第5話 おまけ②【貂】

こもれび

おまけ②【貂】


おまけ②【貂】




























 「ん?なんだ?」


 休憩中、夏目のスマホに見知らぬ名前からメールがあった。


 中身を確認してみると、そこにはこんなことが書かれていた。


 『○月○日○時に○○へ来い』


 「怪しすぎ・・・」


 休憩室の冷凍庫に入っていた、従業員用にと買ってあるチューパッドのアイスを口でプラプラと遊ばせながら、夏目は一旦スマホを閉じる。


 するとすぐに渼芳と伊兎馬から、同じような内容のメールが送られてきたことがわかる。


 「なんなんだ?」


 3人でどうするかを話し合い、怪しいが行ってみようということになった。


 時間になって指定された場所へ向かうと、そこには1人の男が煙草を吸っていた。


 他に怪しい人影は見えないが、油断出来ない。


 男に向かって渼芳が声をかける。


 「俺達を呼んだのはあんたか?」


 「・・・・・・ああ」


 ぷはー、と煙草の煙を吐きながら、男は未だ夏目たちのほうを見ない。


 男は頭から全身にかけてマンとのようなものを羽織っており、声からして夏目たちより年上だろうことしかわからない。


 男は吸い終わったのか、短くなった煙草を常に持ち歩いている携帯灰皿に押し込むと、ようやく夏目たちの方を見る。


 「「「!!!」」」


 思わず、夏目たちは息を飲みこんだ。


 そこに現れた男の目は、なぜか黄金色に見えたからだ。


 「お前たちのことは聞いている」


 「え?なにが?」


 「金が必要だろ?」


 「・・・いや、必要だけど犯罪とかには手を出さないって決めてるから」


 「そこまで落ちちゃいない心算だからね」


 「お前たちが犯罪まがいのことが出来るなんて思っちゃいねぇし、俺もそういうのは嫌いだ」


 「あ、良かった。普通の感じの人だ」


 なんて夏目が呑気に思っていると、男はなぜか周囲を気にするようにキョロキョロしている。


 遠くの方も確認しながら、男は続ける。


 「今後お前らには“貂班”として働いてもらいたい」


 「テン?」


 「イタチのことだ」


 男によると、他にも“たぬき”や“きつね”という班を作り、情報をやりとりしたりしているという。


 「でもそれって警察の人間だろ?俺達は一般市民だし、正直、他の同年代の奴に比べて自由もきかねえ。なのになんで俺達なんだ?金に困ってるからか?」


 「そうだな。俺達は妹弟の面倒を見なきゃいけないし、炊事洗濯家事に仕事。体力的に難しいと思う」


 「そもそも、俺達がどんな情報掴めると?」


 伊兎馬の質問に、男は新しい煙草に火を点けながら答える。


 「世界はどんどん進む」


 「「「???」」」








 「お前等の知らないところで、様々なことが危惧されてる。情報操作がそのひとつだ」


 「情報操作?」


 「警察が隠蔽したりってこと?そんなの今だったしてるんじゃ」


 「そんな可愛いもんじゃねえよ」


 またしても煙を吐きながら、男は空を見上げる。


 「今後人間の代わりにAIやらなんやらが導入されて、情報や労働の全てをそれらに任せるようになったら、どうなると思う?」


 今度は男の問いかけに、まず夏目が首を傾げながら答える。


 「・・・処理が速くなる?」


 続いて、渼芳も首を傾げながら答える。


 「人間がいらなくなる?」


 最後に、伊兎馬が斜め前の方を見つめながら答える。


 「世界が乗っ取られる?」


 3人の答えに対し、男は小さく笑う。


 「あながちどれも間違っちゃいねぇ」


 「結局どうなんだ?」


 「ま、“人間が選別される”ってとこだな」


 「選別・・・?」


 「AIは正しい判断をする。正確な動きをする。それはどう証明する?誰が証明する?AIなんてな、所詮は人間が作ったもんだ。作った人間の“正しい”をインプットされたAIは、果たして本当に“正しい”と言えるか?」


 「・・・やべ。眠くなってきた」


 「瞬、立ったまま寝れるの?器用なんだね」


 「渼芳、そこじゃない」


 目を細めて、身体がぐらぐらしている夏目を支えている渼芳は、男の方を見る。


 「で、つまり、俺達はどうしたらいいんです?」


 「普通に生活してればいい」


 「「「・・・は?」」」


 「今や世界は様々な情報をすぐに共有出来る。正しい情報はもちろん、誤った情報もな。手に入れた情報を書きかえることも、誤った情報をわざと流すことも、それを正しい情報をして流すこともわけねぇ」


