第十四話 ディチェス平原の争乱、再び

 聖歴二十五にじゅうご年 パール月二十八にじゅうはち日。

 エターク王国とアディシェス帝国の国境——ディチェス平原へいげん


 〝ディチェス平原の争乱〟で大きく地形を変えたその地は〝破壊〟と〝崩壊〟の力の影響からか、年中ねんじゅう雷が鳴り渡る地へと変貌へんぼうしていた。


 時折ときおり、激しく雨が降り注ぎ、紫色ししょく稲妻いなずまてんよりくだる中——。


 エターク王国軍は、両国をへだてる様に建てられた、小高こだかい壁に点在する関所せきしょを越えた旧ゼナーチェ王国領、帝国側の領土に陣を展開した。


 現在の王国軍の戦力は、王都を出立した内の半数、魔術と早馬を駆使くしして先に国境へ到着した四万と、ラツィエル、アルブムから派兵された二万の兵が合流し、計六万の軍勢となっている。


 帝国軍はまだ国境へ姿を見せていないが、行軍こうぐん速度から試算して、王国軍の残りが追いつく頃に到達するだろうと予想された。


 関所の一つに建設された〝オンブルとりで〟にて開かれた作戦会議では、開戦後の戦略が練られ——。


 決定した作戦に従い、ルーカスひきいる特務部隊は別働隊としての行動を開始した。






 ——国境の南東、限られた狭い範囲に広がる森林地帯。



「しっかし、ゼノンも思い切ったよな」



 雨水を吸ってぬかるむ道を、特務部隊の団員達と列をし進んでいると、隣へ並んだディーンがつぶやいた。


 ルーカスは足を止めず、視線だけをディーンへ向ける。


 黒色の外套マント羽織はおり、雨けにかぶった頭巾フードの合間から、進行方向を見つめる黄水晶シトリンの瞳と、日焼けした横顔が見えた。



「あいつは昔からそうだろ? 使えるものは何でも利用する。それが例え家族や友人、そして自分自身であったとしても、勝算があると踏めば躊躇ちゅうちょしない」

「ま、そうなんだけどさ。最前線に立って自分をおとりにするなんて、オレ達の未来の王様は大胆だいたんだなって」



 ディーンが口角の端をくっと持ち上げ、さも愉快ゆかいだと言いたげに笑っている。


 早期決着を狙ってゼノンが提唱ていしょうした作戦は、〝皇太子こうたいしである自分が矢面やおもてに立ち、存在を明かして敵軍を引きつけるから、そのすきに精鋭部隊で帝国軍の頭を叩け〟というものだった。


 その心意気は見事だ。

 みな、胸を打たれたが、臣下の身からしたら当然「待った」と言わざるを得ない内容であり、反発も多かった。


 だが、こうと決めたらがんとしてゆずらないのが王国うちの皇太子様だ。


 最終的にゼノンはイリアを味方につけ、「私が殿下のかたわらで、敵軍の攪乱かくらんと制圧をにないます」と申し出があった事で、師団長達の反対を押し切って見せた。


 そして特務部隊は〝敵将の制圧〟という重大任務を任され——ルーカス達はここにいる。



「……ゼノンは出来ないと思った事は言わない主義だ。俺達も期待にこたえないとな」



 ルーカスはディーンへ向けた視線を、きりが出始めかすむ前方へと戻した。


 あちらはイリアとフェイヴァだけでなく、強者揃つわものぞろいの師団長達と〝王国の獅子しし〟と呼ばれた父、ラツィエルの兵を引き連れて参戦した〝迅雷じんらい〟の二つ名を持つ母ユリエルもついている。



盤石ばんじゃくの布陣だ。然程さほど心配はない。

 悪天候の中、限られた人数で敵のきょを突かなければならないこちらの方が、よほど危険だろう)



 別動隊として動員された団員の人数は五十ごじゅう名。

 作戦会議を終えてとりでを出た際、イリアにも色々と心配された。


 今回、大軍と渡り合うため〝第三限定解除〟——すなわち、【塔】の神秘アルカナが持つ〝崩壊〟の力の使用許可がくだされた事と、過去に悲劇を体験した因縁いんねんの地という事もある。



