第2話 宇宙無双日 乾坤只一人

こもれび

宇宙無双日 乾坤只一人



 第二章【宇宙無双日 乾坤只一人】






































 もし飛べないなら走ればいい。走れないのなら歩けばいい。歩けないのであれば、這っていけばいい。何があっても前に進み続けなければならないのです。


 マーティン・ルーサー・キング・ジュニア






















 「よ。妹たちどうだ?」


 「大分良くなってきたよ、ありがとう」


 「良かったな」


 「今日は早いんだな。休みか?」


 「いんや。今日は弟の誕生日だから早上がりさせてもらったんだ。これからケーキ買って帰るとこ」


 「そっか。今度お祝い持っていくよ」


 「出来れば食いモンで頼む」


 「はは。わかった」


 あれからというもの、夏目は2日に1回は伊兎馬の妹たちの見舞いに来ていた。


 このまま家に帰すのもどうかと思った伊兎馬は、役所に相談したらしい。


 母親の状況も話し、どうにか伊兎馬たちだけで生活出来るようにならないか聞き、すでに伊兎馬が成人しているため、補助を得てなんとかなりそうだ。


 夏目とも連絡を取り合うようになった。


 見舞いを終えた夏目は、前以て聞いておいたリクエストのケーキをちゃんと予約し、それをこれから取りに行くのだ。


 どうしてもチョコプレートをつけてほしいと言われたため、無理言って3枚つけてもらうことになった。


 プレゼントはちょっとした玩具だが、弟たちは3人で仲良く譲り合って遊んでいるため、まあ大丈夫だろう。


 「あー、ここだ」


 近所で評判のケーキ屋に予約したケーキを取りに行くと、そこには若い男がいた。


 「いらっしゃいませ」


 茶色の髪は癖っ毛なのか少しはねている。


 「予約した夏目です」


 そう言って控えを渡すと、男は「お待ちください」と言って冷蔵庫の方へ向かう。


 箱を持ってきて、中が見えるようにして夏目に確認を促す。


 「こちらでお間違いありませんか?」


 「はい、大丈夫です」


 「チョコプレート3枚は別で用意させていただいているんですけど、今こちらでケーキに乗せますか?」


 そう言うと、男は3人分の名前が書かれたチョコプレートを夏目に見せる。


 「・・・3枚乗ると思います?」


 「・・・難しいでしょうね」


 「ですよね」


 お互い顔を見合わせて笑うと、男はチョコプレートを別の箱に保冷剤と一緒に入れると、レジ横に置いてあった消費期限が近いため安くなっているラスクを取る。


 それをどうするのだろうと思って見ていた夏目だったが、男はそれをケーキを入れた袋に入れる。


 「え」


 「ああ、サービスです。チョコプレートは切ったあとに乗せてあげてください。それと、こちらもサービスの蝋燭です。火事には気をつけてください」


 「ありがとうございます。最近じゃあ恥ずかしがって消そうとしないんですけど、絶対消させます」


 「ははは。でもなんだかんだ消せると嬉しそうな顔しますよね」


 「わかります。あの、それより」


 「どうしました?」


 「ラスク代、払いますよ」


 「いいんですよ。折角の誕生日ですから。大したものじゃありませんが。店長にも伝えてあるので大丈夫です」


 「でも」


 「ここのラスク美味しいですよ。ケーキの生クリームにつけて食べたらより絶品です!ぜひ試してみてくださいね」


 にっこりと微笑みながら言う男に、夏目はなんだかほっこりした。


 御礼を言って店を出ると、夏目は店の中になんとなく目を向ける。


 すると、男はまだ夏目の方を見ており、にっこりと笑みを見せながら会釈してきたため、夏目も頭を下げる。








 夜8時を過ぎた頃、ケーキ屋は閉店する。


 「渼芳くん、お疲れさま。今日はどのケーキ持っていく?」


 当日売れ残ったケーキを廃棄するのだが、持ち帰りたければ持ち帰らせてくれる。


 定番のショートケーキにチョコケーキ、モンブランにレアチーズなどがあるが、今日はそこまで残っていない。


 梨のケーキと抹茶ケーキだけだ。


 それでも、家で待っている弟や妹たちには良い土産だと、男は全部で5つ持ち帰ることにした。


 「お先に失礼します。明日もよろしくお願いします」


 「お疲れ―。気をつけてねー」


 男、渼芳大亮は、店の人たちに挨拶をして帰っていた。


 「もう寝たかな。でも今日はお笑いやってるから、多分起きてるよな」


 スマホで家に電話をしようとも思った渼芳だが、もし万が一寝ていたとして、起こしてしまったら可哀想だと、電話することはしなかった。


