第十六話 余興の終曲(フィナーレ)

 ルーカスは次に倒すべき相手を探して戦場へ目を向けた。


 残っているのは——状況的に、正義ラメド悪魔アインの二人だと思われる。


 だが、ラメドはロベルト達に任せておけば大丈夫だろう。

 人数差もあって、もうすぐ決着しそうな流れにある。


 対処すべきは大量の魔獣の幻影を操るアインだ。



「ルーカス、アインの幻影を断ち切って」



 イリアが一体の魔獣を差し示して見せた。


 指先を追っていくと、反物たんもののように長く伸びた尾羽おばねをはためかせ、深蘇芳ふかすおう色の巨躯きょく黄丹おうに色の輪郭をした魔鳥まちょうが飛翔している。


 地上で魔獣とたわむれるフェイヴァが、タイミングを計って攻撃を仕掛けているが——どうやら倒してもすぐに復活してしまうらしい。


 仕留めたと思った数秒後には元通りの姿で飛んでいた。



御伽話おとぎばなし不死鳥フェネクス。不死性が再現されていて、正攻法では落とせないの。でも、女神様の力の対極に位置するルーカスの力なら……」



 イリアの言葉にルーカスはうなずき、紅いオーラを宿した刀を正面へ構えた。



「大きな的だ、ここからでも届くだろう」



 両手でをしっかりと握り、頭上へかかげて。



「当たるなよ、フェイヴァ!」



 不死鳥フェネクスを斬るイメージで刀を振り抜いた。



 紅閃こうせん天翔斬てんしょうざん



 刀身を離れた紅い斬撃が空をいて飛んだ。

 不死鳥フェネクスの動きを予測して、斬り上げる要領でもう一発。


 二つの斬撃が不死鳥フェネクス目掛けて飛んで行く。


 一発目は翼に、二発目は胴体に命中して——不死性を持つという魔鳥まちょうは、はじけるように消え去った。






 後は大量の幻影を排除して、アインをおさえればいい。


 どちらも今の状況ならば難しい事ではない。



「もう一手だな、決めて幕引きとしよう」

「そうね、舞踏会は終わる。終曲フィナーレよ」



 イリアが宝剣を抜き、幻影の魔獣が埋め尽くす戦場へ向けた。

 魔術で一掃するつもりだろう。


 であれば、自分はアインに王手チェックをかけるため行動しよう、とルーカスは刀のやいばを上に返し、目線の位置に持つかすみの構えを取った。



『神なる旋律せんりつ 響け希望のうた



 つむがれる歌声に呼応して、空中へ魔法陣が展開して行く。



きらめいて無垢なる光 終焉しゅうえんを告げる黎明れいめい



 ルーカスはいつでも駆け出せるように、開いた足に力をめた。

 目をらしてアインを注視する。



滅光煌閃翔ディ・ルフレール・ディストラクション



 展開した魔法陣から一斉にきらめきがち、戦場は魔獣の代わりに閃光せんこうで埋め尽くされた。


 目を覆いたくなる照度の中、ルーカスは魔術からのがれるアインの姿を瞳にとらえ、駆ける。


 上だ。隆起する巨大な魔輝石マナストーンの上。

 魔術の及ばない——恐らく意図的にイリアがそうしたのだろう——場所に、アインは退避している。


 【世界】の神秘のアルカナお陰か身体能力が飛躍的に向上しており、強化術をもらった時のように、いやそれ以上に体が軽い。


 一足いっそくの幅を広く、電光石火でんこうせっかごとく迫り、アインの鮮やかな桃色ロードクロサイトの瞳がルーカスを映す頃には、刀を細い首筋に突き付けていた。



「詰みだ、アイン」



 やいばが触れるか触れないかの位置。

 少しでもおかしな動きを見せれば、力で消し去れる距離だ。


 色素が薄く白い彼女の頬をしずくが伝った。



「うっそぉ……あの距離から一瞬?

