第5話 【殺仏殺祖】

与太

殺仏殺祖



 第五章【殺仏殺祖】








































 人間に最も多くの災禍をもたらすものは人間なり。


           プリニウス一世
























 必ず明日が来る保証なんて、どこにあるのだろうか。








 「・・・・・・」


 いつもより随分と前に起きてしまった調は、身体中に感じる様々な重みを確認する。


 川の字のように綺麗に並んで寝ているはずなのだが、起きるとどういうわけか、こうしてみんなが調の身体に乗っているのだ。


 少しの息苦しさを感じながらも、調はゆっくり身体を起こし、みんなを起こさないようにその場から抜け出すと、1人キッチンに向かって水を飲む。


 「ふー・・・」


 椅子に座ってぼーっとしていると、ガタン、と寝床の扉が動く。


 誰かが寝がえりでも打ったのかと思ってたが、扉が小さく開いてそこから末っ子の白い髪がのぞく。


 「大地?」


 「ん・・・」


 「どうした?トイレか?」


 そう聞くが、大地は首を横に振る。


 どうしたのかと思っていると、大地は調の方に目を擦りながら歩いてきて、そのまま調の膝に乗る。


 子供体温の大地はぬくぬくしているが風邪をひくのではと、調は部屋に戻って寝るように伝えるが、大地は離れない。


 「大地、兄ちゃんも布団戻るから。な?ここで寝ないぞ」


 すでに夢の中に入っている大地を抱き抱えて、調は布団へと舞い戻る。


 調が寝ていた場所にはまだ他の兄弟たちが集まっていたため、調はあいている隅の方に行くと、そこに大地を寝かせる。


 その横に自分も身体を置くと、ゆっくりと目を閉じる。


 「・・・・・・」


 なにやら騒がしい声が聞こえてくる。


 気のせいだと信じたいのだが、その声はなぜか身体の上から聞こえてくる。


 ゆっくり目を開けると、場所を移動したはずなのに、不思議なことにまたしても調のいる場所に集まっている兄弟たちがいた。


 「白波、お前向こうで寝てただろ。なんでこっちにいるんだよ」


 「知らないよ。星羅だってなんでこんなとこにいんだよ」


 「大地ずるい!兄ちゃんの隣で寝てる!」 


 「おい白波!いい加減に向こう行けよ!狭いだろ!!!」


 「お前が行けばいいだろ。俺は動く気ないから」


 「はあ!?」


 「兄ちゃん起きてる!目開けてる!死んだ魚みたいな目してる!!!」


 「重てぇ・・・」








 「ったく。朝っぱらから人の身体の上で喧嘩すんなっての」


 「だって白波が」


 「いや星羅が」


 「お前ら今日からリビングで寝るか?」


 「「・・・・・・」」


 互いに睨みをきかせながらも、料理洗濯と、自分の仕事をこなしていく白波と星羅。


 ご飯を食べ終えると白波がいつものようにメールをチェックする。


 「・・・・・・」


 「兄貴どうしたの」


 「なんか、リスみてぇだなぁと思って」


 なにを言っているんだろうと、白波が調の視線の先を追えば、そこには今日の朝食の4枚切の分厚い食パンを使ったピザパンを頬張る林人と大地がいた。


 ちなみに、この4枚切を2枚分食べている。


 口の周りを汚しながらも、そんなこと気にせずに小さな口を出来るだけ大きく開き、パンにかぶりついている。


 「・・・リスっていうかハムスター?」


 「すげぇホッぺ膨らんでる。面白ぇ。今突っついたらやべぇよな、きっと」


 「大ちゃん、またポケットにどんぐり入れたまま洗濯機に出したでしょ」


