第二十四話 復活≪レナサンス≫ 命の対価は命

 使徒となった双子の姉妹を見送って、ルーカスは腕の中で眠るイリアへ視線を落とした。


 冷たい頬を撫で、それからまだ温かさを保っている右手を握る。


 胸の内にいだいた「彼女に何が起きたのか」という疑問には、心中を見透かしたかのようにツァディーが答えた。



「ディアナちゃん——アインの、呪詛じゅそ、だよ。

 レーシュは一度、アインの短剣によって、記憶を封じる呪詛を、受けている。

 大本おおもとは【太陽】の神秘アルカナが浄化して、一見すると解呪されたように見えるけど、根を張った力の残滓ざんしがレーシュの中に、あって……。

 それを利用して、対象者を、絶対なる死に至らしめる。

 レーシュをむしばんでいるのは、そういう呪い」



 死の呪い——。

 イリアを抱き締めるルーカスの腕に、力がこもる。


 何故、彼女ばかりが過酷かこくな運命を背負わされるのか。

 女神の末裔まつえいだから、という理由も当然関係しているのだろうが、いつもあまりにも——理不尽だ。


 だが、そういった理不尽も全部ひっくるめて、イリアをおびやかすものから守ると誓ったのは自分だ。


 ルーカスは「なげく暇があるなら行動しろ!」と己を叱咤しったした。


 落とした視線を上げて、ツァディーに問う。



「イリアを救うには、どうすれば良い。

 俺に出来る事はあるか?」



 ツァディーが髪色と同じ星色の眉尻を下げて、けれども揺るぎない輝きを放つ瞳で見つめて来た。



「この先、何があったとしても……心を、強く持って。

 どんなに辛くても、諦めず。

 仲間を信じて、戦い続けるとちかって。

 それが、レーシュを救う、唯一の道」



 語られたのは、問題解決のための具体的な手法というよりは、精神論だ。


 少し前にも誰かに『心せよ』とささやかれた。

 未来をつむぐのは、容易ではないという啓示けいじだろう。


 元よりいばらの道である事はルーカスも覚悟していたが——。



「誓いが必要だと言うなら、今一度誓おう」



 ルーカスは握ったイリアの手を引き寄せて口付けを落とした後、まぶたを閉じる。



「この名にけて、命のある限り戦い続けると。

 イリアを救う道があるなら、どんな試練が待ち受けていようと、けして諦めたりはしない」



 まぶたを開いてツァディーを見やれば、年相応の少女らしい、スイートピーの花の様に愛らしい笑顔を浮かべた。



「……その誓い、忘れないで、ね」



 そこから少しの間を置いて、うれい顔へ表情を一転させたツァディーが後方へ振り返る。


 少女の視線の先には、海色の髪を揺らして歩むシンの姿があった。

 【審判しんぱん】の神秘アルカナを宿し、規格外の治癒能力を有する使徒・シン。


 彼は真っ直ぐこちらへとやって来て、イリアの前で片膝を付くと、数秒、頭から足のつま先に至るまでイリアをながめた。

 治療を施すための視診だと思われる。


 最高峰の治癒術師ヒーラーであるシンならば——と、期待が生まれる。


 

