第2話 【也太奇】

与太

也太奇





 第二章【也太奇】








































 人間は真実を見なければならない、真実が人間を見ているからだ。


     ウィンストン・チャーチル
























 「幽霊屋敷?」


 「だってさ。どうする?」


 昨日と似たような内容のテレビを眺めながら、メールを確認した白波が調に話す。


 棒付きのアイスを食べ終え、すでに冷たさも残っていないその棒をただ口に咥えている調の傍では、林人が折り紙のパックンチョを無限大に作っている。


 さらにその隣では大地が林人の作ったパックンチョを分解していくという作業を黙々と行っていた。


 ちなみに、林人はまだそれに気付いていないため、必死に折り続けている。


 「んー、暑ィ」


 「そうじゃなくてさ」


 「幽霊屋敷なんてな、大体は悪ガキが何かしてんだよ。そういうもんだよ」


 「兄貴、面倒臭いんだろ」


 「んなことねぇよ。俺のいる島国は四季折々あって、その中でも俺が一番苦手な夏っていう季節がなんでこうも何カ月も続くんだろうなぁ、って情緒あふれてたところだ」


 「・・・どこが情緒溢れてるの?」


 「あー、くっそ暑ィ。このクソ暑ィ中、星羅は何処行ったんだ?」


 「星羅なら美容院だよ」


 「病院?」


 「美容院」


「ああ、理髪店?」


 「まあ、そうだね」


 そんな適当な感じの会話をしていると、そこへ美容院から星羅が帰ってきて、何も言わずに調たちの前で髪をさらっとなびかせてみせる。


 効果音をつけるなら『さらさらーきらきらー』といった感じだろうか。


 「「「「・・・・・・」」」」


 「・・・・・・」


 「「「「・・・・・・」」」」


 「いや、リアクションは?俺のこの天使の輪が見える?」


「前との違いが分からねえ」


 「やば。星羅が天使になった。天に召された」


 「白波マジでぶっ飛ばす」


 「ええええ!!!星兄死んじゃったの!?こんなにはっきり視えるのに!?もしかして、家族だからちゃんと視えるの!?最期の別れに来てくれたの!?」


 「南無阿弥陀仏」


 「いや、大ちゃん一番酷いね」


 ちーん、と両手を合わせている大地は、それからすぐにまた林人の作ったパックンチョ解体作業を再開する。


 肩で小さくため息を吐いた星羅は、椅子に座ると自分の髪を確認する。


 ふと、白波が頬杖をつきながらパソコンを見ていることに気付く。


 「今度は何?誰が行くの?」


 「幽霊屋敷だと。それを今兄貴に聞いていたとこ」


 「兄貴、いつまで棒しゃぶってるの」


 「まだ甘さが残ってる気がするんだ」


 「それすでに木の甘さじゃないの」


 「あああああ!!!大地が僕のパックンチョ綺麗に元に戻してる!!!兄ちゃん!!!大地が!!!」