 洗濯干しを終えて戻ってきた星羅が、大地のズボンに入っていたどんぐりを持ってきて、まだご飯中の大地の横に置く。


 「大地怒られてるー」


 「林くんのポケットにはカメムシが入ってたけどね。怒りを通り越したよ」


 「あちゃー」


 「林人、あちゃーじゃねぇぞ。臭いが他の洗濯物に移るだろうが。次やったらお腹ぷにぷにするからな」


 よくわからないおしおきが待っているらしく、林人は返事もせずにパンを食べるが、ちらちら調を見ていた。


 きっと以前何かしでかしたときにされたのだろう。


 「御馳走様でした」


 「はい、大ちゃんよく食べました」


 「御馳走様でしたー!」


 「はい、林くんもよく食べました。口すごいからふこうね」


 大地は自分から口の汚れに気付いて拭いていたのだが、林人はそのまま調に抱きつこうとしていたため、星羅が制止してタオルで口を拭いていく。


 大人しく口を突き出して星羅が綺麗に拭きとってくれるのを待つ林人を、大地はなんともいえない顔で見ている。


 「なんか来てるか?」 


 調が白波に聞くと、白波は険しい顔で調にメールの内容を見せる。


 なんだなんだと、調は頬杖をつきながらそこに目を向ける。


 「自殺者増加か」


 「これって、SNSとかで自殺したい人募ってるやつじゃないの?」


 「この前の黒い狐の件もあるからなー。一応調べてみるか」


 「そういうサイトに書きこんでみる?案外簡単に釣れるかも」


 「そうだな。やってみっか」


 白波はそれらしいサイトを幾つか見つけると、次々に書きこみをしていく。


 「兄ちゃん、公園行きたい」


 「えー、暑いのに?」


 「兄者、オレも行きたい」


 「えー、暑いのに?」


 「いってらっしゃい。暑いから気をつけて」


 「俺と白波で書きこみはしておくから」


 「え、俺がこの2人連れて行くの?まじ?マジで言ってる?なんでこんなときだけタッグ組むのお宅ら」








 出来る限りの熱中症対策をしたうえで、調は林人と大地を連れて公園に来ていた。


 地面から小さな噴水が出ている場所を見つけると、林人と大地は一目散に走っていく。


 調は近くの木陰になっているベンチに座り、噴水ですでにびしゃびしゃになっている2人を見て苦笑いをしている。


 念の為にと持たされたタオルと着替えとサンダルと、それから下着。


 飲み物や冷えピタも持ってきているが、あの調子では冷えピタをつけても意味がないだろう。


 はしゃいでいる2人を見ていると、ふと、調は勢いよく後ろを振り返る。


 『また会いましたね』


 「・・・・・・」


 そこにいる黒い狐を確認したあと、調は再び林人と大地に視線を戻す。


 「また何か企んでんのか」


 『人聞きの悪い』


 黒い狐は調の横にきて、その尻尾をゆらゆらと靡かせる。


 『最近、人間が勝手に死んでいくのだ。唆すことも出来ず、退屈で仕方ない』


 「・・・お前がまた霊とか使ってんじゃねえのかよ」


 『滅相もない』


 しばらく黙っていた2人だが、そこへ喉が渇いた林人と大地がやってきて、調はリュックからそれぞれ用の飲み物を渡す。


 ごくごくと鼻息荒く飲みながら、林人と大地は黒い狐のことをじっと見ていた。


 「兄ちゃん、パンツ濡れた!」


 「もう好きに濡らせ」


 「兄者、冷えピタ」


 「はいはい」


 大地の首に冷えピタをつけると、すでに遊びの続きをしようとしていた林人を呼び戻し、同じように首につける。


 「取れたら兄ちゃんとこ持ってこいよ。その辺ポイしちゃダメだぞ」


 「わかった!」


 「はーい」