 家に帰ると、やはりみんな起きていた。


 「お兄ちゃんだ!」


 「お帰りなさい!」


 「ケーキだ!今日もケーキあるよー」


 「今日は何ケーキ?」


 「はいはい、みんなただいま」


 弟と妹が2人ずついる渼芳は、全員の頭を撫でたあと、持って帰ってきたケーキをテーブルに並べる。


 すると誰が言うわけでもなく、長男から順番に食べたいケーキを取っていく。


 ちなみに、昨日は末っ子から取っていった。


 「「「「いただきます」」」」


 「どうぞ召し上がれ」


 4人がケーキを食べている間に、渼芳は翌日の準備の確認と、洗濯機を回し始める。


 その間に明日の朝ごはんの準備をしていると、末っ子の夢が渼芳の脚に抱きついてきた。


 「どうした、夢?」


 「お兄ちゃんのケーキあるよ!」


 「・・・夢、ケーキ食べたいのか?」


 「へへへ」


 自分のケーキはとっくに食べてしまったらしく、渼芳のケーキを狙っている夢がニコニコ笑いながらおねだりしにきたのだ。


 やれやれと渼芳は肩で笑うと、夢を抱っこしてリビングに向かい、そこに残された自分のケーキを見る。


 夢を下ろすとこう言った。


 「四等分してみんなで分けな」


 「お兄ちゃん食べないの?」


 「また夢!これはお兄ちゃんのでしょ!」


 「食べたいもん」


 「お兄ちゃんはご飯食べないとだから。その代わり、切った人は最後に選ぶんだぞ」


 「「「「はーい」」」」


 4人が寝静まると、渼芳は1人ゆっくりとお茶を飲んでいた。


 しかしすぐに何かの本を取りだすと、付箋やマーカーが沢山つけられたそれを見ながら、ノートに何か書き写していく。


 頭をガシガシかき乱しながらも、12時過ぎまで続けていた。


 時計を見て寝る準備をしていると、何かの気配を感じた。


 何だろうと思って回りを見渡すが、当然自分たち家族以外はいない。


 渼芳は首を傾げながらも布団に入る。








 「お兄ちゃんはもう行くから。ちゃんと鍵かけて行くんだぞ。何かあったら連絡してな」


 「わかった!」


 「いってらっしゃーい」


 出勤時間よりも随分前に家を出ると、渼芳は少し肌寒い空気に思わず身体を震わせる。


 両手を擦り合わせて口元へ持っていくと、何度か息を吹きかけて、気持ち程度だけ手を温めながらケーキ屋へ向かう。


 「おはようございます」


 とは言っても、店長たちよりも早い出勤だ。


 渼芳はささっとエプロンと三角巾をつけると、メモ用紙を見ながら何か作業を始める。


 何かをかきまわしている間、オーブンを温めておくことも忘れない。


 「んー・・・なんか違う」


 焼き上がったソレを一口食べてみるが、どうも店長が作るような味にはならず、渼芳は何がいけなかったのか、メモ用紙とにらめっこをする。


 そうこうしている間に他の人たちも出勤してきた。


 「おはよう。早いねー」


 「今日の出来映えは?」


 「おはようございます。ダメですね。レシピ通りやってるはずなんですけど」


 「どれどれ」


 そう言いながら、朝ごはんを食べていないのだろうか、渼芳が作ったそれを鷲掴みにして頬張る。


 「うんうん。美味しいよ。ちょっと硬いけど」


 「余熱足りてる?あとはオーブンに入れるときに扉開ける時間長過ぎて温度下がっちゃってるとか」


 「でも美味しいよ。ちょっとへにゃってしてるけど」


 「もうちょっとだね。頑張って」


 「ありがとうございます」


 「それにしても、シフォンケーキ屋さんだなんて、ピンポイントだよね。なんで?」


 「いや、昔から好きなんですよね。普通のケーキと違って軽いっていうか。色んな味も試してみたくて」


 「修行だね。頑張ってね」


 「はい」


 テーブルに出してあった材料や食器などを片づけてから、渼芳はみんなが作業出来るよう準備を進める。


 午前中はゆったりしていたが、夕方になると徐々に混み始めバタバタした時間が過ぎ、ようやく一息ついた。


 「ばたついたねー」


 「今日は完売したし、もうお店閉めようか」


 閉店準備を終えると、渼芳はもう少しだけケーキ作りの練習をしようと店に残っていいか確認を取る。


 店長から許可も下りたため、渼芳は少しだけ残って冷蔵庫に入れておいた朝のシフォンケーキを腕組をしながら見つめる。


 また柔らかさを保っているが、ふわふわというよりも少しへにゃりとしている。


 1人黙々と何か言いながらメモ用紙に何か書きこんでいくと、店長が置いていってくれたレシピをもう一度読みこむ。


 「げ。もうこんな時間」


 集中しすぎて気づかなかったが、すでに9時を回っていた。


