第二十五話 悪魔は幸災楽禍に嬉笑する

 刀を握り締めて立ち上がったルーカスは、同じく宝剣を手に立ち上がったイリアと共に、穏やかな笑顔を浮かべて眠るシンヘ短い黙祷もくとうを捧げた。



「ごめんなさい、シン。それと、ありがとう。

 貴方が繋げてくれたこの命、けして無駄にはしないわ」



 イリアが銀の剣をかかげて、歌う。



つむぐは雷鳴の讃歌さんか——』



 そしてルーカスは、今一度解放された破壊の力、たけり揺らめくあかき波動を刀身へとまとわせ駆け出した。


 最優先はゲートの排除だ。



「グルアアァ!!」



 と、黒い瘴気しょうきのオーラをまとい、血走った眼球に赤いまなこ、獲物をむさぼるため鋭利に発達した牙と爪を持った魔獣の群れが進路上に立ち塞がった。



とどろけ、おののけ けよ、神なる稲妻いなずま



 稲光いなびかりが走り、壁となった魔獣へ紫電が落ちた。

 続いて、蒼白い光の衝撃波、ラメドの神聖剣による斬撃が魔獣を薙ぎ払う。


 道が開け、ルーカスは走った。


 少し進んだところで、絶えずゲートから出現する魔獣が壁を作ったが——。


 流れるように二対の槍を交互に振って斬り込むフェイヴァと、競うように円を描く大鎌で魔獣を刈り取るヌンが滑り込んで来て一掃される。


 こちらを一瞥いいべつしたフェイヴァの、赤い瞳孔どうこうが開いた翡翠ジェダイトの瞳が「行け」と語っていた。


 

疾風しっぷうよ、来たり宿やどれ! 風纏加速レジェ・レゼール!』

ふるえ、潜在せしごうを! 力の加護ジェアンテ!』



 強化術の文言が響き、ルーカスを新緑と朱色しゅいろ、二色のマナが包み込んだ。


 声がした方へ視線を送ると、ハーシェルがニカッと笑って親指を突き立て、ロベルトがうなずいた。

 彼らからの援護だ。


 特務部隊のみなも自由を取り戻したらしい。

 ディーンは得意の纏舞アヴェントでアーネストは魔術で応戦し、リシアが補助に入っている。


 強化術を受けてさらに身軽となった身体でルーカスは駆けた。






 ゲートはもう目と鼻の先だ。


 ルーカスが刀を振り上げると、蜃気楼しんきろうのようにゲートの輪郭が揺らぎ、飽きず多数の魔獣が出現した。


 破壊の力を以てすれば、排除するのに大きな手間はかからない。


 が、そこへ白と黒の二頭の獅子ししがルーカスを追い越して魔獣へみつき、さらに狙いすました様に炎の隕鉄が降って、魔獣を撃ち滅ぼして行った。



「破壊の騎士! 援護してやるから、さっさと壊せ!」



 ベートの怒号が聞こえる。

 

 ルーカスは口角を上げて、心の中で皆の援護に感謝した。

 魔獣はイリアだけでなく仲間と使徒達がどうにかしてくれる。



(ならば俺のやるべき事は一つ、ゲートの破壊!)



 ルーカスは目標を捉えて、あかいオーラの逆巻く刀を振り下ろした。



「——壊れろッ!!」



 軌跡にしょうじた風の流れが、澄ました金属音を鳴らす。

 刃が触れるとゲートは、いつも通りはじけて消え去った。


 ルーカスは仲間達の援護の下、迅速にゲートを破壊して行き——。


 瞬く間に、ゲートと言う脅威を取り払った。

 既に出現している魔獣の群れも、程なく殲滅せんめつされるだろう。






 残る敵は双子達が戦う少女。

 【悪魔】の神秘アルカナを宿した使徒・アインだ。


 少女の姿を探してルーカスが上方の祭壇を見上げると、



「——はぁ、シンも余計な事をしてくれたわね。あんな能力ちからがあるなんて、聞いていないわ。

 ステラと言い、どうしてこうも私の邪魔をするのかしら。

 悪い子にはきゅうえないとね?」



 鈴のような、けれども冷たくとげのある声が聞こえた。


 直後に「ツァディー!」と、焦った様子のイリアの声がして、振り返ると胸を黒い短剣で貫かれたツァディーと、ツァディーを受け止めるイリアの姿があった。


 それをしたのが誰であるのかは、考えるまでもない。

 祭壇の方向にアインの姿を見つけられず、ルーカスは周囲を見回す。


 しかして、魔獣の死骸しがいあふれる部屋の中央に、黒い霧を舞わせたアインが降り立った。



「アイン!」



 武器を持った皆の矛先が、一人の少女へと向く。



閃光ひかりよ、り入りて響き合え!

