第二話 破天荒な母

 騒音と共に部屋へ飛び込んで来た母ユリエル。

 皆の視線が母に集まっている。


 供の者を置いて早馬で来た件といい、母の破天荒はてんこうな行動には困ったものだ、とルーカスは溜息を付いた。



「母上……そんな乱雑に扱っては扉が壊れます」

「久々に会う母への第一声がそれなの? さびしいわね」



 悪びれず心外だとなげく声がした。

 突拍子もない行動と砕けた物言ものいい、その言動はシャノンに良く似ている。


 ——正しくはシャノンが母に似たと言うべきか。



「お母様、おかえりなさい!」

「おかえりなさいませ。お母様」

「シャノン! シェリル! ただいま」



 双子の姉妹は執務室を訪れたユリエルに駆け寄ると、抱き着いて抱擁ほうようを交わした。

 父と会った時もそうだが、グランベル公爵家では再会に抱擁ほうようするのが常である。


 年齢を感じさせない母の容姿は、遠目から見ればシャノン、シェリルと姉妹と言っても違和感がない。


 二人はしばし母のぬくもりを楽しんだ後、その腕から離れていった。


 すると今度は母の視線がこちらへ送られ、飛び込んで来いとでも言うように、大げさに両手を広げて見せた。



「おかえりなさい。お久しぶりです、母上」



 しかしルーカスはおうじず、淡々たんたんとその場——椅子から立った状態で挨拶をべた。

 ユリエルが腰に手を当て、ねたように眉尻を下げる。


 

「ノリが悪いわよ。久々に会った親子の再会でしょう?」

「母上に甘える歳じゃありませんよ」

「そうかしら? 昔は良く抱っこをせがまれたのだけどね」

「一体いつの話をしているんですか……」



 額に手を当て、ルーカスは深い溜息を吐いた。


 確かにそんな時期もあっただろう。

 だが成人済みの男性が母親と気安く抱擁ほうようを交わすだろうか?



(……ないな)



 世間一般でもそうそう聞かない話だ。

 何より羞恥心しゅうちしんが勝る。



「それで、何故供の者を置き去りに、予定を早めてこちらに?」



 問題はそこだ。


 母が領地からわざわざやって来たのは聖地巡礼ペレグリヌスへ向かう教皇聖下の護衛のため。

 公爵家の領地のラツィエルに、巡礼の目的地の一つターコイズ神殿がある。


 領主が王都から現地まで護衛にくのが慣例となっているのだが、当初の予定では母は明日、王都に到着するはずだった。


 「何故?」と、問うルーカスに、ユリエルは幼子の様に紅の瞳を輝かせて見せた。



「だって……ルーカスの恋人に早く会いたくて。どこにいるのかしら?」

「はい?」


(恋人?)



 一体何の話をしているのかと、ルーカスは間抜けな声を発していた。


 思い当たる節は——と思考を巡らせ、そう言えば前にイリアも勘違いしていた事を思い出す。


 今度は一体誰が母にそんな事を吹き込んだのか。

 母の爆弾発言に目を白黒させていると、シャノンが「あ」と口元を押さえるのが見えた。


 その横で「お姉様……」とシェリルがつぶやくく。



(なるほど、犯人はシャノンか)



 ルーカスが返答出来ずにいると、答えを待ちきれなかったのだろうユリエルが目線を彷徨さまよわせた。


 しばらくして、部屋の中にイリアとリシアを見つけたらしく、顔がそちらへとかたむく。


 イリアの勿忘草わすれなぐさ色の瞳と、母の淡いくれないの瞳が同じ角度を向いた。

 


「えっと、初めまして。イリア・ラディウスです」

「はわ、初めまして! 治癒術師のリシア・ヴェセリーです!」



 当然訪問したユリエルに視線を向けられ、傍観者ぼうかんしゃとなっていた二人がうやうやしく頭を下げてお辞儀した。



「驚かせてごめんなさいね。ユリエル・フォン・グランベル、ルーカスと双子ちゃんの母親よ」



 コツコツとくつを鳴らして、ユリエルが二人の元へ歩む。

 辿たどり着いて二人の前へ立つと、イリアをまじまじと見つめのぞき込んだ。



「銀の髪、勿忘草わすれなぐさ色の瞳……。ふふ、話に聞いた通りお人形さんみたいに可憐かれんね」



 くるり、とルーカスへ向いたユリエルの表情は、満面の笑みだった。

 それはもう、とても嬉しそうににんまりと笑っている。



 母の笑みにルーカスは嫌な予感がした。



「さすが私の息子ね。こんな素敵なお嬢さんを見つけるなんて」

「いえ、それは誤解——」

「それじゃ、少し彼女を借りるわね。さあ行きましょう、イリアさん」



 母はルーカスの声をさえぎって言い放つと、イリアの肩をがしっと音がしそうな勢いで掴んだ。

 「え? え?」と訳が分からずまどうイリアを、有無うむを言わさず引き連れて、扉へと向かう。



「母上!」



 ルーカスは遠ざかる背に声をかけ、手を伸ばすが——母は来た時と同じく、「バン!」と乱暴に扉を開き、颯爽さっそうと桃色の髪をなびかせて、銀糸を揺らすイリアを連れ去った。


 ルーカスが伸ばした手は、むなしく空をつかむ。


 部屋に残されたシャノン、シェリル、リシア、そして執事長はユリエルが去った扉と、ルーカスが伸ばした手を交互に見ていた。



「えっと……ごめんね? お兄様」



 静まる室内に、母の暴走の一端を作ったであろうシャノンの謝罪の声が響いた。


 例えるならば、迅雷風烈じんらいふうれつ、あるいは猪突猛進ちょとつもうしんか。


 嵐の様に襲来し、話を聞かずイリアをさらった母ユリエルの行動に、ルーカスは頭が痛くなってこめかみを押さえた。

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