると、ソファでのんびりしている調と、その調に寄りかかって寝ている林人、そして調の服にアイスをこぼしている大地がいた。
さらにはアイスでべたべたになった手を調の服で拭いているが、調はとくに怒ることもなく白波から発せられたその言葉を思い出そうとしている。
「ダメだ。思い出せねえ」
嘘だ。思い出そうともせず諦めたようだ。
「焚いた煙の中に死者の姿が視えるっていうお香のことだって。その頁印刷してきたんだけど、こんな感じだった?」
「・・・あ、こんなだったかも」
「これ壊せばいいってこと?」
「いや、霊自体が何かしてるわけじゃないから、壊しても解決はしないと思う」
「じゃどうすんの?」
「うわ、見てこれ。林人の涎すっげぇんだけど。人間てなに、こんなに涎出るもんなの?すげぇな」
「口呼吸だからじゃないの」
「だからたまに夜中すごいおっさんくさい咳してんのかな。誰だろうと思ったら林人だったことがあってびっくりした」
「え、ちょっと待って。なんか沁みてきてんだけど。冷てぇ?温い?なんか微妙な温度で迫ってきてんだけど」
ひょいっと白波が林人を抱きあげれば、すでにそこは大洪水だった。
星羅がタオルを持ってきて林人の涎の処理をしていると、今度は大地がまだ食べ終わっていないアイスを調の服に食べさせようとペチペチさせていた。
「俺の服は何なの?」
「大ちゃん、いらないなら白波に喰わせるから頂戴」
「なんで俺に喰わせるんだよ」
「だって林くんの涎までついてる気がするから俺は嫌だし」
「なんで俺ならいいんだよ」
「なんでも食うっていつも豪語してるから」
「お前らが喧嘩してる間に俺はシャワー浴びて着替えてくるぞー」
宣言した通りシャワーを浴びて別の服に着替えて来た調は、何事もなかったかのように話す。
「今回は白波と星羅、それから林人に任せるわ」
「「え」」
「なんだ」
「「なんで」」
「俺の出番ねぇじゃん。人間相手ならお前らだろ?」
「ならせめて俺と林くんだけとか」
「お前ら3人揃ってた方が、ああいう奴ら相手には都合いいんだよ」
「「・・・・・・」」
「嫌なら林人1人で行かせるしかねえなぁ」
「わかったよ」
「あーあ。白波と一緒か」
「俺の台詞だ」
「仲良くやれよ」
ということで、白波と星羅、そして林人が改めてその宗教へと向かった。
そして再び体験ということで潜入すると、多くの人が集まった部屋で、教祖の女性がお焚きあげをしながら何か言い始める。
その隣にあのお香があり、白波と星羅は林人を挟んで座りながら周りを観察する。
ウトウトとしていた林人だったが、お焚きあげが終わると星羅に起こされてなんとか立ち上がる。
すると教祖の女性を見た林人が、隣にいた白波にこう伝える。
「白兄、あの人刺されちゃうよ」
「・・・・・・」
林人の言葉に、白波と星羅は周りを見渡してみると、そこには1人、異様な感情と思考を持っている人物がいた。
「星羅」
「俺が行くの?」
「俺は教祖の方行くから」
「わかったよ」
そう言うと、星羅は見つけたその人物の方へとそれとなく近づいて行き、白波と林人は教祖の女性へと近づいて行く。
だが、教祖の女性の周りには側近のような男たちがおり、それ以上近づくなと言われてしまった。
「でも」
「でもじゃない。下がれ」
「・・・下がってもいいですけど、その人のことちゃんと警備してくださいね」
「わかっている」
白波と林人は仕方なく出入り口の方へと向かっていると、星羅が向かっていたはずの人物がすぐそこまで来ていた。
そして教祖の女性に向かって一直線。
警備の男の気を逸らせるために、何もない場所を指さして「危ない!」と言いながらさらに近づいていくその人物は、警備がみんなあちこちに目線を落とした瞬間、教祖の女性にナイフを向ける。
「!!!!」
「・・・刺したってどうにもなりませんよ」
「こいつが!!!こいつ!!死者と会いたいなら1回50万なんて馬鹿げた金取りやがって!!!家が破産したじゃねえか!!!」
なんとか白波がナイフを持っている手を掴んだため未遂に終わったが、その口の悪い女は、教祖の女性にまだ襲いかかろうとしている。
そのとき、林人が教祖の女性を見てこんなことを言った。