 ご飯も用意してあるしもう寝てるだろうから大丈夫だろうとは思ったが、渼芳は慌てて家路を急ぐ。


 軽く息を切らせながら走っていると、途中、靴ひもが解けてしまったため結び直そうと身を屈める。


 こんなときに何だと思っていると、顔をあげた瞬間、そこに男が立っていた。


 「!!!」








 あまりに近くに顔があったため驚いてしまったが、声は出なかった。


 男は真っ白な髪を後ろで1つに縛っているが、酷く緩く縛ってあるらしく、すでに解けそうになっている。


 それと同じくらい、肌寒いこの外気温の中、両肩が出ているのも気になってしまう。


 「あの、何か?」


 「人生をやり直したくはないかい?」


 「え?人生?」


 男はフフフ、といった感じに笑いながら、渼芳に手を差し伸べてくる。


 渼芳は別に転んだわけじゃないんだけどな、と思いながらもその手を掴むと、ゆっくりと立ち上がる。


 「えっと、すみません。ちょっと急いでて」


 変な話に付き合っている暇はないと、渼芳はその男から離れようとする。


 だがその時、なぜか身体から力が抜けた。


 そのままその場に座り込むと、なんとも言えないふわふわして気持ち良いというか心地良いというか、とにかく夢のような感覚に陥った。


 「大丈夫。君の兄弟たちはちゃんと寝ているよ。だから君も安心して良い夢を見るといい。そしたら、答えを聞かせておくれ」


 一体何のことだろうと思った渼芳だが、目を瞑った途端、目の前に家にいるはずの妹や弟たちが現れる。


 自分のもとへ走り寄ってきて、いつものように抱っこをせがんできたり一緒に遊ぼうと言ってくる。


 そして何より驚いたのは、その向こう側に自分の両親が中睦まじく立っていたからだ。


 「親父?おふくろ?」


 「なんだその顔は。当たり前だろ?」


 「大亮、いつもありがとう。大亮の大好きなシフォンケーキ、お母さん作ってみたの。ほら、みんなで一緒に食べようね」


 「なんでいるの?」


 「なんで?なんでって?家族なんだから当たり前でしょ?」


 「でも」


 「大亮もおいで」


 妹も弟もそこにいる両親に懐いていて、部屋の奥に用意されているケーキを早く食べようと騒いでいる。


 渼芳はなかなか動き出せずにいたのだが、ふと、次男の実が渼芳の腕を引っ張っていた。


 「早く行こう!お母さんが作ったケーキ、きっと美味しいよ!!」


 「・・・・・・ああ、そうだな」


 実に引っ張られながら部屋へと入って行けば、まるで渼芳が誕生日のように蝋燭と名前が書かれたプレートがつけられている。


 何事かと思い母親の方を見れば、いつも渼芳には迷惑をかけているから、とのことだった。


 この歳で蝋燭を吹き消すのも恥ずかしいとは思ったが、小さい頃に一度だけ消した記憶があるだけのその行為に、渼芳は懐かしさを思い出す。


 そして蝋燭の火を消した。








 「!!!」


 そこは、冷たい地面だった。


 渼芳が目を覚ますと、ついさっき会った男が目線を合わせるように座っていて、渼芳の意識が戻るとニコリと笑った。


 そして立ち上がりながらもう一度尋ねる。


 「人生をやり直したくはないかい?」


 「・・・・・・」


 「さっき見たのはね、君の妄想だよ。“こうなったらいいな”“こうだったら良かったのにな”っていう理想の世界さ。どうだった?幸せだったでしょ?」


 まるで実際に体験したかのような感覚に、渼芳は地面を見つめる。


 渼芳が何も言わないため、男はさらに言葉を続ける。


 「もし人生をやり直すことが出来るなら、君はどういう行動を取るんだろうね?その後、どんな未来が待っているか、楽しみじゃない?」


 「俺は・・・」


 「君はよく頑張ってきたよ。父親からの虐待に耐え、蒸発した父親とほとんど帰らずに男漁りをしている母親の代わりに、妹弟たちの面倒を見てる。うんうん、とても素晴らしい。でも、君ばかり我慢する必要はあるのかな?君こそ、誰よりも幸せになる権利があると僕は思うんだよ」


 「俺は好きで面倒を・・・」


 「本当にそうかな?ちゃんと胸に手を当てて自分に聞いてごらん?甘えたいときに誰にも甘えられず、欲しいものも買ってもらえず、食事も用意されないから自分でなんとかしていた。君にはもっと良い未来があるはずだよ。そのためにはまず、君が夢見た世界にすることが一番だ。だろ?」


 「・・・・・・」


 「普通は出来ないよ。そんなことね。でも、僕は君が気に入った。そして君に深く同情している。だから君にとってこんな都合の良い話をもちかけている。怪しいと思われても仕方のないこと。でも、もしこの千載一遇のチャンスを逃したら、二度と、君は人生をやり直すことが出来ない」