 また遊びにいった2人を見届けたあと、調は視線を動かすことなく話す。


 「お前、一体何なんだよ」


 『私か?私は“玄狐”という。まあ、これも人間がつけた名前だがな』


 「玄孤?」


 自らを“玄孤”と名乗った黒い狐は、尻尾をうねらせながら、腕で顔をさすっていた。


 『私は本来、妖術を使うのだ。妖術によって人を騙す』


 「騙してどうすんの」


 『楽しい』


 「何、お宅ら妖怪って暇なの?」


 『ところが、時代がすすむにつれ、なぜか人間は自ら死を選ぶことが増えてしまった。そうなると、私の楽しみがなくなってしまう』


 「だからあんなことしてたって言いてぇのか?ブン殴るぞ」


 『人間は愚かだな。自ら死を選ぶとは。そう思わないか』


 「友達感覚で話してくんの止めてくれる?」


 玄孤によれば、昔は妖術を使って人を騙したり唆し、人間が弱っていったり苦しむ姿を見て娯楽としていたようなのだが、その機会がめっきり減ったとか。


 『人間は考えなくなった。そして想像しなくなった。その結果、人間は人間自身によって追い込まれ、責められ、苦しみ、逃げ場さえなくなり、この世から消えて行く道を選ぶ』


 「・・・・・・」


 『ところで、あの子供は腹が丈夫なのか』


 「え」


 玄孤に言われ、は、と意識を林人たちの方に戻すと、そこには地面から出ている噴水の水を直接口に入れている林人がいた。


 ソレを見て同じように真似をしている大地。


 「おいおいおいおいおいおいおいおい」


 調が慌てて2人のもとへと向かい、汚いからさすがに止めてくれと制止している間に、玄孤は姿を消してしまった。


 遊び疲れたのか、林人と大地は2人して調に抱っこしてくれとせがむ。








 「で、なんで兄貴までびしょ濡れなわけ」


 「しょうがねえだろ!」


 先程の水飲み行為を止めに入った際、思わず調も濡れてしまったのだ。


 もう着替えるのも面倒だったため、3人はびしょぬれのまま帰ったのだ。


 「そのまま風呂入れば」


 「そのつもりだ」


 と言っているそばから、林人がそのままの格好でリビングに向かおうとしたため、調が捕獲して風呂場へ連行する。


 大地は大人しく付いてきて、服を脱ぐとすでに湯がはられた風呂へと入る。


 風呂場から騒がしい声が聞こえてくる間、白波は書きこみの返信が無いかを確認しながら、何か考えていた。


 「返信あった?」


 「ない」


 「ま、そう簡単にはね」


 「・・・・・・」


 「なに、どうしたの」


 「別に」


 「あ、そう」


 「・・・・・・」


 「あーもう!何!さっきから何考えてんの!!イライラするなぁ!!!」


 「え、だから別にって」


 「別にっぽくないから聞いてんの」


 星羅にキレられながら、白波は過去の書き込みを見つめていた。


 「中学生のときさ」


 「うん」


 「同じクラスの奴が自殺したんだよ」


 「え、そうなの」


 「うん。噂ではいじめらしくて、でも確実な証拠もなくて。いじめのことも、自殺した奴のことも、みんなは忘れていったわけ」


 「・・・・・・納得はいかないけど、しょうがないよね」


 「俺はほら、あんまり学校行ってなくて、そいつともほとんど話したことなかったんだけど・・・。でも最後に視たとき、確かにあいつ、すごく、黒かったんだ。そいつ自身が見えないくらいに」


 「・・・・・・」


 「だけど、笑ってたんだ。普通に。俺は、あいつの本当の感情が視えてたのに、声もかけなかった。あいつは死んで、でもクラスの奴らはほとんど泣いてなかった。みんな、悲しい色なんてしてなかった」


