第十一話 私を呼ぶ声
その日はとても楽しい一日だった。
みんなで料理とケーキを作って——私は手伝えなかったけど——食べて、食後には紅茶を
夜までこんな調子で過ごすんだろうなと思ってた時、ルーカスさんが突然帰宅した。
話を聞くと、
夜の街はこの前昼間に見た時と違った雰囲気があって、綺麗だった。
襲撃があった場所もすっかり元通りになっていて安心した。
——ルーカスさんと過ごす時間は楽しい。
この前ゆっくり見られなかった装飾品の露店では、思いがけず
紅い
自然と手が伸びていた。
(……宝物にしよう)
頬を緩ませた彼の姿に胸が高鳴る。
ルーカスさんといると恥ずかしくてくすぐったくて。
でも胸がじんわりと温かくなって……。
ずっとこんな楽しい時が続けばいいなって。
そんな風に想いながら、過ごした。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
夜も
馬車の待ち合わせ場所まで、手を繋いで人込みの中を歩いていく。
「——……さ——」
どこからか
「————ん」
よく聞き取れないけれど、誰かを——自分を呼ぶ声が、聞こえた気がした。
「……僕を置いて行くの?」
悲し気な声が響く——。
(置いて行く? 誰が? 私が?)
「——行かないで……」
消え入りそうな、切実な声だった。
気付けばイリアは立ち止っていた。
(私を呼ぶのは誰?)
後ろを振り返って見る。
そこには——人込みの中、やけに目立つ白いローブに、フードを
背の高さはルーカスと変わらないくらいの、青年に見える。
青い瞳が悲し気にこちらを見ていた。
そして、青年の唇がある言葉を形作る。
「————」
音は聞こえない。
遠すぎて何を形作っているのかわからない。
でも、言葉を
青年が
(……追いかけないと)
どうしてかはわからない。
けれど、どうしようもない衝動に駆られて、イリアは駆け出した。
背後から先ほどまで手を握っていた彼が「イリア!」と、名を呼んでいたが、気に留める余裕がなかった。
「待って!」
走っても追いつけず、青年の姿は人ごみに
イリアは
自分が
走って、走って、走って。
息が苦しくなって。
必死になる理由もわからずに、足を動かし続けた。
——そうして走り続けた先、噴水のある広場に出ていた。
「————」
上がった息を整えながら、せわしなく左右に目線を動かして探す。
追ってきた色、白いローブを探して視線を
目にした途端、周りの音が消えていき
鳴き声の主は、石垣の上に座る青年と思われる人物の膝の上。
白毛の耳が
青年は自分の膝に落ち着く猫の頭を、優しい手つきで
見つめていると白いローブが
(私と同じ青い瞳——)
吸い込まれるように足が動いて、いつの間にか彼の前に立っていた。
「私を呼んだのは……貴方?」
「……そうだよ。こんばんは、————」
音が聞こえた瞬間、頭痛がして、片手で頭を押さえる。
ノイズがかかったように、彼が呼ぶ自分の名前が理解出来ない。
唇の動きも、目を
「座って。話をしよう」
自分の隣を
間を開けて座り、身元のわからぬ彼の一挙一動を注意深く観察する。
「そう
「あの子って……?」
「黒いローブの女の子」
猫を
立ち上がって青年に対する
「貴方は誰!? あの子と同じで、私を連れ去りに来たの!?」
先日あんな事があって、同じような事が起きるかもしれないから、とみんなが気を付けてくれていたのに、どうしてこんな
青年は——青の瞳を
月明かりが、悲しげに微笑む彼の姿を照らす。
(前にも同じような事が、あった気がする)
イリアは言い知れぬ
(私は——知ってる?
この光景を、彼を……?)
体の力が抜けて、力なく石垣の上に腰が落ちた。
「にゃあ」と甘えた鳴き声が聞こえる。
彼は膝の上にある、白毛のそれを優しく
「ねぇ。————は、いま幸せ?」
彼は自分を何と呼んでいるのか。
見えない。ノイズで聞こえない。
「どうしてそんな事を聞くの?」
訳が分からない。
ズキンズキンと頭が痛んで来る。
「彼といる姿が……楽しそうに見えたからだよ」
(
みじろいで、チャリ……と聞こえた金属音に目を落とした。
つい先ほど買ってもらった、左手首に掛かる
(幸せ? 楽しそう?)
記憶がなくて不安がないと言えば嘘だけど——確かに、そうかもしれない。
(ルーカスさんや、出会ったみんなと過ごす時間は、とても温かだから……)
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