第九話 不撓不屈≪indomptable≫

 拘束する敵兵を振り払って、アレイシスに剣を向けたカレン。

 剣に先程呼んだいかずち、しなやかな体躯には舞い踊るマナをまとっている。



(——強大な敵に臆せず、立ち向かう姿勢を見せる彼女は……美しかった。

 でも、それ以上に……)



「いい気概だなァ、王女様よぉ!」



 笑いながら何十人も虐殺した男の黄金眼レジュー・ドールが細められる。


 活きの良い獲物を見つけたと言わんばかりに、アレイシスは嬉しそうだ。


 あれだけ殺しておきながら、まだ殺したりないというのか。

 血に飢えた獰猛な獣よりも、たちが悪い。



(漆黒の鎧に鮮血を浴び、にやりと笑うアレイシスの姿が……俺の目には、恐ろしい異形の化物のように映った)



 カレンのようには動けず、芽生えた恐怖心にルーカスは足が竦んだ。



「おまえら! この戦い、手を出すなよ? 一瞬で終わっちゃあ、つまらんからな!」



 アレイシスは舌なめずりをした後。カレンを囲おうとした兵を制し、刃に滴る血を振り払って構えた。



「来い! 先手は譲ってやる」


「——後悔しないことね!」



 カレンが地を蹴る。その動作を見て。



「……カレン、カレンッ!!」



 ルーカスはもがき、手を伸ばした。


 彼女の瞳は強い煌めきを宿しているが、抱いた恐怖心を払拭出来ず、「戦うな」「逃げろ」——と、そう伝えたくて。


 しかし、ルーカスの声は、始まった戦いの騒音に掻き消されてしまう。


 カレンは目にも留まらぬ速さでアレイシスへ肉薄すると、パチパチと放電音を鳴らし、明滅する稲妻を纏った剣を突き出した。


 頭部を狙った一撃。

 が、刃はアレイシスの剣に防がれた。


 代わりに、天頂より雷鳴が轟き、アレイシス目掛けて稲妻が落ちる。

 

 

「ぐあッ!?」



 思わぬ方向からの攻撃。

 アレイシスは避ける間もなく、直撃を受けた。


 すかさずカレンが後方へ跳ぶ。

 黄金色こがねいろの髪をなびかせて、今度は弓を構えた。


 つがえた矢も、紫電を帯びている。

 カレンは狙いを定めて限界までつるを引き。

 射て、弦音つるねを響かせた。


 空を矢が翔ける。一直線に、アレイシスへと向かって。


 着弾直前、紫電は激しさを増し、木の幹のように太い束となってアレイシスを撃ち抜いた。


 激しい轟音と閃光。

 生じた眩しさに、ルーカスは目を瞑る。



(カレンが雷の魔術を得意としていたのは確かだが……あんな風に雷を操り戦うカレンは、初めてだった。

 あの時のカレンはまるで、まるで……超常の力——神秘アルカナを授けられた、使徒のように見えた)



 そんなカレンの攻勢を受けたアレイシスは——。



「くははッ!! イイねぇ、頑張るねぇ!!」



 光が収まり瞼を開くと、二度の雷撃に耐え、平然と立つ男の姿が見えた。


 カレンは攻撃の手を緩めず、男を視認するや否や、次の矢を放つ。

 先程と同じ、雷閃の矢。


 アレイシスはそれを視界に入れて。



「——同じ手は、効かん!!」



 カッと目を見開く。

 そうすると、矢は——跡形もなく消失した。


 不可思議な光景だった。一体、どんな原理が働いているのか。

 カレンも眉を顰めている。

 


「王女様よ、これで終いか?」


「いいえ! 余裕ぶっていられるのも、今の内だわ!」



 ——カレンは諦めず戦った。


 距離によって弓と剣、二つの武器を切り替えながら、魔術による雷鳴を纏い走らせて美しく。



「ワンパターンだなぁ、同じ手は効かないと言っただろうが!!」



 だが、有効打となりそうな雷を纏った一撃はことごとく。

 アレイシスが睨みを利かせると、跡形もなく霧散した。



(……ヤツのあの力は、何だったのか。あれも、神秘アルカナに匹敵する何かであったように思えるが……。……今更、考えても無意味……か)



 カレンは敵わないと知っていても、己が信念の下、おくせず果敢に挑んだ。


 場には絶えず雷鳴と剣戟、弓のしなる音が響き渡った。


 そして——。


 二人が剣を交差させた時。

 アレイシスが、カレンの剣を力任せに弾き飛ばした。



「——いっ!」


「おっと、逃がさねぇ!」



 跳んで退避しようとするカレンの手を、アレイシスは掴む。と、そのまま強引に地面へ叩きつけた。


 「うっ!」と、くぐもった悲鳴が聞こえる。

 カレンの体が、弾力性に富んだ物のように跳ね上がった。


 衝撃でどこか痛めたのだろう、つやめく唇から零れた血潮が舞っている。



「王女様もあの女と同じ、威勢がイイのは、最初だけだったなぁ!?」


「くそ、カレン! カレン!!」



 ルーカスは手を伸ばして、必死に彼女の名を呼ぶ事しか出来なかった。


 アレイシスはカレンを人形のように軽々と振り回し、叩き付け、彼女が動けなくなるまで続け——カレンは、敗れた。



「……っぁ、うぐ!」



 血に塗れた男が朦朧もうろうとしているカレンのあごを鷲掴みにして、高々と持ち上げている。



「その……汚い手で! 彼女に、触るなあぁあ!!」


「くはははっ! 女一人守れず、みじめだなぁ。黒子ほくろ持ちの紅眼ルージュ



 ルーカスを見下ろして、男がわらった。

 愉悦に顔を歪ませている。


 体は、動かない。

 動かそうにも敵兵によって地へ縫い止められてしまっていた。


 アレイシスが、一人の帝国兵に目配せる。

 すると、兵はアレイシスの傍に立ち『慈愛の光よ……』と、治癒術で良く聞く文言を唱えた。


 淡い新緑の光が放たれる。

 光はカレンを包んで、負傷を癒し——彼女の意識がハッキリしたところで、光の放出が止まる。



(ヤツがカレンに治癒術を施した理由は……兵達が彼女に向ける、熱をはらんだ欲望の眼差しで察した)



「さて、気高き王女様。オレを飽きさせてくれるなよ? 飽きたら……殺しちまうからなァ! くはははは!!」


「やめ、ろ……っ、やめろ! やめてくれ!! カレン——ッ!!」



 この場で彼女を救えるのは、自分以外にいないというのに。

 ルーカスは一切の行動を許されず。



(俺は……見せつけるように行われるおぞましい行為を、ただ叫んで見ている事しか出来なかった)



 カレンは何をされようと、気高く気丈に振舞い。

 決して屈する事無く、紅眼ルージュに強い光を宿していた。


 最期の瞬間——びずさえずらぬ鳥に興味を無くしたアレイシスが、彼女の心臓に剣を突き立てる時まで。






 その時になってようやく、ルーカスは力を手にするが——。



(彼女の命の灯火ともしびは……消えて、しまった……)

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