 「・・・・・・」


 「所詮他人ごとなんだ、って。どいつもこいつも、自分は関係無いって顔して。自分のせいじゃないって。死んだ奴が悪いんだって」


 「あ、もしかして、それで暴力沙汰起こしたんだ。あの時はびっくりしたなぁ」


 「いや、あれは無意識っていうか。気付いたらそうなってただけだし」


 「何だぁ?懐かしい話してんなぁ?」


 「兄貴」


 「林くん、裸で走りまわらないの」


 いつの間にか風呂場から出てきていた調は、腰にタオルを巻いただけの状態でそこに立っていた。


 林人はちゃんと拭かずに素っ裸でいたため、星羅が捕まえて身体と髪と全てふき、新しい服に着替えさせる。


 大地は自分でちゃんと身体を拭いていて、服もせっせと着ていた。


 まだ水滴がついている髪の毛をタオルでガシガシと乱雑にかき乱しながら、調は冷蔵庫からコーラを取りだすと椅子に座る。


 「兄者、オレもコーラ飲む」


 「大地は1人でちゃんとお着替えまで出来たからなー。ほれ」


 プラスチックのコップにコーラが注がれると、大地は調の膝の腕でそれをごくごくと飲みだす。


 それを見ていた林人は「ずるい!僕も!」と言って自分にもコーラを注ぐように調に懇願するのだが、すでに林人が走り回った場所が濡れていたため、それを拭いたら褒美にやると伝えた。


 すると星羅がタオルと林人に渡してあげて、それで必死に拭いていた。


 背後に汗マークが見えそうな感じで頑張っていた。


 「出来た!コーラ!」


 「良く出来ました。ほれ」


 「やったー!」


 ガッツポーズと同時に、コーラをこぼしたのはまた別の話だ。








 「ああ、その話な。あん時は俺も驚いたなぁ。やっちまったかーって思った」


 「兄貴が謝罪に行ったんだっけ?」


 「謝罪なんて行ってねぇよ」


 「え?じゃあ誰が行ったの?」


 「いや、学校に出向いたのは俺だけどさ、謝罪はしてねぇよ?あれ?したか?まあいいか。確かに殴ったのは悪いけどよ?白波の行動を責めることが出来るか?」


 「・・・火に油注ぎに行ったの?」


 「『白波は、いじめをして人1人を自殺に追い込んだにも関わらず、反省も後悔も、ましてや謝罪もしない奴らに怒りを覚えただけです。だから悪くないです』だったかな?」


 「・・・兄貴も兄貴だよな」


 「殴ったお前がそれ言う?」


 「先生もあんぐりしてた記憶がある」


 「あいつらの親も親だったんだよ。白波のこと『何考えてるかわからない顔して』とか『親の教育がなってない』とかしまいには『土下座しろ』とかふざけたことほざきやがるからさ。俺もちょっとだけプッチ―ンてきたし」


 「兄貴が『何考えてるか分からない顔は生まれ付きだよ』って説明してた」


 「それ今関係あるか?ってマジ思った」


 「教育委員会に訴えるとか言われたよね」


 「言ってたな」


 「兄貴なんて言ったの?」


 「んーと・・・。『訴えたいなら勝手に訴えていいけど、俺はあんたらの子供がいじめしてた証拠あるから覚悟しとけよ』だったかな?もうちょっとオブラートに言った気もするけど」 


 「むしろそれどうやってオブラートにするの」


 「でももうその場にその子の霊がいたからさ。これイケるな!って思った」


 「兄貴ドヤ顔してた」


 「そしたら?」


 「確か、俺の言葉にいじめてた奴らがびびっちまって、『もういいよ!関わりたくないから!』とか言って逃げていった」


 「懐かしいー」


 「懐かしい―、じゃないよ白波」


 「んなこと言って、お前だって兄貴が学校に行ったことあったろ」


 「ないよ」


 「あるよ」


 「ないって」


 「あるよ」


 「いつ」


 「小学生のとき。4年?5年くらいのとき?確か6年が2年の奴に荷物持たせたり、カツアゲみたいなことしてたからって言って、星羅、そいつらのこと丸刈りにしてただろ」


 「覚えてない」


 「覚えてすらねぇのか」


 「懐かしいなぁ。お前ら、あの頃から変わってねぇよなぁ」


 「いや、それじゃダメなんじゃ」


 「その時も兄貴が学校行ったんだよな?」


 「そうだよー。俺がねー、『丸刈りくらいで済んで良かったなー』って言ったんだよ」


 「兄貴はいつも何しに学校行くの」


 「だって俺が行かないとお前ら釈放されなかったんだぞ」


 「釈放って何」


 「だってしょうがねえじゃん。俺、お前らが間違ったことしたって思ってねぇもん。まあ、方法はな?そりゃ、違う方法なかったのか?って思う事はあるけどよ。でも、誰かのためにしたことなら、俺はお前らを責められねえよ」