 人間が操作するにしろAIが意思を持ち始めて操作するにしろ、何が“正しい”かなど誰に判断が出来るだろうか。


 「俺はな、人間にしか出来ねえことがあると思ってる」


 「人間にしか出来ない?」


 「例えば、“疑う”とかな」


 「疑う・・・」


 「普段から、誰かと話したり接するとき、俺達は自然と目線、口調、声色、仕草、顔色、ちょっとした変化なんかを見てる。それで相手の感情や思考を読みとろうとする」


 「まあ・・・」


 「だからこそ、情報を得る時、それが嘘なのか本当なのかを見極めることが出来る」


 「事情聴取とかか」


 「ああ」


 「でも、AIに表情管理みたいなの搭載されてれば、AIにも出来るんじゃ」


 「あと大事なのが“直感”とか“勘”だ」


 「え、そんなこと」


 「そんなことと思うかもしれねぇが、大事なとこだ。平然と殺人を犯す奴がいたとして、そいつは殺人を悪いことと思っちゃいねえし、ましてや自分は殺人をしてねぇと思ってるとする」


 「やべぇ奴だ」


 「犯罪を犯すだいたいの奴はやべぇんだよ。やべぇ奴だからやらかすんだよ。で、そういう奴は簡単にポリグラフ検査なんかもくぐりぬけられる。どうしてか分かるな」


 「・・・・・・多分、やべぇから」


 「大まかな括りでいうと正解だ」


 「すげぇ優しんだけど。え、この人実はすげぇ優しいかも」


 「瞬の性格をすでに理解したんだろうね」


 「どんだけ進歩しててもな、人間の勘には敵わねえことが沢山あんだ。特にお前らみたいに頼る人間が少ねぇ奴らはな」


 「あれ?今度は貶された?」


 「貶しちゃいねぇよ。俺だってそうだ」


 「え」


 男は平然とそう言いながら、携帯灰皿にぐりぐりと吸い終わった煙草を押しつける。


 結構吸っていたのだろうが、すでにそこはパンパンになっていて、男はそれをじっと見て、新しい煙草を吸うのを諦めたようだ。


 「お前らはいつも通り生活をしてりゃいい。指令があったら無理のねぇ程度に情報を収集。なるべく人から入手すること。気になること、気付いたこと、なんでもいいから報告すること」


 「関係ないことでも?」


 「関係無くてもいい。無関係に思えたことが無関係じゃねえこともある」


 「人から聞いた話が、本当に噂話で、俺達があんたに与えた情報が間違ってたら?」


 「別にそれはそれでいい。裏付けなんかはこっちでする。間違いが怖くて報告してこねえ方が俺は嫌なんだよ」


 「・・・やべぇ。俺この人についていきてぇかも。でも、なんで俺達なんだ?」


 男は目を瞑って少し黙る。


 すぐに目を開けると、風が吹いてきて男の前髪が揺れる。


 「お前らの面倒見てくれって、頼まれたんだよ」


 「え、誰に」


 「俺はそろそろ行く。もし何かあれば俺か、もしくはこれからメールで送る番号にかけろ」


 「まだ引き受けてないのに」


 「それから」


 「まだあった」


 「強制はしねぇ。お前らが選ぶことだ」


 「「「・・・・・・」」」


 男の言葉に、3人は顔を見合わせる。


 そして特に何か話し合う事もなく、自然と笑っていた。


 夏目は指をポキポキと鳴らしながら、悪ガキのような笑みを浮かべる。


 「あいつらの学費もあるし。稼がねえとな!」


 渼芳は髪の毛をくしゃりとかきながら。


 「俺も。店開くために貯金もしたいし」


 伊兎馬は腕組をして何かを考えながら。


 「生きてるだけで金はかかるし」


 「確かにー」と夏目と渼芳が同意する。


 そんな3人を見て、男は肩を揺らして笑う。


 「じゃあ頼んだぞ、“貂”」








 「そういや、なんで“貂”なんだ?たぬき、きつね、ってきたら猫とかじゃね?」


 「別にシリトリじゃないんだから」


 「多分“化け”の関係?」


 「なに“化け”って」


 「“狐八化け狸九化け貂十化け”っていうから。それかなと思って」


 「狐と狸は知ってるけど、貂もなんだ。初めて聞いた」


 「貂班ってなんか言いにくいよな。天津飯みたい」


 「お腹空いてきた。瞬がそんなこと言うから」


 「俺のせいなの」


 「今度お互いの妹弟たち連れて飯でも食いに行くか」


 「お!いいな!」


 「休みの日合わせようか。瞬が昼と夜働いてるから合わせるよ」


 「俺真面目だからいつでも有給使わせてもらえるぜ」


 「真面目じゃなくても使えるんだよ」


 「え、真面目な奴に与えられる特権かと思ってた」


 「「・・・・・・」」


 「え、冗談だから。そんなに馬鹿じゃないから。引くなよ」


 数日後、3人はそろってファミレスでご飯を食べるのだった。


 「ポテト食べたい!」


 「これ俺のだぞ!」


 「ほら、兄ちゃんのやるから」


 「・・・・・・」


 「・・・・・・」


 「なんだよ、大亮、晟二」


 「いや・・・」


 「夏目って兄貴だったんだなぁって・・・」


 「はあ?」








 それを少し離れた席から見ていた男がいた。


 男は頬杖をつきながら、小指を唇につけると、唇を舐めとる仕草をする。




 「面白いね、人間は」



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こもれび maria159357 @maria159753

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