「解呪、出来るか?」



 問えばルーカスへ視線が向いた。



「……いいえ。ですが、救済の手立てはあります。私を信じて頂けますか?」



 「出来る」と言い切らないところにルーカスは若干の引っ掛かりを覚えたが、先のツァディーの「仲間を信じて」という言葉もある。


 ここに至って彼を疑う理由はなく、手立てがあると言うのなら任せるしかない。


 肯定こうていの意味で、ルーカスは首を縦に振った。



「ありがとうございます。

 信頼こそ、これより履行りこうする秘奥ひおうがための鍵。

 ご安心下さい、レーシュ様の呪詛じゅそは私が引き受けます」



 シンが左目を覆う前髪を耳へ掛けて聖痕せいこんきざまれた橄欖石ペリドットの瞳を露出させ、イリアの腹部へ手を置いた。


 と、イリアとシンを綿雪わたゆきのような銀色のマナが包んだ。


 マナは白光し、二人の輪郭りんかくが共鳴して輝く。



「——命には、命の対価を。

 【審判】の秘奥〝復活レナサンス〟を履行りこうします。

 太陽がのぼれば、世界も再び輝く。

 どうか……絶望に負けることなく、良き未来をつむいでくださいね。

 レーシュ様の騎士——いえ、ルーカス殿」



 光が光度を増して行く中で、シンが穏やかな笑顔を浮かべた。

 

 彼が何をしようとしているのか。

 言葉から意図をみ取って、ルーカスは歯をい締めた。


 救って欲しいとは願ったが、犠牲を望んだ訳ではない。



『誰かを犠牲にして救われても嬉しくないよ』



 と話した、イリアの想いにも反するおこないだ。


 しかしながら、他に方法があるだろうか。


 彼以上の腕を持った治癒術師ヒーラーはこの場におらず、世界中を探しても恐らくはいない。


 一刻を争う今、美徳を重んじる余裕は——ない。



「……すまない、シン殿。

 貴方の献身けんしんに感謝と敬意を。

 そして、約束しよう。貴方の想いを無駄にはしないと」

「ええ、十分です。

 聖下の事も、よろしく頼みます。

 お二人が手を取り合った先にこそ、未来はあるのですから」

「シン、お兄ちゃん……ごめん、ね……」



 弱々しいかすれた声を発したのは、いつの間にかシンの横へと並ぶツァディーだ。

 両手握り合わせて、涙をこらえている。



「気にまないで、ツァディー。私は私に出来る事をするだけだから。

 それに、ツァディーも似たようなものだろう?」



 ツァディーがうつむき、ぎゅっと唇を噛んだ。

 シンが空いている片方の手で、ふんわりとウェーブする星色に輝く髪色の頭を撫でる。


 すると、その優しい手つきにこらえきれなくなったのだろうツァディーが、大粒の涙を流してシンに抱き着き——。


 密度を増したマナが、ルーカスの視界を奪った。






 マナの光が、破裂音はれつおんと共に閃光せんこうを放つ。

 太陽が天頂で輝くがごとく、燦々さんさんと光が一帯を照らした。


 光を受けて、腕にいたイリアがぬくもりを取り戻し、「トクン」と鼓動を刻み始めた。


 同時になまりのように重かったルーカスの体も軽くなり、あふれ出る力に満たされて行く。


 ——やがて、発せられた光は集束し、吸い込まれるようにイリアの中へと消えた。



「イリア」



 呼びかけて、赤みの差すイリアの頬をルーカスが撫でると、まぶたが微細な動きを見せる。


 ゆるやかにまぶたが開かれ、隠されていたあわ勿忘草わすれなぐさ色の虹彩こうさいが顔をのぞかせて——。



「…………ルー、カス……」



 焦点をルーカスへ合わせた瞳から、涙がこぼれ落ちた。

 イリアの涙に釣られて、ルーカスの目頭にも熱が込み上げる。


 彼女が目覚めた事への安堵と、彼女の代わりに眠るシンをいたんで生まれた熱。


 ルーカスはおさえる事が出来ず、イリアを抱き締めてその温度と鼓動を確かめながら、涙で頬をらした。






 イリアの手が背へ回り、しばし無言で抱き締め合う。


 だが——長く感傷に浸ってはいられない。






 ルーカスは密着させた体を静かに離すと、周囲へ目を向けた。


 依然としてゲートから魔獣が出現しており、戦いは続いている。


 上の祭壇でも、双子の姉妹がアインと演舞している様子が伺え、二人に守られながらノエルが操作盤パネルを叩く姿があった。


 早急にゲートを排除し、それからこの混乱を引き起こしたアインを抑え込まなくてはならない。






 事態を終息させるため、ルーカスとイリアは、各々の武器を手に立ち上がる。

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