 「「・・・・・・」」


 「お前らがしなけりゃ、そいつらを誰が救ってやれたってんだよ」


 「「・・・・・・」」


 「だからな、ってどうした。2人して黙って」


 「兄貴・・・」


 「なんだ?感謝してもいいぞ」


 「5分くらい前からタオル落ちてる」


 「今言う?」








 「あ、これ見て」


 白波の書き込みに、返信があった。


 自殺志願者として書きこんだ内容には、人生がつまらなくていっそ死んだ方がいいのでは、ということを書いていた。


 「会って話しましょう、だって」


 直接顔を見て声を聞きながらの方が寄り添えるとかなんとか書いてあったらしく、白波は調に指示を仰ぐ。


 コンタクトを取ってきた人物のことを調べてからにしようということになり、この人物のアドレスなどを確認し、どういった人に声をかけているのかなどを調べる。


 似たような言葉をかけている人物もいて、それらも同じようにチェックする。


 3人ほどが同じような内容で色んな人に声をかけていることから、その3人が何か知っているのだろう。


 「どうする?」


 「・・・会ってみるか」


 「誰が会う?」


 「俺行くよ。ついでに霊が憑いてないかも見れるし」


 「・・・・・・」


 「白波どうした?」


 何も言わなくなってしまった白波に声をかけると、白波は誰とも目を合わせることなく言った。


 「俺が行く」


 「え、なんで。どうした」


 「兄貴より俺の方が自殺志願者に見えそうだから」


 「いや見えるけど」


 「それに、今回のことが人間首謀だった場合、兄貴より俺の方が適任だから」


 「・・・・・・」


 ようやく調の方を見た白波の目つきに、調はため息を吐く。


 こういう顔をしてしまうと、もう誰よりも頑固になってしまうという白波のこともわかっているからこそ、何も言えない。


 調は後頭部を摩りながら許可をする。


 「兄貴・・・」


 それに対して星羅が心配そうに調を見るが、調は腕組をして白波を見る。


 「こうなったらこいつはテコでも動かねえぞ」


 「・・・・・・」


 はあ、と星羅はため息を吐き、白波に何もないようにと計画を立てるのだ。


 「僕はなにすればいいの!!」


 「オレは」


 ずっと蚊帳の外だった林人と大地が、重苦しい空気が無くなったことを察知するとすぐに調の脚に抱きついてきた。


 「んー、まだ特に決まってはねぇけど。多分、家族総出で戦うことにはなるだろうな」


 「家族総出?」


 調の言葉に首を傾げる星羅に、調はただ笑いかける。


 白波がコンタクトを取って日時を設定すると、いつもより髪を乱し、暗い感じに仕上げていく。


 「白波、気をつけろよ」


 「会ってすぐ殴ったりしないよ」


 「そういうことじゃねえし」


 自然なボサボサを演出している星羅の気持ちを他所に、白波は自分の顔をじーっと見てくる大地の顔をまた同じように見ていた。


 なんとも異様な光景ではあるが、たまにこういうことがあるらしい。


 セットが終わると、白波は自分の髪を少しだけ触り、それからすぐ立ち上がる。


 「じゃあ行ってくる」


 「おう、気をつけてな」


 「行ってらっしゃーい!」


 調と林人、大地はいつものように白波を送り出す。


 その一方、星羅は声をかけずに黙々と片づけをしていた。


 「星羅、心配なら付いて行ってもいいんだぞ」


 「別に心配してないし」