 先程見た夢とやらの事を思い出しながら、渼芳は地面で拳を作る。


 ソレを見て、男は口元を歪める。


 「渼芳大亮くん。君の人生は君のものだ。君が決めていいんだよ。他の誰のためでもなく、ただ、自分のためにね」


 ほんの少しだけ間があったあと、渼芳はゆっくりと立ち上がり、服についた汚れを落とすこともなく男を見る。


 「お願いします」


 「取り消しは出来ないよ」


 男は、不気味なほど綺麗に笑った。








 「じゃあ早速始めようか」


 一体どうなってしまうのか分からない渼芳だったが、覚悟を決めて待つだけ。


 痛いのだろうかとか、気持ち悪くなったりするのだろうかとか、色々考えてしまう部分はあったが、渼芳は余計なことを考えないように目を瞑る。


 そしてその時を待つ。


 「あれ、また悪さしてる」


 男とは別の声が聞こえてきて、渼芳は瞑った目を開けていく。


 そこには、見たことのある人物がいた。


 「よ。この前はラスクありがとな。めちゃくちゃ喜んでたよ」


 「あ・・・この前の・・・」


 「烏兎くんといい君といい、どうして邪魔するのかな?君は烏兎くんの仲間なのかな?」


 男は後からきたその男を見ると酷く嫌そうな顔をする。


 知り合いなのかと思っていれば、そういうわけでもないらしく、男はさっさと用事を済ませようと渼芳に手を向けてくる。


 だが、瞬間、男は渼芳から距離を置いていた。


 「ほらもう。烏兎くんが来ちゃった。また面倒臭いことになるよこれ」


 「そもそもお前が大人しくしてりゃあ面倒なことにはならねえんだぞ。それ分かってて言ってんならただの阿呆だな」


 「てかさぁ、夏目瞬太くんはどうしてこうタイミングが悪いのかな?いつもフラフラしてるよね。なんで?僕のことつけまわしてるの?ストーカーなの?」


 「え、お前こいつのストーカーなんてしてんのか。趣味悪いな」


 「してねぇから。ただの仕事帰りだから」


 白い髪の男烏夜と、黒っぽい青い髪の男烏兎、その2人はどう見ても変人なのだが、夏目はいたって普通に会話をしている。


 違和感はあるのだが、自分よりも慣れているような感じの夏目に、渼芳はどんな関係なのか聞いてみるが、どうもこうもないと言われてしまった。


 「自分の意思でやり直すと決めた人の邪魔をするなんて、それこそ酷いと僕は思うね」


 「その“やり直す”の認識が相互で食い違ってんだからしょうがねぇだろ。ちゃんと説明もしてねんだろ、どうせ」


 「これからするところだったんだよ」


 「お前の手口だよな。まずは承諾させてからってな」


 「烏兎くん、人間の気持ちは僕より分かってるはずだよね?なのにどうして邪魔をするのかな?君だってやり直せたらなーって思うことあったでしょ」


 「あったとしても俺はお前に依頼するような愚かなことはしねぇな」


 「じゃあ僕じゃなければ誰に依頼するのかな?」


 「生憎、お前より知り合いは多くてな」


 烏夜と烏兎がそんな言い争いをしている間、夏目は渼芳の方に近づいて行き、自己紹介をしていた。


 ひょんなことから2人のことは知っているが、決して知り合いというわけではないことを説明する。


 それから渼芳も自分のことを話すと、たった今、烏夜からもちかけられた話を受け入れたところだということがわかった。


 「なんでやり直すなんて言ったんだ?」


 「それは・・・」


 事情を簡単に説明すると、夏目はなんとも言えない表情を浮かべる。


 「でも、結局のところ、妹や弟たちのためにやり直そうって思ったんだよな?」


 「・・・多分」


 「多分って?」


 「わからない。親の愛情ってものを感じたかったのかもしれない。何の苦労もせずに学校に通えて、助けてもらえて。そんな生活を送りたかったのかもしれない。・・・俺が」


 「ま、悪いことじゃねえよ。誰だって、親からの愛は欲しいもんだ」


 渼芳がふと隣にいる夏目を見ると、夏目も自分と似たような目をしていることに気付く。


 何か話しかけようとしたのだが、烏夜が渼芳の背後に現れる。


 「君は賢いよ。人生をやり直せる。大丈夫。僕がちゃーんと巻き戻してあげるからね」


 「止めとけ止めとけ。そいつは詐欺師より性質が悪ィぞ」


 烏兎が烏夜の背後に回り込み、渼芳には当たらない程度に和傘を振りまわすが、烏夜は渼芳を連れたまま避ける。


 「なんだ、あれ」


