第十五話 目覚めなさい、愛し子よ

 アイゼンの放った一撃。

 獅子を模した炎、高エネルギー体となった灼熱の炎塊えんかいがルーカスを飲み込んだ。


 ——その時。


 ルーカスの胸元、軍服の下で何かが輝いた。

 まばゆい光は一瞬にして広がり、マナを含んだ風が巻き起こる。


 光と風は、ルーカスを守るように幾重いくえもの盾を形成していった。



「——何!?」

「これは……」



 結界、だろう。


 熱が遮断しゃだんされて痛みを感じなくなった。

 そればかりか負った傷が治っていく。


 この魔術には見覚えがある。


 治癒と防壁を兼ねた領域魔術〝慈愛の七つの円環アイアス・メディテイション〟。

 小規模だが、それに酷似こくじした魔術がルーカスの周囲に展開していた。


 輝きを放ったのは、首から掛けたペンデュラム。

 イリアから手渡された物だ。



(「お守り」だと言ってはいたが、まさかこんな効果があったとは。

 ……まさしくお守りだな)



 あのまま攻撃を受け止めていたなら、負傷はまぬがれなかった。

 彼女の想いが自分を守ってくれたのだ。


 イリアへの感謝といとしい気持ちが込み上げて、胸が熱くなった。






「ルーカス」



 りんとした高音域ソプラノの声が響く。


 声のした方へ向くと——銀糸をなびかせるイリアの姿があった。



「イリア?」



 彼女はアインと戦っていたはず。

 いつの間にこちらへ来たのだろう。


 疑問に思っていると、至近距離に歩み寄ったイリアがルーカスの左手を取り、指を組み合わせるように握った。


 戦闘の真っただ中だ。

 単純な触れ合いという訳ではないのだろうが——。


 行動の意図がわからず、ルーカスが目を見張るとイリアは微笑んだ。



「私が、貴方をみちびうたい手となる。だから、恐れず受け入れて」

「受け入れる……?」



 一体何の事を言っているのか。


 彼女は答える代わりに右手をルーカスの胸、心臓の位置に添えて、長い睫毛まつげの生えるまぶたを閉じた。


 大きく息が吸い込まれ、薄紅の唇がうたつむぐ——。






『輝いて神秘アルカナよ それは約束の証


 願いを叶える 女神わたしの祝福



 覚えているわ いとし子よ


 深淵しんえんの闇よりずる虚無きょむの力をいて


 眠りについたりし日を



 絶望をきざんだ魂よ 私のあいするいとし子よ


 さあ、くびきを解き放ちましょう



 あかき血脈を継ぎし者


 旋律せんりつしるべに羽ばたけ【世界】



 想いを胸に 意志をつるぎ


 奇跡をり成す力と変えて』






 イリアのつむぐ歌に呼応してルーカスの鼓動が脈打った。


 腕輪に隠された聖痕せいこんと、体を巡る血潮ちしおが熱したように煮えたぎっている。



(——なん、だ? 力が……)