 「大丈夫だって。今日会うのはファミレスだし、用事があるからすぐ帰るって伝えてあるし。最強守護霊つけてっから」


 「だから別に・・・え?」








 「初めまして。ツナミです」


 「どうもー。あ、こっちは救済活動をしてる仲間だから!警戒しないでね!」


 「はあ・・・」


 指定されたファミレスに来た白波は、先に来ていた男たちの前に座り“ツナミ”と名乗った。


 思っていた通りそこには3人の男たちがいて、それぞれあだ名なのか本名なのか、名前を名乗ってきた。


 「じゃあ、ツナミさん。辛かったんでしょうね。僕たちになんでも話してください」


 「はあ・・・」


 実際に白波が経験したことではないが、見聞きしたことなどを色々混ぜて話をした。


 男たちはいたって真剣に、それでいて同情するような表情で白波の話を聞く。


 運ばれてきたコーヒーを時折飲んで、言葉を慎重に選んでいるフリをしながらも、白波はただ、耐えていたのだ。


 ある程度の話を終えると、男たちは泣いているような素振りまで見せる。


 「それは大変な思いをしましたね」


 「大丈夫ですよ。僕たちがあなたを救ってみせますから」


 「・・・救うとは、どのようにして?」


 男たちにそう聞いてみると、男は腕をテーブルに乗せ、両手の指をからませるようにして身体を前のめりにさせる。


 そして、静かにこう話す。


 「あなたにとって最善の道を、教えます」


 プルルルルルルルルル・・・


 ツナミに電話が来て、それに出るために今日はここまで、と適当な言葉を並べて店から出る。


 家まで帰る途中で、見知った顔が別のファミレスにいることに気付く。


 「なんでみんなしているの」


 「大地がよ、どうしてもエスカルゴが食いてぇって言うから」


 「なにそのチョイス」


 「美味なり」


 白波は髪の毛を直しながら林人の隣に座る。


 あっつあつのドリアを頼んだ林人は、熱いからといって器に水を流し込もうとする暴挙に出たそうだが、星羅がなんとか止めた。


 「どうだった?」


 「なんかムカついた。殴りそうになったけど我慢した」


 「おー、偉い偉い。好きなもん食え」


 「メロンパフェ」


 白波が言うには、あの男たちは優しい、あなたのことを思ってますよ、心配してますよ、みたいな態度を見せながらも、興奮や期待といった感情しかなかったようだ。


 「胸糞悪かった」


 「林人、大地、これは覚えちゃいけない言葉だからな」


 「うんちっち臭かった?」


 「違うよ。胸糞悪い」


 「ああ、もう大地は覚えてしまったよ」


 運ばれてきたメロンパフェを食べながら、白波は続ける。


 白波が食べているパフェを見て、林人と大地も食べたいと言いだしたのだが、まだ2人とも自分が頼んだものを食べきれていなかったため、調が食べ終わったらな、と約束した。


 すると、林人は頑張って口に入れていくのだが、大地は林人の器に自分の分のカレーを移していく。


 それに気付いていない林人は、カレ―だ!やった!などと呑気に言っていた。


 なんとなく星羅がそれを憐れむように見ていたのだが、林人が可哀想だったため、少しカレーを食べてあげた。


 「そういや、こっちでも調べたんだけど」


 そう言うと、星羅が家で調べていたことを話す。


 「自殺志願者であいつらと会ってその後自殺した人たちの中には、昔のいじめ動画とかを拡散されてる人がいた。それと、その人達が自殺する瞬間の動画まであげてたっぽい。今は削除されてるけど」


