第二十話 新たなる使徒の誕生 二兎と【剛毅】③

 シャノンがまぶたを開けると、自分の体をてんのぼまばゆい光の御柱みはしらが包んでいた。


 腹部へ一撃をもらったはずだが、痛みはなく傍目はためにも負傷している様子は見られない。


 これも祝福の恩恵おんけいだろうか、と左手のひらにしかときざまれた聖痕せいこんを見つめて、シャノンは思った。



(あの人が……女神様なのね)



 顔はうかがえなかったが、声と姿形シルエットはイリアに良く似ていた。


 だが、今はそれを振り返っている場合ではない。

 シャノンは拳を握り締めて立ち上がった。


 体といううつわは力で満たされ、気力にあふれている。

 女神より授かった【恋人】の神秘アルカナの能力のお陰だ。


 発現した能力ちからは——〝ジュテーム〟。

 誰かを愛し、愛される気持ちをシャノンの力へ変換する、というもの。


 親愛、友愛、恋愛。

 愛情の種類は様々だけれど——。


 父、母、兄、妹。

 従兄妹、親戚、友達、知人。


 自慢ではないが、沢山の人に愛されている自覚がシャノンにはあった。



「面白い事になってきたなァ!?」



 陽気に声を弾ませたテットが拳を前面に打ち出し、シャノンへ向かって跳んで来るの見えた。


 シャノンは勢いよく体を後方へ反らせて飛ぶ。

 直後に響いた破砕音を聞きながら地面に手を付けて、えがくように回転。


 何度か同じ動作を繰り返して——シェリルの近くへ着地した。



「逃げの一辺倒かァ?

 さっきの光、お前ら雌兎ラピーヌも女神サマの恩寵おんちょうを頂いたんだろ?

 見せてみろよ、その力をよォ!!」



 みなぎる闘志を全身にまとった男が、ゆらり、と体を起こす。


 ぎらつく榛色シンハライトの瞳、犬歯の覗く大きく開かれた口。

 戦いを楽しみ、渇望かつぼうする様は飢えた獣そのものだ。


 傲慢ごうまんに振るまうだけの力が男にある事は認めよう。


 けれども——。



(やっぱり、駄犬だけんね)

しつけがなっていない、という点については同意します)



 シャノンとシェリルは、繋がる意識の中で笑いあった。



(この力があれば、負けないわ。

 そうでしょう? シェリル)

(ええ、お姉様)



 シャノンと同様に、シェリルも女神の祝福を受けている。

 二人の力を合わせれば、テットなど敵ではない。



「そう吠えなくても、見せてあげるわよ!」



 シャノンは左手を、シェリルは右手を。

 聖痕せいこんの刻まれた互いの手のひらを重ね合わせた。


 すると、星のようにまたたくマナの粒子が二人の周囲を舞った。


 シェリルが授かった神秘アルカナは【節制】。

 調和ちょうわ均衡きんこうつかさど神秘アルカナだ。


 その能力は——〝無限大アンフィニティ〟。

 他者の能力を引き上げ、増幅させる能力ちからを発現させていた。


 そしてシャノンは、【恋人】の神秘アルカナによってもう一つ。

 愛の絆を結んだ任意の相手へ力を貸し与える〝親和アフィニティ〟の能力を得ていた。



わたくしが〝無限大アンフィニティ〟でお姉様の力を増幅し)

(その力をわたしが〝親和アフィニティ〟でシェリルに貸し与える)



 舞い踊るマナが、激しく白光した。


 すると、どうだろう。

 重ね合わせたそれぞれの手の甲から、マナで形作られた天の御使みつかいのごとき翼が生えた。


 ほんのり桃色に色付く白き翼は、シャノンと〝親和アフィニティ〟の対象者を繋ぐ魔術回路が具象化ぐしょうかしたもの。


 更に〝無限大アンフィニティ〟は調律アコルディの魔術にも影響を与え、二人の精神の繋がりをより深く、強固に結んでいった。


 個と言う境界線が溶け合って——まるで一人の人間であるような錯覚におちいる。


 まさに一心同体だ。






 かくして、反撃の準備は此処ここに整った。


 シャノンはシェリルから剣を受け取って構え、シェリルは氷の魔術で身の丈の半分はある大盾を生成して構える。


 テットを視界に捉えれば、差し出した手の人差し指を動かして、かかってこいと誘ってきた。



おごっていられるのも、今だけよ!」

おごっていられるのも、今だけです!」



 同調シンクロする声と同じく、二人は同時に駆け出した。



「正面から来るか!