 「だってこんなに作る意味が分からないんだもん。なんで作ったのか説明してよ。折り紙だって無限じゃないんだよ」


 「しかも理詰めしてくる!!!酷い!!!」


 わああん、と泣きながら林人は調に思い切りダイブしてきたものだから、調は思わず口に咥えていたアイスの棒を吹きだした。


 それを拾いながら、林人の頭を撫でる。


 ちら、と大地の方を見れば、それはそれはもう本当に丁寧に元に戻していた。


 「・・・すげぇ数作ったな、パックンチョ」


 林人の頭をぽんぽんと叩きながらそう言えば、林人は目をぱああ!と輝かせて嬉しそうに言う。


 「そうなの!暇だったからね!沢山作ってみたんだよ!!」


 「暇だったからなんだな。素直でよろしい」


 そう言われ、林人はよりニコニコする。


 すぐそこに来ていた大地は、林人に少しだけムッとした様子で、調に文句を言う。


 「兄者、四男林人に甘いよ。こんなにパックンチョ作ったって無駄なんだから。オレより2つも年上なのにこれじゃ心配だよ」


 「そうだな。俺も心配だ」


 笑いながらそう言う調に、大地はぐいぐいと林人の陣地を少しずつ侵していき、調の半分を奪い取る。


 とはいっても、ソファにいるため3人はただそこでのんびりしているだけなのだが。


 「つかお前ら器用だよな。そして飽きずによくやってんな」


 「明日はね、ゴミ箱作るの!」


 「そりゃ御苦労なこった。ゴミ箱なら大地に文句言われねえな」


 「紙のゴミ箱ってあんまり役に立たないから使わないよ」


 「大地が意地悪言う!兄ちゃん!」


 「意地悪じゃないよ」


 「はいはい。喧嘩するなら兄ちゃんは昼寝するぞ」


 「僕も寝る!」


 「四男林人は一番最後まで寝てたんだから今寝ない方がいい」


 調が寝床に行って横にごろんとなれば、その両脇を林人と大地が固める。


 そしていつの間にか、林人と大地は本当に寝てしまった。


 少しして調は2人に布団をかけて部屋から出てくると、そこでも繰り広げられている兄弟喧嘩に目を細める。








 「白波が悪い。俺のトリートメント勝手に使ったりするから」


 「だから、お前使われたくなかったらちゃんと使ったあと片づけろって言っただろ。俺が風呂に入るときそこに置いてありゃそりゃ使うだろう」


 「ちゃんと容器に俺の名前が書いてあるだろ。目あんのか?」


 「星羅には俺の目が見えないのか?それこそ病院にでも行って診てもらえよ」


 「んだと」


 「あんだよ」


 「はいはい、お前らもそこまでな」


 白波と星羅、両者の頭の上に手を置いて喧嘩をひとまず止めると、調は先程のメールの話をする。


 「え、俺と林人は留守番?」


 調は、今回は自分と星羅、そして大地で行くと言ったのだ。


 それに不服申し立てをしたのは白波で、どうして自分ではなく星羅なのかと聞いたところ、林人が怖がりだから連れて行けず、林人のお守をするなら星羅より白波が相性が良いだろうという判断だそうだ。