 それを聞いて、白波は手に持っていたパフェ用のスプーンの取っ手部分を思わず曲げてしまった。


 「すげ。マジックじゃん」


 「すげー!白兄魔法使った!」


 「おい林人、カレ―飛んだぞ。兄ちゃんの真っ白な服にモモンガみてぇにダイブしてきたぞ」


 などと呑気なことを言っている兄弟もいたが。


 昔のことを思い出しているのか、しばらく動かなくなった白波を見て、調はやれやれといった感じで小さく息を吐く。


 「兄貴、次はどう動くの?」


 何も言わない調に星羅が尋ねると、調は「んー」と言ってまたしばらく黙りこむ。


 それから数分後、ようやく調が口を開く。


 「お前ら、俺についてくる覚悟はあるか?」








 「今回はどうするよ?また動画撮るか?」


 「それもいいけどよ、その前になんか面白ぇことしてぇんだけど」


 「例えば?」


 「そうだなぁ・・・。あいつが痴漢したとか冤罪作るとか?」


 「前やったやつじゃねえか。しかもあんときはターゲットだった奴がパニクって電車に飛びこんじまってよ。動画撮れなかったし」


 「しかもそのせいで帰り電車止まってるから最悪だった」


 「じゃあどうすんだよ」


 「あの男、学生っぽかったよな?」


 「大学生とか言ってなかったか?」


 「じゃあ、大学内で盗撮したとかにする?それかカンニングとか?あ!女子大生酔わせて襲ったとか!!!」


 「また飛びおりにするのか?」


 「録画してても血がこっちに飛んで来ねえやつにしようぜ」


 「首つり?溺死?」


 「首つりか飛びおりだよな。溺死は生々しさが出ねぇっていうか」


 「あいつオタクとかだといいのにな。死んでから部屋の中フィギュアとかアダルトDVDとかあるってわかるの恥ずくね?」


 「確かに!!!」


 そんな会話をしていた男たちは、この先、自分たちの身に起こることにはまったく無関心だった。


 明日が来る保証など、誰にもないというのに。


 男のうち1人が先に道を分かれると、ふと、なぜか自分がなぜ生きているのか分からなくなってきた。


 「あれ?おかしいな・・・なんだこれ」


 手が震え出し、寒気が襲ってくる。


 バサバサ!!!と先程までいなかったはずの烏があちこちにいて、男を取り囲んでいるようだ。


 男はその場から逃げるように足を動かすが、なぜか踏切やビルの近く、歩道橋や川など、自分が口々に言っていた“自殺させる場所”ばかりに向かっていく。


 普段なら気にしない黒猫も何度も見かけるし、野良犬にも睨まれている気がする。


 記憶にないはずの“辛さ”“苦しさ”などが呼吸を乱し、さらには、フラッシュバックのような自分の“死”のイメージばかりが脳裏によぎる。


 これはおかしいと、男はさっさと家に帰って布団に潜ろうと思う。


 しかしその途中、車に轢かれそうになる。


 「なっ・・・!?」


 危機一髪逃げられたが、その後も階段から落ちそうになったり、いきなり吹いた強風で倒れて来た看板の下敷きになりそうになったり、工事現場の鉄パイプが落ちてきたり。


 「俺は死ぬんだ俺は死ぬんだ俺は死ぬんだ」


 ブツブツと男は何かにとり憑かれたように、ガタガタと震えながら失禁していた。


 なんとか家に帰れた男は、仲間の男たちに連絡をしようとするのだが、どういうわけかまったく繋がらない。


 『お客様がかけた電話番号は、現在使われておりません』


 「嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ」


 頼りない指先でまた別の男に電話をかけるが、やはりこちらも繋がらない。


 一体どうなっているのかと思った男だが、ふと、身体から何かが抜けたような感覚になる。


 夜中、男はとある場所に向かっていた。


 まるで何かに誘われているかのように、迷う事もなく、真っ直ぐに向かっていく。


 雨が激しく降り出し、近くの小さな川はすぐに氾濫しそうだ。


 それでも男は足を止めることなく歩く。


 「俺はどうして生きてるんだ。もう人生なんてどうだっていい。俺が生きている意味なんてないんだ。俺は生きている資格がないんだ」