 奥底から気力、活力、体力といった〝力〟があふれ出てくる感覚があった。


 イリアのまぶたがゆっくり開かれ、宝石のようにきらめく勿忘草わすれなぐさ色の瞳があらわになる。


 繋ぎ合わせた手と、添えられた手も静かに離された。



『目覚めなさい【世界タヴ】』



 心臓が大きく鼓動した。


 すると、普段は魔術器で抑え込まれ、今はノエルに封じられているはずの〝破壊の力〟が解き放たれ、紅く揺らめく波動がルーカスを包んだ。



かせが……」



 縛られる事のない解放感と、体を満たす〝力〟に引きられて、気持ちが高揚こうようしていく。


 今ならば何事もせるという万能感すらある。





 ——全てを破壊して、終わらせることも——。






 一瞬、恐ろしい考えが頭をよぎった。


 平時ならばおよそ至らない思考に、自分自身で困惑する。



「破壊の力はね……【世界】が、かの神から奪い、封じてきた権能けんのうなの」



 〝かの神〟と言われて思いつくのは女神めがみ魔神まじんだ。

 だが、前者であればイリアはこの様な言い方をしない。


 とすれば、この力の由来が何であるのか、はかるまでもなくわかる事だ。



「魔神の権能……か」



 イリアが静かに首を縦に振った。

 先のような思考の変質も、解放した力の影響だろうか。


 そう考えると身の毛がよだった。



「過ぎた力はわざわいとなる。でも、ルーカスなら大丈夫」



 イリアが口元を緩ませて、春に咲く花の様に微笑んだ。



「【世界タヴ】……その力で切り開いて。

 私も一緒にうたうから」



 すっと、イリアの手がルーカスに差し伸べられる。


 彼女の瞳に迷いや恐れはない。

 破壊の力が、ルーカスが彼女自身を傷つける事はないと、確信しているのだ。


 信頼してくれている事が嬉しいと同時に、頼もしかった。



(イリアが信じてくれるならば、大丈夫。

 俺は恐れず、進むことが出来る)



 彼女の想いに応えよう——と、ルーカスはイリアの手に自身の左手を重ねた。



「イリア、共につむごう」

「うん。私の想いと歌は、ルーカスと共にある」



 ルーカスはイリアと視線を交わせ、どちらからともなくうなずいた。



(この力で、勝利への道を切り開く——!)






 ペンデュラムが輝きを失い、展開した結界が収束していく。


 ルーカスはイリアと重ねた手を刀へ。

 両手でつかを握り込んで正面へ構え、打ち倒すべき相手、再び二頭の獅子しししたがえたアイゼンを見据みすえた。



「その紅き波動、聖下が封じられたはずの破壊の力……。

 なるほど、聖下と同じく女神の代理人であるイリア様なら、じょうを外す事が出来るという事か」

「決着を付けよう、アイゼン殿」



 ルーカスはまとった波動を刀へと集中させる。

 心臓が脈動するたびに力があふれ、紅いゆらめきが刀身を超えて、炎のように燃え上がった。


 アイゼンもまた炎の宿るつるぎを構えて、口を引き結んだ。



『——つむぐは黎明れいめいの賛歌』



 並び立ったイリアの歌声を合図に、ルーカスは地を蹴った。


 まずはアイゼンを落とす。

 意気込んで距離を詰めると獅子が一頭、立ち向かって来た。


 が、破壊の力を解放した今ならば障害にもならない。


 刹那せつなに斬り抜いて、駆ける。



「おおおッ! 蹂躙せよシュトルムアングリフ!」



 獅子を模した青白い灼熱のエネルギー派が、振りかぶられたアイゼンの剣から放たれた。


 ルーカスの視界を炎が埋め尽くしたが、これもあらゆるものを破壊する力の前では無意味だ。

 

 紅い輝きを増す刀を振って、斬る。


 一瞬にして炎は掻き消え、眼前に眉をひそめて奥歯を噛み締めるアイゼンが見えた。


 ——と、その横から幻影の魔獣が数体、飛び出して来た。



『明けの明星みょうじょう 照らす道は神へのいただき

 光よ、撃ちはらえ』



 魔獣はイリアの唱歌により具象化した魔術、空に広がる魔法陣より撃ち出された閃光に撃ち抜かれて霧となった。


 視界の端にまだ魔獣の姿は見えるが、つゆ払いは彼女がしてくれるだろう。



しるべと証は此の胸に輝く神秘アルカナ



 ルーカスは歌声を耳に入れながら刃を下手したてに刀を構え、アイゼンに迫る。



「私は、負ける訳にはいかぬのだッ!!」



 気迫がこもって大きく振りかぶられたアイゼンの剣が、ルーカスの眉間目掛けて振り下ろされた。


 負けられないのは、こちらも同じだ。


 ルーカスは躊躇ためらわず破壊の力を纏わせた刀を下段から振り抜く。


 二人の刃がぶつかって、高くんだ金属音が響き渡り——。


 アイゼンの剣が砕け散った。



つむぎましょう かなでましょう

 燦爛さんらんきらめく光よちて』



 そこへ上空から放たれた無数の光が、白き鋼鉄こうてつの装甲を容易く貫通してアイゼンの四肢しし穿うがった。



「ぐッあああ!!」



 アイゼンはひざを折った。

 武器を失った上に、深手を負っている。


 手を下さずとも、しばらくは動けないだろう。






 苦戦を期したアイゼンとの戦い。

 イリアの助力により、白星が上がった瞬間だ。

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