 イイぜェ、打ち合いと行こう!!」



 テットの駆ける姿が見えて、程なく射程の交わる距離。

 黄金色こがねいろに燃える拳が打ち出された。


 シェリルが前へ。

 〝守護結界ラプロテージュ〟の魔術を施した氷の盾で受ける。


 と、鈍い音が響いた。


 けれども、二つの力で昇華された守りは簡単にやぶられるものではない。


 盾に拳が当たった一瞬、テットの動きが止まる。

 次の拳が打ちこまれるまでのわずかな時間だが、そこを狙ってシャノンは剣戟けんげきを繰り出した。



「やああぁッ!」



 斬って、突いて、ぎ払い、また斬る。

 己の強みを活かした、神速の剣舞をお見舞いする。

 

 〝ジュテーム〟と〝無限大アンフィニティ〟で強化されたシャノンの剣は、するく速い。


 闘気の守りなど、紙同然。

 一撃、一撃が、厚い筋肉の外皮をまとったテットの皮膚へ傷を負わせていった。



「お、おお!?」



 思わぬ有効打を受けて、テットが下がった。

 

 窮寇きゅうこうは追う事なかれ。

 シャノンとシェリルは追いすがらずにとどまり、次の行動へと備える。


 互いの役割は単純明快たんじゅんめいかい

 シャノンは攻撃、シェリルは防御。

 一つの事柄にてっするだけ。


 戦法も単純だが、純粋に強化された力に小細工は必要ない。


 二人は悠然ゆうぜんと構え、心の余裕を表して笑った。



「覚悟する事ね、駄犬」

「私達がきっちり、しつけ直してあげます」



 獲物だと思っていた自分達に、すねかじられたテットの気分は如何いか程だろう。


 激昂げきこうして冷静さを欠いてくれれば、願ったり叶ったりではあるが——。



「くっくははは!!

 圧倒的なパワー! 胸がおどるなァ!

 あなどった事をびよう、強敵ともよ!!

 存分に死合しあおうじゃねーか!!」



 逆境にあっても、大笑いで喜んでいる。

 楽しそうにギラギラと瞳を輝かせて。


 根っからの戦闘狂だ。



「ならお望み通り、」

「抗う余地のない力でって、」


「教えてあげるわ!」

「教えてあげましょう!」



 同調シンクロした文言もんごんのち、場に三人の殺気が垂れこめ緊張が走る。


 死合しあいの継続、再びの衝突を予見した。






 ——刹那の事。


 大地が、鳴動した。

 かつての大災害の時のように。


 地が「ゴーッ」と低い悲鳴をあげて、荒波のごとくうねる。



「うおぉ!? ノエルサマの計画の影響か!?」

「ちょ、このタイミングで!?」



 立っている事が難しい。

 この状態ではさすがに戦えず、三人は身を低くかがめて静止した。


 視界の片隅に見える大神殿の壁面がパラパラと崩れ落ちている。

 ともすれば、全てを飲み込んでしまいそうな揺れだ。


 ……嫌な、予感がした。

 宝珠の祭壇セフィラ・アルタールへと降りたみんな——。


 「お兄様とお義姉ねえ様は無事だろうか」と、不安が胸に落ちる。


 シャノンはこの時願った。


 せめて〝親和アフィニティ〟の加護が、二人へ届きますように、と。






 しばらくの時を経て、震動は収まりを見せる。



「——ったく、せっかくの空気が台無しだな。

 が、仕切り直しだ。

 おら、構えろ。やんぞッ!!」



 がしがしと頭を掻いてテットが起き上がり、構えた。

 体勢を整えながら二人は思う。



(情緒も何もあったものではありませんね)

(ここまで来ると、逆に感心するしかないわ)



 戦いに情熱を注ぐ姿勢は見事だ。

 どの道、この男を倒さなければ先へは進めない。


 気持ちを切り替えよう、とシャノンは銀色にきらめく剣を正面に構えた。






 だが、それもまた予期せぬ脅威きょういの出現に裏切られる事となる。






 一触即発、そんな状況の中。

 生温なまぬるく、息苦しさを感じる風が吹いた。


 そして、視界に黒い雪が舞い——。


 次の瞬間。

 それは脅威を形作っていった。


 眼前でありありとその様を見せつけられたシャノンは、驚愕きょうがくまなこを見開く。



「ああ!? どうなってんだ!?」



 テットも狼狽うろたえている。


 大地の鳴動はきざしだったのだ。

 〝ゲート〟という脅威の到来を告げる、歌。


 しかも、一つではない。


 片手に収まりきらない数の〝ゲート〟が、周囲に出現していた。



「何なのよ……っ!」

「一体、何が起きて……」



 胸に落ちた不安が増してゆく。


 鼓動が早鐘はやがね警鐘けいしょうを鳴らし、嫌な汗が頬を伝った。



(お兄様、お義姉ねえ様——!)

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