『大丈夫?』



 と、眉根を下げて腕を引くイリアの姿が思い返される。


 確かに過去を思うと心は未だに痛む。

 けれども、悔やんでばかりはいられない。


 心を砕き思い遣ってくれる彼女に、ルーカスは胸の内を伝えた。



『俺は大丈夫だよ。辛くないと言ったら嘘だが……過ぎ去った戻らない日々を悲しむよりも、この先へ続く未来の方が大切だ』



 彼女の手を握り、瞳を射抜いて。

 暗にイリアとつむぐ未来を思わせながら。


 イリアは頬を赤らめてまばたきを繰り返した後「うん、そうだよね」と言葉を飲み下して、優しく微笑んだ。



『なら、こっちは任せて。気を付けて行って来てね』



 銀糸がなびき、花の芳香がルーカスを包む。

 柔らかく温かな抱擁ほうようを交わして——ルーカスはイリアに見送られた。



 責任は重く、巡礼団の出方次第では難しい任務だが、不思議と〝失敗〟の二文字は浮かばない。


 「必ずげて見せる」と、決意を胸に、ルーカスは地を踏みしめて進んだ。






「——団長、どうやら敵も奇襲を狙っている様です。

 まだ距離はありますが、南方から隠蔽いんぺい魔術を使って近付く、こちらと同規模の集団が存在します」



 後方を歩くアイシャが淡々たんたんと告げた。


 それと同時に、開戦をしらせるリンクベルの通信が入る。

 戦いの火蓋ひぶたは切って落とされた。



みな会敵かいてきに備えろ! わかっていると思うが、魔獣とは訳が違う。一瞬の油断が命取りだ!」



 ルーカスは語彙ごいを強めて言い放つと、左腰に帯剣した刀のつかを握り締め、抜刀した。


 此方こちら隠蔽いんぺい魔術を使っているが、アイシャが察知した様に、あちらに気付かれている可能性が高い。


 ナビアでの独立戦争から二年——。


 その間、王国では国境で小さな小競こぜり合いがあった程度で大きな戦に巻き込まれる事はなく、戦場の経験がない者もいる。


 これより先、おこなわれるのは人間ひと同士の命のやり取り。


 訓練は重ねていても、実戦とは違うものだ。



「了解っす」

「久々の戦場は気が重いですね」

「このところ魔獣の相手ばっかしてたから、余計にそうだよなぁ」

「ハーシェル、アーネスト、怖気おじけづくなよ?

 得物えものを向ける敵は、容赦ようしゃなく切り捨てちまえ」



 ディーンが二人に声を掛けながら、外套マントの上に背負った、剣身が広く身の丈に迫る長さの大剣をさやから引き抜き、そして利き手で軽々と水平に眼前へ構えた。



「んでもって、苦しませず、かせてやれ。それこそが敵に掛けるなさけ、最大の温情おんじょうってヤツだ。——『雷・纏舞エレクト・アヴェント』」



 空いた手が剣身へと触れ、魔術の文言もんごんつむがれると大剣に雷電が走り、はじける様な放電音を放つ青白い電流が刃にまとわりついた。


 〝纏舞アヴェント〟——ディーンが得意とする、武器に魔術をまとう強化術による効果だ。



心得こころえてるっすよ」

「無論です」



 団員達が足を止めて次々と、外套マントに隠れた武器を手に取り構え、治癒術師ヒーラーは障壁魔術、魔術師は攻撃魔術の詠唱を開始する。



「——来るわよ!」

「魔術と飛び道具への警戒をおこたるな!」



 接敵せってきを告げる声に続いて、ロベルトの怒号が飛んだ。


 ルーカスは目をらし、耳を立て、感覚を研ぎます——。


 草木がこすれ、泥のねる音して、立ち込めるきりの中にせんきらめきが見えた。


 ルーカスが地をり前へ駆け出すと、直後、元居た場所に矢の雨が降る。



地母神の護盾テラメール・アムール!』



 タイミングを合わせたかの様に展開した、治癒術師ヒーラー隊の障壁魔術が矢をはばんだ。


 再び、せんきらめきが見えて、風切音かざきりおん


 こちらの急所を狙って飛来する一本のせんがあり、ルーカスは動きをとらえると足を止め、刀でそれをぎ落とした。


 そして数度、同じ要領で矢を落として見せる。


 すると「チッ」と舌を打つ音が聞こえて、左右から白い外套マント頭巾フードまとった〝敵〟が複数、姿を現わした。


 一見すると外套マントの色から教団の者かと勘違いしてしまうが、そのすそには、上部に翼をした装飾のある杖に双頭の蛇がからみつく絵柄えがら——アディシェス帝国の象徴シンボルきざまれている。



「帝国の兵だな」



 刀身の黒い剣を振りかざした敵が、問答無用に斬り掛かって来た。

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