 葬送の神雷翼槍ディ・フィネライユ・エクレランツェ!』



 アインを見るや否や、ツァディーを支えた状態でイリアが唱歌をうたった。


 まばゆい光の槍が放射状に三本アインへ突き刺さり、それを避雷針として轟雷ごうらいが落ちる。


 むくろを炭化させちりとする慈悲のない一撃だ。



「無駄よ。学習能力がないわね、レーシュは」



 くすくす、とあざけり笑う声が降って来る。

 周囲を見渡せば——アインの姿がそこかしこにあった。


 魔術で作られた幻影だろう。



「随分と強気だな。この人数を相手に、やりあうつもりか?」



 ルーカスは幻影の一人をにらみつけた。


 例え無限に近い幻影のこまを操れるのだとしても、またゲートを生成しようとも、戦力の優位はこちらにあるように思える。



「そうねぇ……口惜くちおしいけれど、潮時しおどきね。

 宝珠セフィラを破壊出来ただけ、良しとしましょう。

 絶望にわめき鳴く人々の甘美なる旋律せんりつ拝聴はいちょうしながら、ゆるやかにほろびゆく世界をながめるのも、悪くないわ。

 ふふ……ふふふ、うふふ!」



 アインの嬉笑きしょうが重なって反響し、不協和音ふきょうわおんとなってルーカスの鼓膜を騒がせた。


 不快な音に眉根を寄せながら、このままみすみす逃してなるものか、と思った直後。



 「——逃がさないわよッ!!」



 代弁者が降り立った。


 アインと戦っていたシャノンだ。

 遥か上空から滑空かっくうしたシャノンの、炎を乗せた剣閃が幻影の一体を切り裂く。

 

 すると、それは意外にも本物を捉えていたらしく、剣がかすめた少女の白い腕にケシのように赤い花が咲いた。


 アインの鮮やかな桃色ロードクロサイトの瞳が、驚きに見開かれる。



「残念だったわね! 精神干渉は、私達には通用しない。幻影なんかにまどわされないわよ!」



 「ふふん」と誇らしげに語るシャノンが、銀色に輝く剣の切っ先をアインへ向けた。

 目標がわかれば、一気にたたみ掛けられる。


 みな一斉に攻撃の構えを取り、仕掛けた。






 ——しかしながら、逃げ足の速さはさすがというべきか。


 以降の攻撃がアインを補足する事はなかった。



「ふふっ! 皆様、ご機嫌よう。

 もしもこの難局を越える事が出来たなら、次の舞台ステージでお会いしましょう」



 いつまでも耳に残る不快なわらい声を残して、悪魔は闇へまぎれてしまった。

 こうなれば、追う事は難しい。


 「チッ」と舌を打つ音がする。

 誰のものかと皆をうかがえば、腕を組んだベートが忌々いまいまし気にアインの去った虚空こくうにらんでいた。



ゲートの召喚、闇に紛れる能力……時空ディメオン属性の魔術か?

 味方だと何とも思わなかったが、敵に回ると厄介な相手だな」

「考察は後だ。ツァディーに頼まれた仕事がまだ残っている事を忘れるな」

「…………行こう」



 ラメド、ヌンが、哀の表情でツァディーへ視線を送り——。

 ベートもまた、悲し気に「わかっているさ」とつぶやいた後、三人は入口へと駆けて行った。


 彼らの後ろ姿を見つめて、自分はどう動くべきか、とルーカスはおもんばかる。


 この場の一先ひとまずの脅威は去ったが、警告音アラートは鳴り響いたままで、時折大地の震えも感じた。



(シャノンは外にゲートが出現したと言っていたな。

 王国軍が来ているとも。そちらの援護へ行くべきか?

 ……だが、ツァディーの治療に取り掛かっているイリアを残して行く事は出来ない。

 それに術式の事もある。ノエルも放ってはおけないだろう)



 階下のイリアと、祭壇のノエルを交互に見ながら思考の海へ潜っていると「団長」とロベルトに呼びかけられた。



「私達が外の対処へ回ります。団長はこちらにいて下さい」

「そうそう、星の子にも、頼まれたっスからね!」

女神の使徒アポストロス達も力を貸してくれるようですし、元帥げんすいが来ているなら当分は持ちこたえられるでしょう」

「敵さんはどうにも、銀髪の歌姫と教皇さんを狙ってるみたいだからなぁ。守ってやれよ、ルーカス!」



 ロベルト、ハーシェル、アーネスト、ディーンが口々に告げて、了承を伝える前に駆けて行く。



「——くれぐれも気をつけてな!」



 ルーカスはひらひらと手を振る親友と、仲間達の背へ声を掛けて見送り、自分自身は懸命けんめいにツァディーの治療へ当たるイリアの元へ走った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る