 「それに、林人は表に出す感情とお前が視える感情にそう相違がねぇから疲れねぇだろ?」


 「・・・まあ、そうだけど」


 口ごもってしまった白波に、調は冷凍庫からアイスを取り出すと、白波と星羅に手渡す。


 調から差し出されたソレを受け取ると、2人は袋を破ってアイスを口に放り込む。


 調も自分の分を口に咥えると、口をもごもごさせながら、星羅に大地が起きたら幽霊屋敷に向かうことを伝える。


 まだ少しだけ不満そうな白波に気付いた調は、笑いながら白波の頭をわしゃ、と撫でる。


 少し照れた様子の白波は、悟られないように頬杖をつきながらそっぽを向いた。


 それから少しして、大地が起きてきた。


 まだ寝ぼけている様子だったため、大地がある程度覚醒するまで待った。


 「じゃあ行ってくる。林人頼むな」


 「うん。気をつけて」


 白波に見送られたあと、例の幽霊屋敷へと向かっていく。


 すでに外は薄暗くなっており、この時間から外で遊ぶ子供はそうはいないだろう。


 「大地、寒くないか?」


 「うん、大丈夫」


 「あ、あそこだ」


 星羅が指差した先に、なんとも言えない雰囲気の、洋館なのだろうか、明らかにそこだけ異質な感じが漂う。


 真っ暗になるのを待ってから建物に近づくと、様子を窺いながら中へと入って行く。


 小型の懐中電灯を点けて歩いて行くと、何か人影のようなものが見えた。


 調は星羅と大地に向かって口元に人差し指を持っていき、“しー”と指示を出す。


 人影が見えた方へと向かっていくと、今度は後ろの方から何かの声が聞こえた。


 ガタガタ、と物音も聞こえてくる。


 「あ、兄貴、あの部屋」


 星羅が、ぼう、と仄かに灯りが見える部屋を指さすと、調はその部屋に向かって足を進めて行く。


 その後ろを大地と星羅が続いて行く。


 部屋の前まで来ると、やはりそこでは何か光が動いていて、扉も開いていたため、調たちはそーっと中へ入ってみる。


 しかし、その途端ぱっ、と光は消えてしまった。


 なんだろうと思っていると、今度はその光が扉の外に現れたため、その光の後を追う様にして調たちは部屋を出る。


 「なんなんだ一体」


 「兄者、あそこに人影が」


 今度は大地が指さした方を見れば、そこには確かに人影がある。


 しかしそれはまるで浮いているかのような、普通の人間ではありえないような場所に立っているのだ。


 それからまた灯りは消え、調たちは階段の方へと向かっていく。


 何の変哲もない階段をのぼりきると、まるで調たちを誘うかのように、灯りがぼう、と再び姿を見せる。


 そちらに歩いていくが、また灯りは消え、点いて、消え、を繰り返して行く。


 同時に人影もあっちにきたりこっちにきたりと、迷わせようとしているのか遊んでいるのか、とにかく自由に動き回っていた。


 「・・・・・・」


 「兄貴?どうかした?」


 「いや」


 その時だ。何か声が聞こえて来た。


 それと同時に、その人影のようなものがどんどん調たちに近づいてきて、数も増えてきている。


 ゆらゆらと揺れながら距離を縮めてくるそれらに、星羅は片腕で大地をしっかり守りながら、もう片方の腕を準備する。


 瞬間、人影がいきなり調たちに襲いかかって来たのだ。


 「星羅、待・・・」








 「遅かったか」


 「明らかに正当防衛だから問題なし」


 星羅は腕をスパナに変化させ、それで襲ってきた人影に攻撃をしていた。


 攻撃された人影たちは床に倒れており、それは人影というよりはただの操られた布であったのだが。


 すると、バタバタと音が聞こえて来たため、星羅は大地を調に預けるとダッシュして、今度は腕をスパナからピコピコハンマーへ変化させると、それで次々にその場にいた何かを叩いて行く。


 「星羅、任せた」


 調と大地は、星羅が1人でバシバシと他人を叩いている姿を和やかに眺めていた。


 「で、お前らどういうつもりなんだ」


 持ってきておいたロープで捕まえたのは、ただの人間だった。


 「おっ、お前らこそ何なんだよ!!!」


 「俺達はお前らに襲われた可哀想な一般市民だ」


 「俺達だってな!ただ、ちょっと夏の風物詩を見せてやってただけだろ!?なんでこんな目に遭わなくちゃいけねえんだよ!!」


 男女合わせて6人は、自分達はこういった廃墟などに忍びこんで映像を撮って回っているのだという。


 みんなでそれぞれ役割を分担し、やってきた人を驚かせて楽しんでいたようだ。


 さらにはそれをSNSなどにあげていたという。


 「苦情がきてんだよ、苦情」


 「苦情おお!?誰からだよ!」


 「ご近所さんから。夜な夜な若い連中が入りこんで、奇声あげて騒いで、食い散らかしてゴミ置いてって、かなり迷惑してるってよ」


 「別に誰か住んでるわけじゃねえんだからいいだろ」


 「良かねぇよ。そもそも夜は寝る時間だからな。脳を休ませる時間だからな」


 文句たらたらな男たちに、星羅は腕をハンマーにして思い切り床を叩く。


 古い建物といえどもそれなりにしっかりとした造りの床がいとも簡単に破壊されたのを見て、男たちは思わず黙り込む。


 「大人しく帰れ。そして二度とこういうことすんな」


 「お前何様だよ」


 「調様だ」


 「誰だ、ぶっ飛ばすぞ」


 「やってみろ。こいつが黙っちゃいねぇぞ」


 そう言って調は星羅の方をくいっと顎で示せば、そこには未だ腕をハンマーにしたまま、しかもまるで神のトールが使用していた武器かと思うくらい強そうなハンマーを男たちに向けている星羅が立っていた。