 「よーく見とけよ。あれが人間に魅了された“魔物”だ」


 「魔物?」


 烏夜は背後から渼芳を抱きしめるように腕を回すと、どういうわけか、そこが渼芳の身体に吸収されるように一体化していく。


 渼芳自身もどうなっているのかわかっていないようで、ただ自分の身体に溶け込んで行く烏夜の腕を見つめるだけだ。


 「人間の夢や魂、肉体を喰らう奴らは存在している。ただし、そいつらは決まったものしか食わねえ。だが、あいつは雑食だ。なんでも食う」


 「なんだよそれ」


 「寿命、魂、肉体、精神、存在そのものも食うってこった」


 「人間以外も食べるよ。でもね、やっぱり人間が一番美味しいな」


 渼芳の身体に入りながらそういう烏夜は、ペロリと舌舐めずりをする。


徐々に渼芳に入っていく烏夜を前に、烏兎は和傘を広げて回し始める。


 何をやっているんだろうと思っていると、和傘の内側はまるで万華鏡のように綺麗な輝きを放ち、それをクルクルとすると模様が変化していく。


 すると、烏夜の身体がジュウ、と焼け始めたため、烏夜は渼芳を連れてそこから離れようとする。


 しかし、烏兎が和傘を回したまま烏夜の顔面に手を置くと、今度は烏夜の顔から物凄い音と同時に湯気が出て来た。


 烏兎は渼芳の腕を思い切り引っ張ると、夏目の方へ放り投げた。


 「大丈夫か!?」


 「・・・ああ。大丈夫みたい」


 特に血も出ていないため、夏目はほっと一安心する。


 一方、顔も身体も焼かれてしまった烏夜は、未だ烏兎が手を放さないため、烏兎の脇腹に自分の腕を突き刺した。


 そこから大量の血液が出てくるが、烏兎はそれでも手を放さなかった。


 一度引き抜き、もう一度、もっと奥へと腕を突き刺せば、烏兎は一瞬だけ怯み、それを見逃さなかった烏夜は烏兎の腕をはがして距離を取る。


 烏夜が自分の顔を数回触ると、またしてもすぐに回復してしまった。


 「いてて・・・。僕の顔に傷をつけるなんて、本当に烏兎くんは性格が悪いな」


 「俺の身体抉るような奴に言われたかねぇんだよ」


 「あー、まだ残ってる。完全には治らないかなぁ」


 烏兎につけられた火傷の痕を確認していた烏夜を他所に、烏兎は夏目の隣にいる渼芳に向かって告げる。


 「言っておくがな、時間を戻すだの過去に行くだの、こいつはそんなこと出来ねえからな」


 「え、じゃあ、やっぱり人生をやり直すなんて出来ないってことですか」


 「こいつはな、時間や時空に関与は出来ねえ。だが、人間そのものには干渉出来るんだ」








 烏兎の言っていることが全然わからない2人は顔を見合わせる。


 夏目と渼芳は、お互いが分かっていないことを理解すると、分かっていないのは自分だけじゃないとホッとする。


 烏兎は烏夜に刺された脇腹を、懐から取り出した布のようなもので簡単に止血をしながらも、烏夜の動きから目を逸らすことはない。


 止血しているにも関わらず溢れ出てくる血に、烏兎は舌打ちをする。


 「やっぱり、出来っこないんだ。そんなこと・・・」


 「・・・・・・あのさぁ、大亮、今の生活が嫌なのか?」


 「え?」


 ふと、夏目が渼芳に尋ねる。


 その時、烏夜もある程度綺麗になった自分の顔に満足したらしく、烏兎の方を見る。


 「さてと。この前みたく僕を追い払えるかな?」


 「ありゃ追い払ったんじゃなくて、お前、逃げたんだろ?」


 「言ってくれるねぇ。だから嫌いなんだよ、烏兎くんのこと」


 ニヤリと笑う烏兎に向かっていく烏夜。


 向こうの方からなにやらバトルをしている音や声が聞こえてくるが、夏目は渼芳の方を見て答えを待つ。


 「・・・嫌、ではないけど」


 「この前さ、お前と似たような奴がいて」


 「え」


 夏目は、先日同じような目に遭った伊兎馬のことを話す。


 誰もが一度は思ったことがあるだろう、そんな願望や欲を、その通りに出来るならそれほど素敵なことはない。


 だが、それが上手くいかないことの方が多いんだ。


 「親がいても必ずしも幸せだとは限らねえ。逆に、親がいないからって不幸せだとも限らねえ。だろ?」


 「そうだけど」


 「確かにさ、道歩いてて思うときあるよ。母親に抱っこしてもらったりさ、父親に肩車してもらったりさ。授業参観とか。運動会とか。良い思い出なんて無いかもしれねえ」


 小さい頃から当たり前だった、下の子の世話。