「でもこの人、ご飯食べて死んじゃうよ」
「何を言ってるんだこのガキは」
「こいつも捕えておけ」
林人は大泣きしながら白波の後ろに隠れると、白波ごと捕えようとしたため、そこへ星羅が割って入る。
「嘘だとわかってから捕えるのでお遅くはないと思いますよ。林くん、いつ死んじゃうのかは視える?」
「んとね・・・今日の夜。お魚食べて死んじゃう」
「ってことなんで」
白波たちは男の監視下にありながら、教祖の女性は別の部屋で食事を取ることとなった。
林人がずっとお腹が空いたと言っていたが、白波たちの前に出されたのはなんとも質素なもので、おにぎり1つと漬物、そしてお茶だけだった。
それを林人が見事に1人で平らげていると、叫び声が響く。
「教祖様が!!」
「食事に何か入っていたのか!?」
病院に運ばれた女性は、何か毒を盛られたようであっという間に死亡が確認された。
その後警察が介入すると、死者に会う為の費用を賄うために、破産するものもいれば、借金するもの、闇バイトに手を出す者、そして首が回らず自殺してしまう者が多数いたようだ。
警察が介入したことで宗教は事実上解散、解決したと思っていた白波だったのだが、思いもよらぬことが起こってしまったのだ。
「あなた様こそ、本物の教祖様です。私どもに未来をお教えくださいませ」
教祖の女性への強襲、そして死亡を予言した林人を教祖とした新たな宗教を作ろうと画策する者が現れたのだ。
「なんで林人が崇められてんだよ」
「なんかなりゆきで」
「なりゆきでなることか?」
「林人、千里眼も使えるから余計にすごくてさ。トリックがあるんですって言っても信じてくれなくて」
「解散させろ」
「・・・ったく」
林人を帰そうとしない団体に林人1人残すのは可哀想だと、星羅も一緒に残っているのだが、毎日毎日信者たちが林人に未来を教えてくれと言ってくる姿に頭を抱える。
大地を白波に託し、調は星羅と林人のもとへと向かう。
「どなた様ですか」
「教祖の兄だ」
「なにか証拠は」
「・・・林人―!!!どこにいるー!!」
入口で大きな声で叫べば、林人も星羅もすぐに調が来たとわかり、部屋を出て廊下から入口の方を覗きこむ。
「兄ちゃんーーーー!!やっぱり来た―!!!!」
「・・・どうぞ、お入りください」
林人の様子を見て兄だと判断したらしい門番が中へ案内すると、調はずかずかと入りこみ、星羅と林人がいる部屋に向かう。
そこの異様な光景と、異様な服装をしている林人を見て眉間にシワを寄せる。
部屋の上方に置かれている、多分林人が座らされている蓮の形をした椅子なのかソファなのか、とにかくそれを思い切り蹴飛ばした。
「なっ!!!なにを!!!」
「無礼者!!」
「教祖様!この男に天罰を!!!」
などという声が聞こえてくるが、調はででん!と腕組をして仁王立ちでそこにいる信者たちを見下ろす。
「てめぇら幾つだ」
「え?」
「てめぇら、一体何歳だ?何年生きてきた?てめぇより小さい子供に縋って、それでも大人か?恥ずかしくねぇのか?」
「お、お前に何がわかる!!」
「そうよ!未来が視えるなんて、神様に選ばれたのよ!縋って何が悪いのよ!」
わーわーと騒いでいる信者をしり目に、星羅はそそくさと林人が着せられていた服を脱がすと、いつもの服に着替えさせる。
その間も、調には罵倒や罵声、自分たちを正当化するような声が投げられる。
それをただじっと聞いていた調。
「未来が視えることが、そんなに良いことか?」
調の問いかけに、信者は一瞬しーんとするが、すぐにまた声が飛び交う。
「当たり前だろ!」
「未来が分かれば幸せに暮らせるわ!」
「これほど便利なことがあるか!?」
「・・・便利?」
ピクリと眉を潜ませると、調は横にいる林人を抱っこして信者たちの目に留まるようにする。
すると、星羅にもこっちに来いと首を動かして指示を出す。
何だろうと思いながらも調の隣に立つと、調は家では決して聞けないような低くて重たい声を出す。
「林人を見ろ。お前ら、こんな小せぇ子供が見てるから、全部、楽しくて幸せな未来ばっかりだと思ってんのか」
「・・・・・・」
「人が傷つく、苦しむ、死ぬ、そんな未来だって視えんだぞ。わかるか」
