第四話 試合の決着

 久方ぶりの父との打ち合いをルーカスは楽しんでいた。


 刀を振り、やいばを合わせ、しのぎでいなし、またやいばを合わせる——打ち合いに汗と火花が飛び、黒髪を揺らして、そんな攻防が長らく続いた。


 ルーカスの剣術の師匠は父だ。

 幼き頃から師事しじし、厳しく鍛えられた来た。


 成人して軍人となってからは戦場を駆け、経験を重ねて腕を磨いて来たつもりだが、それでも父を圧倒するにはいたらず、年齢を重ねてもおとろえない腕前にルーカスは舌を巻いた。



(けれど——負けるつもりはない!)



 ルーカスはを握り込み、正面に刀を構えると、上段に振り上げ渾身こんしんの力を込めて振り下ろす。


 レナートが水平に構えた刀のやいばで受けると「ガキン!」との合わさる音がして、一際ひときわ大きい火花が散った。


 レナートは両足で踏ん張っており「ギギギ……」と金属のこすれるにぶい音が聞こえる。

 ルーカスは負けじと踏む込むと、ありったけの力を込めてを押し続けた。


 すると——レナートの足がほんの一瞬よろめく。

 ルーカスはそのすきのがさなかった。


 訪れたチャンスをモノにするため、力をゆるめず合わせたやいばで押して、押し込んで——。


 そうすれば耐えきれず、力に押し切られたレナートの体勢が崩れて刀が離れ、体は後ろへと後退していった。


 ルーカスはしょうじたすきを立て直す間は与えず、素早くレナートの眼前に刀を突き付けにらみを利かせた。


 戦場であれば命はない構図、王手だ。



「降参だ」



 白旗の代わりにレナートが両手を上げた。

 試合が決着した瞬間だ。


 観戦していた騎士達から「わああ」と歓声かんせいが上がった。



「腕を上げたな、ルーカス」



 レナートが肩をすくめた。

 ルーカスはその様子を視界に捉えながら刀を引き、鞘へと納める。



「父上こそ。その腕前はおとろえ知らずですね」

「はは。最近は頭のかたい大臣らの相手と、書類仕事ばかりでなまってしまったがな」



 自嘲じちょうしたレナートが投げ捨てた鞘を拾って、刀を納めながら「たまには鍛錬たんれんしないとな」と語った。






 試合を終えた二人は屋根のある通路で、壁に背を預けた。


 レナートは気を利かせた騎士の用意したタオルを手に持っており、ルーカスも同じものを手渡され、首にかけた状態でひたいと頬の汗をぬぐう。


 訓練所では二人の試合に感化された騎士が、鍛錬たんれんに力を入れる姿が見られた。



「父上、先の一件について教団から何か釈明しゃくめいはありましたか?」



 先の一件とは、黒いローブの少女がイリアを連れ去るため襲撃して来た件だ。



「いや。知らぬぞんぜぬの一点張りだ。こちらとしても彼女の事をおおやけにはしていないからな。これ以上の追及はできんよ」

「……そうですか」

「ディーンから報告はあったか?」



 ルーカスは首を横に振った。

 教団の内情を探るため、神聖国へ潜入しているディーンからの情報はまだない。


 教団をようする神聖国は、慈善事業、紛争の調停、魔獣討伐隊の派遣などの活動を、世界をまたにかけ積極的におこなっている。


 それらは全て慈悲深い女神の意思であり、女神の代理人・国主でもある教皇により行動がしめされ、体現される。


 各国にも協力的で、教義にじゅんじて慈善活動を執り行う素晴らしき国。

 と、これが世間一般に知られるアルカディア神聖国だ。

 

 しかし実態は——。


 女神の意思など存在しないにひとしく、閉鎖的で秘密主義の国であると、ルーカスはかつてルキウス聖下に聞かされていた。


 政治を回すのは教皇と十人の枢機卿すうききょうからなる枢機卿団カーディナルで、内部は陰謀いんぼう渦巻く魔窟まくつであり、利権争いに抗争こうそうえず、清廉潔白せいれんけっぱくとは程遠いと言う。



(——どこにでもある話だ)



 だが教団は取りつくろうのが上手い。


 完璧な情報統制がされており、内情を探るのは容易よういな事ではなかった。


 

「アディシェス帝国の方はどうですか?」



 ルーカスの問い掛けに、レナートは遠くを見つめた。



「静かなものだよ。不気味なくらいにな。戦争好きで、女神を否定し独自の宗教をおこして信仰するあの国が、聖地巡礼ペレグリヌスける世界会議へも参加し、協力的な姿勢を見せている」

「何を考えているかわからないと言う点では、アルカディア教団もアディシェス帝国も変わりませんね」

まったくだな」


 レナートの視線を追って、ルーカスも空を見つめると、いつの間にか陽が沈み始めていた。


 あかね色が空を染め上げて行く中、玄関ホールの方がさわがしくなり、にぎやかなソプラノの笑い声が聞こえて来る。


 女性陣の作り出す音色だ。



「む、どうやら戻ったみたいだな」

「そのようですね」



 街へ繰り出した彼女たちの帰宅を察知さっちして、ルーカスとレナートは出迎えのため玄関ホールへと向かった。

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