 騎士様、人間辞めちゃった?」

「……今更だな」



 ルーカスは眉根を寄せて苦笑くしょうした。


 使徒となった者の大半は、なか人間ひとを辞めているような化物ばけものぞろいだろう。


 それはさておき、これでこの戦いも決着だ。


 残すはラメドと戦うロベルト達の勝敗の行方だが——。



「あちらも決着したようだ」



 と、下から跳んで来て、アインの背後に槍を突き付けたフェイヴァが告げた。


 両手を上げてまぶたを伏せたアインが「はあ」と大きなため息をらす。



「残念、もっと踊りたかったのになぁ。

 ——でも、騎士様。

 本当の試練はここからよ?」



 瞳の色に近い口紅リップれる唇があでやかなえがいて、アインはせせら笑った。


 どことなく、不気味なわらいだ。


 ノエルは健在だが、女神の使徒アポストロスというとりで瓦解がかいしている。



(彼一人で逆転する手立てがあるとでもいうのか——?)



 ルーカスが疑問をいだいていると「パチパチ」と、両手を打ち合わせる乾いた音が場に響いた。


 奥の祭壇さいだんすノエルからだ。



「人数のハンデに【星】の裏切り。

 予想外の出来事ハプニングがあったとはいえ、あなどっていた事をびよう。

 女神の使徒アポストロスを下した君達の健闘に敬意をひょうする」



 「カツン」と靴音くつおとを鳴らして一段ずつ丁寧ていねいに、ノエルが階段をくだって行く。


 そうして一番下まで降り立つと、彼は下弦かげんの月のようにまぶたかぶせた瞳をこちらへ向けた。



「……アイン、いつまでそうしてるつもりだ?」

「えー? 死と隣り合わせの緊張感スリルたまらないじゃないですかぁ」

「悪いくせだな。余興よきょうは終わりだ、戻れ」

「はぁーい。

 ——ってことで、今回もごめんね?」



 妖艶ようえんに笑みを深めたアインが、指ではなくと足元で「タンッ」と音を鳴らした。


 それはルーカスとフェイヴァが反応するよりも早く起きた事。

 一瞬にして濃い闇がアインの姿を隠し、次の瞬間には、彼女はノエルの隣へ並び立っていた。


 二人で囲んでいたのに「してやられた」とルーカスは唇を結ぶ。

 フェイヴァも苦々にがにがしい面持おももちだ。


 この場に留まる理由はなくなった。


 見下ろすとノエルの元へ歩むイリアの姿が見えたので、跳んで降りて彼女のそばへ立つ。

 フェイヴァも彼女の後ろにひかえた。


 しばらく歩幅を合わせて歩く。

 ノエルへ最接近したところでイリアは立ち止まり、ルーカスもそれに合わせた。



「ノエル、〝術式改変リベレイション〟はここまでよ」



 イリアが右手にたずさえた宝剣の切っ先が、ノエルへと向く。

 気丈に振舞っているが、彼女の剣はわずかに震えていた。


 血を分けた弟、ただ一人の家族と敵対し刃を向けているのだ。

 心を痛めて当然だろう。


 ルーカスはその心境を察して、剣を持つイリアの手に己の手を重ね、彼女の剣を強引に下げた。


 それから一歩前へ出て、自分の刀をノエルへ向ける。


 必要とあらば引導を渡すのは、自分の役目だ。



「聖下、約束通り女神の使徒アポストロス達は倒しました。負けを認めて投降して下さい」



 戦いの前。

 『僕が世界へもたらす変革、〝術式改変リベレイション〟。止めたければ、まずは女神の使徒アポストロス達を打ち倒して見せるんだね』——と言ったのを、ルーカスは覚えていた。



「よもや忘れてはいませんよね?

 『約束を守る主義』なのでしょう?」



 見る角度や当てる光によって色を変化させる、灰簾石タンザナイトのように神秘的で美しい瞳を見つめて、問う。


 彼は幾度いくどまばたきを繰り返し。



「負け……? フ、フフフ! アハハハッ!」



 狂ったように笑い声を上げた。

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