 あまりに当たり前すぎて、考えたこともほとんど無かったのかもしれない。


 けど、時々夢に見ていた。


 父親とキャッチボールすることが出来たらとか、母親に沢山甘えることが出来たらとか、時折そんな夢を見ては、現実の無常さに何も言えなくなる。


 父親がいない分までとか、母親がいない分までとか、そんなの強がりだ。


 自分だって知らないそんな愛情を、どうやったら妹弟たちに向けることが出来るのだろうと。


 誰も助けてくれなかったのに、自分ばかり助けていて、どうしてだろうと思う暇もないほど大変だったんだ。


 俯いてしまった渼芳に、夏目はこう言った。




「今以上の幸せなんて、俺はねぇと思ってる」








「僕は烏兎くんに恨まれる様なことしたのかな?だからこんなに邪魔されるのかな?」


 「お前、シェドレの目を上手くかいくぐってるようだが、俺からは逃げられねえぞ」


 「嫌だなぁ。あっちだと面倒な奴が多いからわざわざこっちに来て仕事してるのに。こっちにも面倒なのがいるなんて。この前なんて道歩いてただけで雅楽に襲われるし」


 「指名手配なんだよ」


 「そんな悪いことしてないのに。そもそも僕は悪霊じゃないよ?人間のためにやってることなのにどうしてかな?人間を助けたいって思っての行動なのにどうしてこうも責められて否定されるんだろうか」


 「人間の為だって思ってねぇからだろうな」


 「そんなことわからないでしょ?僕が人間のためだって言ったらそうなんだよ。それとも烏兎君、君は心が読めるのかな?」


 「生憎お前みたいに悪用しようと思ってねぇからな。だが、俺ぁ知ってんだぞ。お前のその力、食ったから手に入ったんだろ?」


 「・・・・・・へえ、そうなんだ」


 袖を口元に持っていった烏夜は、烏兎の言葉に目を細める。


 口元は見えないが、きっと笑っている。


 「そういう烏兎くんこそ、どこでソレ、手に入れたのかな?僕の記憶だと、そんなの作れるのは1人しか知らないんだけど」


 「職人に知り合いが多くてよ」


 「いいなぁ。紹介してよ。僕も武器が欲しいんだよね。遠距離がいいなぁ。そうすれば、烏兎君の武器に対抗出来そうだし」


 「てめぇで探すこったな。どうせ裏で色んな奴と手ぇ組んでんだろ?」


 「僕はこう見えて群れるのが好きじゃ無くてね。誰かを頼るってこともしないんだ。烏兎君は考えたことがないかい?」


 「あ?」


 


 「『人間はなぜ“死”に魅了されるのか』」




 「何言ってんだ」


 クスクスと笑いながら、烏夜は渼芳の方を見る。


 「一度経験したら二度と経験出来ないもの、それが“死”。誰しもがいずれは経験すると知りながら、人間は常にそのことを考え、怯え、そして愛する」


 「・・・・・・」


 「人生をやり直すということは、一度死ぬことも同じ。人間は本当に欲深いね。“死”でさえ経験したがるんだ」


 「お前が唆さなきゃ、そういう選択を選ばねえ奴だっているだろう」


 「僕が唆そうがそれは関係ないよ。“後悔”という言葉がこの世に存在する限り、人間はいつだってやり直しを求める」


 「くだらねえ。元凶が何言ってやがる」


 「元凶はね、“人間そのもの”だよ」








 夏目の言葉に、渼芳は顔をあげてその顔を見る。


 夏目は肩を動かしながら笑うと、こう続ける。


 「大変なこともある。辛いこともある。過去を恨んだこともある。親を憎んだこともある。それでも、俺は今、弟たちと一緒に過ごす毎日がすげぇ楽しい」


 今目の前にはいない弟たちのことを思い浮かべているのか、夏目は笑っていた。


 その笑みに、渼芳は思わず引き込まれる。


 「この前のケーキな、すっげえ喜んでた。チョコプレートだけ食いてぇなんて言いだしてよ、まじで困った」


 小さく笑いながらも、目の前にある幸せを噛みしめている夏目を見て、渼芳も自分の妹や弟たちのことを思い出していた。


 自分よりも両親の記憶等ないであろうに、もっと他の子と同じように癇癪を起こしたっておかしくはないはずなのに、渼芳の言う事をちゃんと聞いている。


 我慢をしていたのは本当に自分だけなのか。


 「幸せなんて、他人が決めることじゃねえ」


 「・・・・・・」


 「俺達が幸せだと思うなら、それでいいんだよ。他人と比べて、他の家はこうだから自分は不幸だとか、誰かはこんな玩具持ってるのに自分は持ってないから不幸だとか、そんなのはつまらねえ理由だ」