 いや、強そうなだけであって至って普通のハンマーではあるのだが、星羅が持っているからそう見える、というだけだ。


 さらに男たちが何か言う度に、今度は大地が建物に住みついていたネズミやミミズに蜘蛛、ゴキブリやカメムシ、さらには蟻と、とにかく生物という生物に話しかけ、男女の周りに集めていた。


 それだけでも女性は悲鳴をあげていた。


 「わ、わ、わかったよ!!!!もう、来ねえよ!こんなとこ来ねえから!!!」


 「そうじゃなくて、“来ない”じゃなくて“やらない”だからな」


 「わかったっての!!うるせぇなぁ!!」


 「は?」


 泣き喚く男女に対して、星羅も大地も容赦なしだ。


 小一時間説教をしたところで、調は男女を解放する。


 「早く出て行け」


 「うるせぇ!!!」


 「あ?」


 バタバタと階段を下りて行く足音が響いたあと、調たちも帰る準備をする。


 「・・・・・・」


 「兄貴?」


 調たちも帰ろうとしたとき、後ろでバタッ、と何かが倒れる音がした。


 振り返ってその音の正体を確認すると、そこには先程まで普通に立っていた大地が、なぜか倒れていたのだ。


 「大ちゃん!?大ちゃん!!」


 「・・・・・・星羅、先出てろ」


 「でも」


 「こっからは、俺の領分だ」








 調はポケットから数珠を取り出すと、目の前に現れた霊と対峙する。


 星羅は調に言われたとおり、大地を抱っこしてその場を離れる。


 霊に通常、物理的攻撃は通用しない。


 調でなければ対応できないことは、星羅も大地も、もちろん白波も林人も知っている。


 それに、調は霊の動きが視えるから対応出来るが、星羅はそれが出来ない。


 もし出来るとするなら、感情が視える白波の方だろう。


 まるでホラー映画に出てくる悪霊のような姿の霊に、調はたびたび想うことがある。


 兄弟の誰にも言ったことはないが、それは常に感じている。


 「よくもまあ、生意気で可愛い末っ子気絶させてくれたな。どういう了見だ?」


 『・・・・・・』


 「まあいい。どんな理由言われたって、そりゃ俺からすりゃただの言い訳だ。許す心算は毛頭ねぇからな」


 『苦しい・・・寂しい・・・』


 「・・・さっきから聴こえてたのはお前か。てっきりあいつらの悪ふざけかと思ってた」


 『悲しい・・・痛い・・・・』


 「可哀想だとは思うが、それが俺の弟気絶させた理由か?だとしたら、ふざけんじゃねえぞ」


 『苦しい・・・寂しいィィイイいィいいイぃぃイィ!!!!!!』


 最後は叫びながら、その霊は調の方に向かってくる。


 同時に、周りにあるガラスは全て割れてしまい、床は地震かのように大きく揺れる。


 なんとかバランスをとる調だが、そこに思わぬ客が現れる。


 「やっぱり本当にいやがったんだ!!」


 「!?」


 それは、先程帰ったはずの男女だった。


 霊と調に向かってカメラを向け、この状況がわかっていないのか、動画にするべく何やら下を見て操作している。


 「おい!お前ッ」


 その男に離れるよう言おうとした調だったが、それよりも先に霊が男の方へと向かい。男の身体を通り抜けたかと思うと、男は気を失ってしまった。