あれだけ叫んでいた信者たちは、調の言葉から感じる空気に黙ってしまう。
「目の前の家族が事故に遭う、そんな未来が視えたとしても、こいつはまだ小さい。どうしたら救えるのかだって分からねえかもしれねえし、分かったとしても救える力があるわけじゃねえ。ただただ、その視えちまった未来を待つしか出来ねえことなんて山ほどあんだよ」
「兄ちゃん・・・」
林人が調を呼べば、調は林人を見ていつものように笑う。
「俺達がこいつに助けてもらうんじゃなく、俺たちがこいつを守っていかねぇといけねぇんだよ。もし誰かが傷つく未来が視えたなら、それが現実にならねえように、俺たちがなんとかすんだよ。じゃねえと、自分がそんな未来を視たから、って。子供は子供なりに、自分を責めちまうからよ」
「・・・・・・」
星羅は、白波が言っていた言葉を思い出す。
そこに悪意がなかったとしても、結果として起こってしまった事象を書きなおすことなど、誰にも出来ないのだから。
林人は調の肩に顔を埋めるようにすると、調はそんな林人の背中をぽんぽんと叩く。
「未来が視えることは便利じゃねえ」
「しかしッ」
調の言葉を遮ろうとした信者の男だったが、調の目つきに怯んですぐに口を閉ざす。
「もし、それでも林人を教祖にして縋ろうって馬鹿がいんなら」
一段と低い声を出して、調は最後の忠告とばかりに言う。
「弟傷つける奴は、俺が 」
「兄ちゃん!ここ濡れてる!」
「お前が涎垂らして寝てたからだぞー」
「兄ちゃん!髪がぼさぼさ!」
「お前が兄ちゃんの髪で遊んだからだぞー」
帰り道、林人に弄ばれている調の背中を見ながら歩いていた星羅。
なんだかいつもと違うように見えるその背中からは、相変わらず思考が視え難い。
「どうした、星羅?」
「ん、別に」
調のほっぺを思い切り掴んでいる林人に、調はこちょこちょして手を放させると、今度は肩車をするようせがまれる。
もう9歳になるというのに、大地より子供っぽい林人。
いつもぼけーっとしているけど、林人も色々あるんだなーと星羅が思っていると、調がそんな星羅の気持ちを読んだかのように口を開く。
「お前も白波も、楽じゃねぇよなぁ。感情とか思考が視えるってよ」
「・・・俺は別に」
「俺と大地はよ、ほら、視えるっていうか相手にしてんのが人間じゃねえからよ。そこまで人間相手で考えすぎたりすることはねェんだよ」
「・・・・・・」
「兄ちゃん!白髪だ!」
「抜いとけ」
「違う!金髪だった!」
明るい林人の声を挟みながら、調は続ける。
「でも、目の前の奴が本当はどんな感情でいて、どんな気持ちでいて、どんなこと考えてて、ってそれわかっちまうのは、疲れるよな。気にしねぇようにと思ってたって、そうはいかねぇ」
「・・・俺より、白波の方が疲れると思う」
「どっちの方が大変とか、そういうのはいいんだよ。どっちも疲れンだよ。お前らすげぇよ」
「・・・・・・」
「兄ちゃん兄ちゃん、事件です」
「なんだどうした」
「うんちっちしたくなりました」
「お前何、それ気に入ってんの?」
「僕がうんちっちを兄ちゃんの服に漏らす未来が視えるよ!」
「やべぇじゃん!!!ちょ、待って!コンビニかどっかねぇか!?星羅も探せ!!未来を変えるぞ!!!」
「・・・・・・あそこの薬局でトイレ借りれば」
「星羅ナイス!」
「星兄ナイス!」
ぴゅー、っと面白いほど早く薬局に向かった調と林人を見て、星羅は呆れて笑うしかなかった。
薬局から出て来た林人の手には、調にせがんで買ってもらったのだろう何とかレンジャーみたいな感じの目薬があった。
林人は目を酷使することもあるからかと思っていたが、結局数日、数カ月使われることなくテーブルに置かれており、最終的に調が使っていたそうだ。
「兄貴、なんかこのシャツ、かぴかぴなんだけど」
「犯人は奴しかいねぇ」
「・・・林ちゃん、兄貴が呼んでる」
「怒られるから逃げるー!!!」
と、逃げようとした林人だったが、逃げた先にいた白波に確保され、そのまま連行されるのだった。
「兄ちゃん兄ちゃん事件です」
「なんだ」
「うんちっち事件です」
「トイレ行け」
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