 何が幸せかなんて、わからない。


 そんな答えのないものを探し続けて、誰よりも幸せであることを証明したくて、自慢して、独り占めする。


 それがあまりに悲しいことだとも気付かず。


 「例え人生をやり直したとしても、俺はあいつらの兄貴でいたいし、あいつらの為になんでもしてやりたい」


 そこへ烏夜に蹴り飛ばされた烏兎が吹っ飛んできた。


 砂埃が立ち、夏目は渼芳の前に腕を出して様子をうかがう。


 烏兎は立ち上がるとすぐさま和傘を構え、こちらに近づいてくる烏夜を睨みつける。


 「僕は人間が大好きなんだよ。欲深いところも含めてね。だからこうして手助けをしようとしてるんだ。それなのに、こうも邪魔されたらね」


 「嘘吐くなよ。お前が人間のこと嫌いだってことくらい分かってんだよ」


 「嘘じゃないよ。確かに、お腹が空いたときは食べちゃうこともあるけど、大好きだよ。大好物なんだ」


 「大好物と好きは違うぞ」


 「同じだよ。ほら、さんまの内臓を好む人と好まない人といるよね?あんな感じかな?僕は内臓も大好きな方」


 「全然違う気もするけどな」


 「人生をやり直せるなら、これほど素晴らしいことはないだろう?どうしてそれを拒否するんだい?少なくとも、今より良い方向へ導くことが出来るのに」


 「んなことねぇよ」


 烏夜の言葉に反応したのは、夏目だった。


 自然と、その場にいた全員が夏目を見る。


 「なんだって?」


 「人生はやり直せねえ。だからその時その時、べストだと思う道を選ぶんだ」


 「それが出来ていないから今があるんだよ。それは君だってわかってるはずだろ?」


 「俺は今の状態がベストだと思ってる。あんたから見りゃそうじゃないかもしれないけど、俺は今が良い」


 「綺麗事だね。君だってきっと、やり直したいと思うときが必ず来るよ」


 「そん時はそん時考えるよ」








 「じゃあ、今考えさせてあげようか」


 そう言うと、烏夜はいきなり夏目に襲いかかってきた。


 しかし、烏兎が和傘を地面に突き刺してそのまま見えない線を引くように土ごと持ち上げれば、烏夜と夏目の間には土の壁が出来る。


 烏夜は見えなくなった夏目の位置を正確に把握しているのか、迷うことなく腕を夏目の心臓目掛けて突き刺した。


 でもその時にはすでに夏目と渼芳は烏兎によって場所を移動させられており、烏夜は、夏目の代わりにそこにいた烏兎によって腕を掴まれてしまった。


 「ちっ」


 「おっと、逃がさねえよ」


 ぼろぼろと土の壁がはがれていくが、烏兎は烏夜の腕をぐっと強く掴んだまま。


 烏夜は何とか逃れようと、烏兎に対して蹴りを入れたり、もう片方の手で烏兎の身体にまた腕を突き刺そうとするが、烏兎は烏夜の腕を捻りながら自分の身体も捻り、烏夜の身体を地面に叩きつける。


 「もういっちょ・・・!!」


 脇腹に対する仕返しなのか、烏兎は地面に叩きつけたばかりの烏夜の身体を再び空中に浮かせると、もう一度地面に叩きつけるべく掴んだ腕に力を込める。


 しかし、その時ふと腕の重さが急に軽くなった気がした。


 「!!」


 「乱暴だなぁ」


 烏夜は自分の腕をちぎり、烏兎から少し離れた場所に立っていた。


 ボタボタと血が出ているが、あっという間に腕は再生していき、烏夜は服についた汚れをぽんぽんと払う。


 「烏兎くん、僕に勝つにはまだちょっと力不足かな」


 「勝とうなんざ思っちゃいねえよ。お前が人間に近づけなきゃいいだけだ」


 「人間は烏兎くんが思ってるよりもずっとずーっと欲に忠実だよ?」


 烏夜はそう言いながら烏兎ではなく夏目たちの方に向かっていく。


 烏兎は腰にぶら下げていた袋から何かを取りだすと、それを烏夜に向かって投げつける。


 ボン、と煙を出したそれに、烏夜は思わず口元や鼻を袖で覆って夏目から遠ざかる。


 「・・・・・・」


 「・・・・・・」


 「・・・・・・」


 「・・・・・・」


 「・・・小癪な」


 「ただの桃エキスだ」


 「あ、本当だ。美味そうな匂い」


 どういう原理で煙が出たのかは知らないが、そこからは桃の美味しそうな香りがする。


 桃が苦手なのか、烏夜は桃の香りを頭から被った烏兎たちに近づくことが出来ず、苦々しい顔でこちらを見ていた。


 鼻をズズ、と啜ったかと思うと、今度はクツクツと喉を鳴らして笑う。


 「これだから人間は面白いんだよなぁ」


 けほっ、と小さく咳き込んだあと、なかなか消えないその香りに、烏夜は仕方なくその場を後にする。








 「・・・最初からそれ使ってれば良かったんじゃ?」


 「これ1つしかなかったんだよ。知ってるか。俺は桃に触ると発疹が出来るんだ。だからこんな桃エキスなんざそう簡単に作れるわけがねぇ。それでも今回頑張ったんだよ。だからもう二度とこの手は使えねぇと思え」