 そして、霊は動かなくなった男に近づくと、男の脳天に瓦礫を落とし潰した。


 「・・・ッ!?」


 思わず目を逸らした調だったが、その後視えたのは、男から出て来た男のものと思われる魂というか、霊というか、それを霊が吸収したのだ。


 これを見て、調の表情は一瞬固まり、その後怒りへと変わる。


 「おい、てめぇまさか・・・」


 『寂しい・・・悲しい・・・』


 今度は調に近づいてくる霊の後ろには、先程の男の仲間がまだおり、男がどうなったかまだ知らないようで、同じようにカメラの準備を始める。


 ゆらり、と調は身体をなんとか動かしながら霊を見ると、その目つきは今までの調とは違うものだった。


 「おい!早く撮ろうぜ!!!」


 「やばくない!?本物!?」


 「これ高く売れんじゃねーの?」


 「早く早く!」


 「あれ?ねえ、岡田君先に行ってなかった?どこにいるの?」


 なにやら雑音も聞こえてくるが、今の調にはどうでもいいものだった。


 「やべ。兄貴キレる」


 男女が外にいないことを不思議に思った星羅も建物内に戻ってきており、先程視えた男女の思考はやはりこういうことかと舌打ちをする。


 それよりもやばいと思ったのは、調の表情だった。


 普段はあまり本気で怒らない調だが、兄弟のこととなると別だ。


 「撮るよ!録画開始!」


 男女の誰かがそういった瞬間、星羅は男女が持っていた録画機器をハンマーで壊した。


 星羅に文句を言おうとした男女だったが、足元になにやら違和感を覚えそちらを見ると、足元に先程の生物たちがワラワラと集まってきており、さらに自分の顔の方は這ってくるではないか。


 「・・・・・・!!?」


 次々に気絶していく男女をしり目に、星羅はふう、と息を吐く。


 「大ちゃん大丈夫か?」


 「うん。ちょっとクラクラするけど」


 生物たちの力を借りて、男女を建物の外、しかも敷地から離れた場所に運んでもらうと、星羅と大地は大人しく調が出てくるのを待つ。


 『寂しい・・・辛い・・・苦しい・・・』


 「てめぇまさか、大地のこともさっきみてェに殺して吸収しようとしたんじゃねえだろうな。ああ?」


 『恨めしい・・・憎らしい・・・卑しい・・・』


 「俺をあんまり怒らせるんじゃねえぞ。温厚なお兄ちゃんで通ってんだよ、一応」


 『欲しい・・・欲しい・・・若いのが欲しい・・・』 


 霊と向かいあっている調が、ふうう、と大きく息を吐いていると、霊はどんどん姿を大きくしていく。


 ソレを見て、調は数珠を握りしめる。


 「的がでかくて助かるよ」








 少しして調が出てくると、星羅と大地は駆け寄って行く。


 それに気付くと、調は片手をあげていつものように微笑む。


 「兄貴、大丈夫だった?」


 「おう」


 「何かあった?」


 「いや。お、もう真っ暗だな。腹減ったし」


 「兄者、オムライス食べたい」


 「ヒーハ―イーツにでも頼むか」


 家に帰ると、林人が毛布にくるまりながらガタガタと震えていたため何かあったのかと白波に聞いてみたところ、林人の怖がりを克服させようと、怖い映画をずーっと見せていたらしい。


