第二十一話 背信者の戯曲
全てが順調に進んでいた。
魔法陣の敷かれた
この
ここに至るまで多くの困難はあったが、
(ツァディーの裏切りは予想外だったけどね)
けれども多少、予定外の事があったとしても結果は同じ。
どれだけ足掻こうとも、戦う前から勝敗は決していたのだ。
(……ごめんね、姉さん)
イリアは今、ディアナの術によって眠らされている。
愛する姉を泣かせてしまったが、これも守る
「やめて」といくら
後ろ指をさされ、憎まれる事になろうと。
大罪人と
果てに世界が滅びる事になったとしても——。
決意は揺らがない。
(姉さんが生きる時間を作れるなら、それでいい)
ノエルは無心に
作業は滞りなく進む。
最終段階に入って、「ビー! ビー!」と、
『警告。システムの改変を検知。
無機質な音声が、警告の構文を連ねた。
音声は
そうして、その終わりに。
『——実行しますか?』
可否を問うて来た。
列挙された問題は、承知の上だ。
「ここに来て迷いはない。イエスだ」
ノエルは「タンッ!」と
『確認。改変を実行します』
足元にある魔法陣が、太陽の
頭上の展開図も同様に光り出し、
それから大地が震え、地の底から重低音が鳴り始める。
頭上に映し出された術式の展開図は、世界中の様子を捉えた映像へと切り替わった。
赤黒く変色した空へ魔法陣が広がって行く。
あれはマナを収集するためのもの。
(ああ……成し
映像を見て、そして
【皇帝】の
「
知らしめるため声量を盛って告げた。
事の
「僕の勝ちだ、破壊の騎士」
勝利の美酒に酔いしれたいところだが、まずは使徒達を
敗北したとは言え、彼らこそ勝利の立役者だ。
自分一人で掴み取った、と豪語するまでに
ノエルは左手を差し出し、戦いが始まる前に展開した〝
「ふふ、おめでとうございます。ノエル様」
甘ったるい鈴の音を鳴らして〝彼女〟が階段を上がって来る。
視線を向ければ、三日月形の金の髪飾りの
左右の高い位置に三つ編みで止めてつくられたおだんごと、フリルがふんだんにあしらわれたゴシック調の黒いドレスが愛らしい容姿を引き立てている。
彼女、【
「君もご苦労様。僕の手足となり、
「いえいえ。それが私に与えられた役割ですから」
立ち止まったディアナが
彼女は本当によく尽くしてくれた。
前に一度、日々の尽力に報いようと「欲しいものはないか」と尋ねた時は、はぐらかされてしまったが——。
今度こそ、何かしらの形で感謝を返そうと、ノエルは考えた。
ディアナから視線を外して、再び眼下へ目を向けた。
その直後。
「ノエル様、逃げてっ!!」
ツァディーの叫び声が聞こえた。
普段の彼女からは想像もつかないくらい大きな、必死に絞り出したであろう声。
だが、「裏切者が何を言っているんだ」とノエルは瞳を細めてツァディーの居る場所を見やる。
すると、何故かツァディーは拘束から解き放たれており、隣にシンが立っていた。
——シンは、意識を失っていたはずだ。
どういうことか、と首を
後方にいるのはただ一人。
「きゃッ!」
小さな悲鳴が聞こえて振り返る。
条件反射だった。
光はディアナを狙ったもの。
ドレスによく合う、厚底の黒いブーツを履いた足元に閃光の落ちた跡があった。
幸い、被弾した様子はなさそうだが——ノエルは彼女が手に構えた物、殺傷のための武器を両手で頭上に振りかざす姿を目に留めて、困惑する。
武器は黒塗りの短剣。
魔術を武器とするディアナが、物理的に得物を振るう事は早々ない。
付け加えて、帝国の
「ディアナ……?」
考えあぐねて、ノエルは問うように名を呼んだ。
ゆっくり短剣が下ろされて、ディアナの表情から笑みが消え去り、溜め込まれた息が吐き出される。
「……あーあ。もう少しだったのになぁ」
あどけなさと色香が共存する
言葉の意味が、理解出来ない。
「もう少し」とは?
背後で短剣を振りかざして、ディアナは何をしようとしていたのか。
湧き上がる疑念に、ノエルの思考は混迷する。
そこへ「パチン」と、小気味よく指を弾く聞き慣れた音が響いた。
彼女は
続いて瞳を伏せ、ドレスの
「皆様、演目続きでお疲れの事と
既に事は済んでいる。
このような演出を指示した覚えはない。
「ディアナ! 何を言っているんだ!?」
ディアナの頭と
「
心血注ぎました
きっとご満足頂けると思います。
どうぞ、心ゆくまでご
まるで別人のような口調、振る舞いだ。
(あんな彼女は知らない。
あれは、僕の知る
けれども、語句の最後に
ノエルの思考は混迷を極めた。
理解の追いつかない内に、事態は流れるように進行する。
『ノーチェ・ドゥエズ・アディシェスの名において。
彼女の白い手が空を
『
間を置かず大地が悲鳴を上げて大きく揺れ動き——。
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