 雨の中男とすれ違った人は、男がそのようなことを言っていたと、後に証言しているそうだ。








 ニュースでは、連日同じような内容が流れている。


 それは事件などではないのだが、世間はまるで事件のようで楽しそうな話題として、どこもかしこもその話でもちきりだ。


 「みんな他に話題がないのかね」


 調は、煎餅を食べながらチャンネルを替える。


 変更した先では時代劇をやっており、すぐさま大地が反応を示してテレビの前に正座して見始める。


 「あれ、ニュースは?」


 「同じニュースばっかでつまんねえから替えた」


 「仕方ないよ。同日に別場所で自殺者多数なんて。大ちゃん、正座するのは偉いけどパンツ穿いてからにしなよ」


 「本当だ!大地、ケツ丸出しで座ってる!」


 「そういう林人は何も身に纏ってないからな。裸族だから」


 「うんちっちの時間だ!」


 「え、まじ?」


 「間違った。ポンキッキだった!」


 「恐ろしい間違いするなよ。天国と地獄ほどの差があるよ」


 大地にひとまず下着を穿かせた星羅は、時代劇が終わるまでは着替えさえるのを待つことにした。


 調は時代劇に興味があるのかないのかわからないが、棒だけになったアイスを口で弄びながら頬杖をついている。


 白波が林人のケツを追いかけまわし、やっとの思いで下着を穿かせると、酷く疲れた様子で調と星羅がすでに座っているキッチンに来て、椅子に腰かける。


 林人は邪魔をするつもりはないのだろうが、走りまわっていると当然、時代劇を見ている大地の前を通り過ぎることもあるわけで、一度目は大地も我慢し、二度目もなんとか我慢したのだが、三度目の決め台詞で邪魔をしてしまったのがいけなかった。


 大地に下着をつかまれた林人は、その場に思い切り顔面から転んだ。


 素知らぬ顔をして時代劇に視線を戻した大地の横で、林人はうつ伏せのままパンツ一丁の姿で泣いている。


 いつまで泣いているんだろう、と調も白波も星羅も特に助けることもなくじっと林人の行動を見守っていると、林人は徐に顔をあげ、涙と鼻水を出せるだけ出して調たちの方を見る。


 思わず笑ってしまった調は、林人の方へ行くと抱きかかえてソファに座る。


 それに気付いた大地は、素早い動きで調の膝に乗る。


 「・・・兄貴」


 「ん?」


 「そういえばさ、守護霊ってなんのこと」


 「あ?何が?」


 「この前言ってたじゃん。最強の守護霊がいるって。あれって何?阿修羅的な?」


 「あー、あれな。お前ら気付いてねぇの?」


 「そりゃ、兄貴みたいに霊視えないし」


 「お前らさ、いつも感じねぇ?なんか、こう、線香みたいな匂いっていうか、入れ歯安定剤の匂いっていうか」


 「なにその独特すぎる匂い」


 調が一体何を言いたいのかがわからない白波と星羅だったが、ポケットから調が数珠を取りだすと、それを白波と星羅に見えるように軽く振って見せる。


 「「・・・・・・」」


 それから顔だけを2人の方に向けると、ニッと笑いながら言う。


 「な?最強だろ?」








 「ばあちゃん、ごめん。俺のせいで・・・。俺がっ・・・」


 『調のせいじゃない。泣くんじゃないよ』


 「・・・ばあちゃん?」


 『ばあちゃんは、昔から身体が弱かったんだよ。だから、調は何にも悪くないんだ』


 「だって!俺が!!!!」


 『あの死神のことかい?あいつならばあちゃんの力で投げ飛ばしてやったよ!』


 「・・・本当?」


 『ああ、本当さ。ばあちゃんは強いんだ。調たちのことも、これからもずーっと守るからね』


 「ばあちゃん、ずっと傍にいてくれるの?」


 『もちろんさ。いつだって傍にいる。いつだって守ってあげるよ。だから1つだけ約束しておくれ』


 「なあに?」


 




 『何があっても、強く生きるんだよ』






 「兄貴、また林人が涎垂らしてる」


 「人間てどうすりゃこんなに涎溜められるの?」















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