第十話 夜の祭典

 ゼノンから皇太子命令を出され、ルーカスは歓迎式典パレード余韻よいんにぎわう夜の街へイリアを連れ出し——夜の祭典を楽しんだ。


 露店ろてんで食べ物やスイーツを買って食べて、娯楽遊戯ごらくゆうぎあつかう店で的当てをしたり、楽団が演奏する音楽に合わせてダンスもおどった。


 道端みちばたもよおされた観劇も鑑賞かんしょうして、楽しい時間を過ごした。



(まるで恋人との逢引デートみたいだな)



 そんな事を思いながら、露店ろてんが立ち並ぶ道を「次はどこへ行きますか?」とはずんだ声で話すイリアと手を繋いで歩く。


 彼女が唐突とうとつに足を止めたのは、そんな時だ。


 どうしたのかと思って様子をうかがうと、装飾品を取り扱う露店ろてんの前だった。


 イリアは並べられた装飾品に目を輝かせており、「やっぱり女性はアクセサリーが好きなんだな」と思っていると、商品棚の向こうから店主と思わしき老婆ろうばが顔をのぞかせた。



「おや? あの時のお嬢さんだね」

「こんばんは。私の事、覚えていたんですか?」

「一瞬だったけどねぇ。桃色の髪のお嬢さん方と一緒にいたのが印象深くてね」


(桃色の髪と言うと……シャノンとシェリルの事か?)



 可愛いもの、綺麗なものを好む双子の姉妹の事だから、きっと装飾品に目を奪われたのだろう。


 前回も今と似たような状況になり、店主と顔見知りになったのかもしないなと、ルーカスは推測すいそくした。



「どうかね? 気に入ったものがあれば隣の素敵な恋人におねだりしてもいいんだよ?」



 老婆ろうばがにやにやとしわをふやして笑い、イリアは顔を耳まで真っ赤にして「ち、違います!」と否定していた。



(そんな全力で否定しなくても……)



 ルーカスはほんの少し胸を痛ませながら、装飾品が並ぶ商品台へと視線を落とした。


 装飾品は露店ろてんへ並ぶ品にしては品質が良く、どれも丁寧な作りである事が見た目にもよくわかった。


 彼女の気に入る物があるというなら、店主の言葉に乗るのも悪くないと思える。



「……どれがいい?」

「え!?」

「気になるんだろ? 祭典の記念だと思って、遠慮しなくていい」



 そう伝えれば、イリアは更に顔を赤くして慌てふためいた。



(装飾品の事はそこまで詳しくないが……)



 ルーカスは彼女に似合う物はないかと、並べられた装飾品を物色ぶっしょくした。

 そうしてしばらく時間が過ぎ——。



「あの、じゃあ、これを……」



 イリアは遠慮がちに、一つの腕輪ブレスレットを指差して見せた。

 小さめの柘榴石ガーネットがいくつかあしらわれ、金細工で繋がれた細身の腕輪ブレスレットだ。


 商品の横に置かれた値札を確認して、ルーカスは迷わず店主へ代金を渡した。



「ご婦人、こちらの品を貰おう」

「ほっほっほ。婦人なんて歳じゃないよ。紳士な若者だねぇ。良い男じゃないか」



 代金を受け取った店主は嬉しそうに笑って、最後の言葉はイリアに向けて言ったのだろう。

 イリアは顔を真っ赤にしてうつむいてしまう。


 代金を支払ったルーカスは腕輪ブレスレットを手に取った。

 造形ぞうけいを確認すると、留め金を外して付けるタイプの様だった。



「あ、あの、付けてもらっても……いいですか?」



 イリアがおずおずと、左手を出して見せる。



(確かにこのタイプは一人では付け辛いだろうな)



 ルーカスは願いを聞き入れ、腕輪ブレスレットを付けるために留め金を外す。


 差し出された細い腕に、一本のくさりとなった腕輪ブレスレットを掛けると手首を一周する輪にして——最後に留め金を繋げれば完成だ。


 赤の宝石がきらりと輝いた。

 それをイリアは嬉しそうに口角を上げ、目を細めて見つめている。



「ありがとうございます」



 花が咲いたように彼女が笑う。

 とても可憐かれん魅力みりょく的な笑顔だ。



(……可愛かわいいな)



 気持ちを自覚したせいだろう。

 気恥ずかしさはあるものの、素直にそう思える。



(イリアが喜んでくれて良かった)



 ルーカスは「どういたしまして」と言いながら、頬がゆるんでいくのを感じた。






 ルーカスは再びイリアと手を繋ぎ、雑多と歓声、様々な感情を見せて祭典にく夜の街をゆったりと歩いた。


 そうして夜もけて来て、そろそろ帰宅しようかと思い始めた頃——。



『創世の時代、女神は世界を創り出した。

 世界の中心に大樹をえ、星はマナで満たされる。

 女神の恩寵おんちょうたる神秘しんぴ——』



 リュートと言われる弦楽器を手に、創造の女神の逸話いつわを語る吟遊詩人の姿を目にして、思わず足を止めた。



『女神の愛が世界を包み、暗雲は打ち払われる。

 罪深き我らを許し、守り導くは誠の愛、そして慈悲。

 聖痕せいこんきざまれ、神秘アルカナの祝福をさずかりし者よ。どうか——』



 吟遊詩人は歌に乗せて、語り続けていた。

 世界をつくり、愛し、神秘を授けた女神の偉業いぎょう只々ただただたたえるうただ。


 紫君子蘭ムラサキクンシラン、神聖国の国花で花言葉に〝無償の愛〟を持つ、女神が好んだと言われる花。

 女神を体現するかのような花だと人は言う。


 しかし——女神が与える愛は、ルーカスから見れば狂気にも思えた。



(何故、常軌じょうきいっした力を人に与えるのだろうな。

 総じて、過ぎた力がもたらすのは——悲劇だ)



 その事をルーカスは身をもって知っていた。



「女神……か」



 女神とは、何であるのか。

 何を想っていたのか——?


 と、考えをめぐらせるが、人の身では到底、理解のおよばぬ存在だ。



 教団も、その主神である神様の考える事もよくわからないな、とルーカスは乾いた笑いを浮かべた。

 それを見たイリアが不思議そうに首をかしげており、ルーカスは「何でもない」と首を横に振った。



「そろそろ帰ろうか」

「はい」



 歌い語り続ける吟遊詩人を尻目に、自分よりも小さな手を引いて歩き出す。

 邸宅まで歩いて帰るのは骨が折れるので、むかえの馬車を呼ぶためにピアス型のリンクベルを鳴らした。


 そうして待ち合わせの場所へ向かおうと、しばらく進んだところで——イリアが立ち止った。


 彼女に目を向けると、後ろの一点を見つめている。



(どうしたんだ?)



 声を掛けようと思ったその時——するりと手が離され、イリアは突如とつじょとして来た道を戻るように、走っていった。



「イリア!?」



 名を呼ぶも、その背はどんどん遠ざかって行く。


 突然のイリアの行動。

 ルーカスは理由がわからず、彼女の背中を追いかけるしかなかった。

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