第三話 父と刃を交えて
日程を早め到着したユリエルがイリアを
だがその後、彼女達が部屋に戻る事はなかった。
使用人の話によると街へ繰り出したらしい。
一人邸宅に残されたルーカスは、母の行動に頭を抱えながらも昼食を終え、書類仕事を片付けた。
そうして夕時へと向かう時間帯、邸宅の西側に
訓練所は周囲を高い壁で囲まれ、通路部分は屋根がついているが開放的な空間。
この時間ともなると人数はまばらだが、訓練する公爵家の騎士の姿があり、それぞれが真剣に取り組んでる様子が見られる。
ルーカスは書類仕事で
訓練に
それから
「……ふう」
長らく締め付けていた圧迫感から解放され、自然と吐息が
軽く伸びと
ルーカスは足を開き、腰を落とす。
刀を振るための構えを取って
振り抜かれた刃が
居合と呼ばれる抜刀術の流れから、刀を頭上に
息を吸い込んで
頭上に
次は右上に高く振り上げて〝
流れるように〝右から左へと水平に薙ぎ払い〟刀を右側の頭の高さで真横に構え、勢いよく水平に〝突き〟出した。
今度は左上に高く振り上げ——。
そのような具合に、何通りかの決められた型の素振りを繰り返し
しっとりと肌を伝う汗に、着衣が湿り気を帯び、体が
こうなると打ち合える相手が欲しいところではあるが、この場で訓練に
ルーカスは一旦刀を鞘に納めると、右手で額の汗を拭って張り付く前髪を
「精が出るな」
不意に聞き慣れた低い声が後方、訓練所の出入り口方面から響いた。
訓練に
ルーカスが振り返り、出入り口を見やると——そこには、赤と黒を基調とした軍服を身に
この家の主、グランベル公爵でありルーカスの父レナートだ。
レナートは礼を取る騎士達に「かしこまらなくていい」と告げ、手ぶりで制すると入口近くの
「父上。帰られていたのですか?」
予定外の父の帰宅に、ルーカスは面をくらってしまう。
「ユリエルが戻ったと聞いてな」
こちらを視認して、父が気恥ずかしそうに答えた。
「久しぶりに戻った妻を放って、仕事に打ち込むのもな」と父が目尻を下げ笑っている。
(なるほど、納得だ)
父は愛妻家だ。
母が戻ったと聞いて、仕事を中断して戻って来たのだろう。
そしてあの母の事だ。
もし母を差し置いて仕事を優先しようものなら
それでなくとも父は働き過ぎなので、ちょうどいい薬だ、とルーカスは思った。
レナートが訓練用に備え付けられた武器の中から刀を手に取り、すらりと刀身を引き抜いて、刃を縦に立て
一連の動作の
「久々に打ち合うか?」
挑んで来い。と、そういう意味だろう。
ちょうど相手が欲しいと思っていたので渡りに船だ。
(父上ならば相手にとって不足なし)
「望むところです」
ルーカスはにっと口角を上げた。
すると、場に居合わせた公爵家に仕える騎士たちのざわめき立つ声が聞こえた。
ルーカスとレナートの試合が行われることになり、二人は訓練所内に
白線の描かれた
レナートは刀を抜くと鞘を場外に投げ捨てて正面に構え、ルーカスも合わせるように刀を抜いて、同じく正面に構えた。
二人の視線がぶつかる。
刃が届くか届かないかの距離を取り、静かに、相手の出方を
(さすが父上。
ルーカスも同じく神経の一切を研ぎ
動かなければこのまま何十分と
だが、ルーカスが望むのはそのような達人の試合ではなく、
ルーカスは
上段の構えから、刀を振り下ろす。
ルーカスの動きに合わせてレナートも動き、上方向から迫る刀を
レナートは受けた
ルーカスはいなされた刀を反転して
相手の
軌道を読んだレナートが、自身に迫る
じりじりと合わさった
「
力を
それどころか気を抜けばこちらが押し負けてしまいそうだ。
「おまえも強くなったな」
レナートはどことなく楽しそうで、それでいて嬉しそうな様子だった。
言葉を交わした二人は、決着の着かぬ
ルーカスもまた、父との打ち合いを楽しんでいた。
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