 「まじ。てか何。もしかして原始的に手でしぼって作ったわけ?むしろすごい」


 「こっちじゃ育たねえ桃だ。それに、機械じゃ絞れねえんだ」


 「なんで」


 「面倒臭ぇな」


 「てか怪我大丈夫なのか?血すげぇけど」


 「大丈夫だと思うのか。めちゃくちゃクラクラしてんだよ。今すぐにでも横になって寝たいんだよ、どうしてくれる」


 「え、俺が悪いの」


 「そもそもてめぇら人間があいつの口車に乗らなけりゃいいだけの話なんだよ。なのに、どいつもこいつも簡単に乗りやがって」


 「え、俺が悪いの。ごめん」


 「ウマい話には裏がある。当然だ。ボランティアで人生やり直しだのなんだのさせてもらえるわけねぇだろ。人間はなんでそんな馬鹿なんだ」


 「え、ごめん」


 「別にお前に言ってるわけじゃねえよ。なんでお前が人類代表みたいになってんだよ」


 「え、だって俺に向かって言ってるから。俺の顔を見て言ってるから。もしかしたら俺じゃないどこかを見て言ってるのかと思ってちらっと視線逸らしてみたけどやっぱり俺のこと見てるから」


 「そいつはお前がなんとかしろよ」


 「え」


 そう言われて、渼芳の方を見てみれば、大丈夫なのか大丈夫じゃないのか、とにかく何処か一点を見つめてる渼芳がいた。


 夏目は烏兎の方を見て何か言おうとしたのだが、すでにそこに烏兎はいなかった。


 夏目は渼芳に声をかけると、渼芳は自嘲気味に笑う。


 「ダメなお兄ちゃんだよな」


 「・・・ダメじゃねえよ、全然」


 「人生やり直すなんてな。今のままで十分なのに」


 「送って行くよ。家どこだ?」


 渼芳は1人で帰れると言ったのだが、ついさっきのこともあって心配だった夏目は家を聞き出して送って行くことにした。


 街頭が明るく道を示している中、渼芳はため息を吐く。


 「なんでケーキ屋で働いてんだ?やっぱケーキが好きなのか?」


 何気なく夏目が聞くと、渼芳は嬉しそうに顔をほころばせる。


 「ああ。俺も妹たちも弟たちも、みーんな好きなんだ、ケーキ。特に小さい頃食べたシフォンケーキが好きでさ。将来は、あいつらと一緒に店開きたくて」


 「すげー!店か!じゃあ、そのために修行してるのか?」


 「そんな感じ。店長にもそのことは話してて、開店前と閉店後にケーキの勉強させてもらってるんだ」


 「そうなんだ。良い店長だな」


 「うん。みんな良い人たちだよ。分からないこと教えてくれるし、アドバイスもくれる。店開くならこういう場所がいいとかね。けど、帰りがあんまり遅いとみんなに会えないから、なるべく早くは帰るようにしてる。家事もあるし」


 「わかる。家事が意外とやること多くてよ、大変だよな。俺は洗濯干しが時間取られて嫌なんだよ」


 「俺んとこは妹たちが手伝ってくれるから。たまに買い物までしてくれてるからすごく助かってる」


 「まじか。俺んとこは全員男だからよ、力仕事はするんだけどみーんな料理とか苦手で。ようやく俺のレパートリーが10に達したところだ」


 「料理は家事とか怪我が怖いからなかなかね」


 「でも、あっという間に成長してるよな」


 「本当。気付くと色々できてるんだよなぁ」


 「・・・・・・」


 「・・・・・・」


 2人してしばらく黙っていた。


 何かを考えているのか、それとも自分たちの家族のことを思い出して耽っているのか。


 とにかく、渼芳の家の前についてからようやく夏目が口を開く。


 「何かあったら連絡してくれよ」


 「ああ、ありがとう。それと、迷惑かけたな」


 「いんや、全然。また美味いケーキ買いに行くからよ。そん時は、練習したシフォンケーキもおまけしてくれよ」


 「はは。わかった。じゃあ、今より美味く作れるように練習しておくよ」


 渼芳が家に入ったのを確認すると、夏目は自分の家へと向かっていく。


 「お兄ちゃんお帰り!」


 「どうしたの?泣いてるの?」


 ドアを開けると、妹と弟たちがいつも通り迎え入れてくれる。


 それを見て、渼芳の視界が歪む。


 「ううん、なんでもないよ。ごめんな、遅くなって」


 「お兄ちゃん忙しいもん!」


 「お兄ちゃんのためにハンバーグ作ったんだ!食べてよ」


 「え」


 どうやら次男を筆頭に、渼芳のために夕飯を作って待ってくれていたらしい。


 テーブルに用意されたご飯とみそ汁、そして少しぎこちない形で焦げたところもあるハンバーグ。


 お箸でハンバーグを切って口へ運ぶと、みんな渼芳の方を見てその口から出てくる言葉を待っている。


 数回噛んだあと、渼芳は思わず笑った。


 「美味しい。すっごく美味しい」


 「「「「やったー!!!」」」」


 塩コショウも多くてしょっぱいし、焦げが多くて苦味もあるし、野菜も大きくてすごく噛みごたえがあるけど。


 「うん。美味しい」









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