 「トラウマになるだろ」


 「慣れかと思って」


 帰って早々林人に抱きつかれた調は、そのままずるずると林人を連れたまま冷蔵庫へと向かい、缶ビールを飲んだ。


 あまり普段酒を飲まない調のため、白波は星羅に声をかける。


 「何かあったのか?」


 「んー、わかんない」


 「は?何それ」


 「兄貴の思考はいつもわかんね」


 「確かに」


 ヒーハ―イーツが届くと、みんながっついてご飯を食べた。


 満腹になると林人と大地はすぐに寝てしまうため、白波と星羅が手分けして先に風呂にいれる。


 寝床に2人を寝かせると、今度は星羅が疲れたと言って風呂に入って寝る。


 ちら、と調の方を見た白波は、調に先に風呂に入るよう伝えるが、調はもうちょっとぼーっとすると言ったため先に入ることにした。


 風呂から出るとそこに調はおらず、何処に行ったのかと思っているとベランダでまたビールを飲んでいた。


 「珍しいな、そんなに酒飲んで」


 「んー?たまにはな。成人の特権だし」


 「何かあったの?大地が危険な目に遭って兄貴がキレたっていうのは聞いたけど」


 「・・・白波」


 「何?」


 「お前はさ、感情が視えて良かったなーって思う事あるか?」


 「え?何急に」


 「いや、なんか思った。え?何?聞いちゃダメな感じ?」


 「いやいいけどさ。別にそこまで何か良いことがあるわけじゃないし」


 「そうなんだ。じゃあいいか」


 「なにが」


 「いやさ、なんかほら、俺霊視えるし話せるじゃんか」


 「そうだね」


 「でもさ、本当の霊の気持ちなんて知らねえわけ。分からねえの。本当にこの世に未練があんのか、それとも何かに縛られてるだけなのか。悲しいのか嬉しいのか、何もわからねえわけ」


 「そうだね」


 「でもお前は感情が視えるわけじゃんか。もし感情が視えんなら、同情のひとつでもしてやれんのかなーとか思うわけ」


 「あー・・・なるほどね」


 「星羅だって思考が視えるから、嘘吐いてるとかわかるじゃんか。林人は未来が視えるからそれだけで人救えるじゃんか。大地は動物と話せっから動物のために動けるじゃんか。でもさ、俺は相手が霊なわけ。もとは人間だけどもう人間じゃないのが相手なわけ」


 「・・・・・・」


 「守護霊っつーのもいるわけだから、むやみやたらと霊を全部成仏させるわけにもいかねえんだよ。でも、どいつが本当に守護霊で、どいつが悪霊かなんて、一見分からねえじゃん。いや、たまにいるよ?すげぇああ、悪霊だな、って分かる奴もいるけど、基本的には霊は霊なわけ。暗い霊だな、とかいう判断基準なわけ」


 「そんなざっくりだったんだ」


 「霊は正直なわけじゃねえ。もとは人間だからな。嘘だって吐く」


 「見極めるために、俺とか星羅みたいな力っていうか、そういうこと出来たらいいなーってこと?」


 「まあそんなとこ」


 「ふーん」


 調も白波も黙ってしまった空間に、ただ生温い風が優しく踊る。


 まだ三日月にもなっていない月を眺めながら、調は大きな欠伸をする。


 それから少しして、白波が口を開く。


 「別に、同情とかする必要はないんじゃない?」


 「ん?」


 「だってさ、なんていうか、人間だってどんな理由があったって人を傷つけたら罰を受けるわけじゃん」


 「まあな」


 「だったら、霊だって同じなんじゃない?」


 「・・・・・・」


 白波の言葉に、調は少し目を丸くする。


 同時に、少し風が強く吹いて、調自身の髪が視界に映る。


 真っ直ぐに何処を見ているのかは分からない白波の視線は、もう幼い頃のものとは違ってみえる。


 「霊だって、幾ら未練があろうと後悔があろうと、人を傷つけたり驚かせたり?そういうのをしたらダメなんじゃない?だから、同情なんてしなくていいんだよ」


 2人の間に、ただ白波の大人しくも落ち着いた声が響く。


 「・・・・・・」


 「同情なんてしてたら、傷つけることが許される世界になると思う」


 「・・・そっか。そうだな」


 調と白波はお互い小さく笑った。


 それから白波は寝床へ、調は風呂場へ向かい、朝日が昇るのを待った。








 「・・・これはどういう状況だ」


 朝起きた調は、自分の身体の上に重なっている複数の弟たちに向かって尋ねるが、誰1人として答えない。


 それもそのはずで、他は誰1人として起きていないからだ。


 調を一番下にして、右半分は星羅が乗っており、左半分は白波が乗り、さらにその上に林人と大地がちょこん、と乗っているのだ。


 いや、ちょこん、などと可愛い表現が合っているかといえば合っていないだろう。


 もうそれはもう貫禄があるくらいにドデン、と乗っている。


 苦しい調はさっさとそこから逃れようと試みるも、どちらにも身動きが取れず、しまいには上に乗っている下2人をどかさないことにはどうしようもない。


 「・・・・・・」


 その重みを感じながら、調は呆れたように笑う。








 「しかし重てェなぁ・・・」










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