第二十二話 空想傀儡円舞曲≪レヴリ・ド・ファントシュ・ワルツ≫

 銀に輝く二本の剣の切っ先が、白昼堂々、街中で襲って来た黒いローブの少女へと向けられていた。


「……はぁ。出来るだけ穏便に済ませたかったのになぁ」


 黒いローブの少女から、笑みが消え、冷たい眼差しが向けられる。

 鮮やかな桃の色彩の瞳とは真逆の、闇を垣間かいま見た気がして、寒くもないのに鳥肌が立った。


 少女のあかく色付いた唇が動く——。



いざなうは、幻夢の舞踏会』

「詠唱させると思ってるの!?」



 いち早く動きを察知したシャノンが地を蹴って距離を詰め、少女へ刃を向けた。


 肩を狙っての刺突が、確実に黒いローブをつらぬき——「一撃入った!」と、そう思えたが、斬られたそれは砂のように崩れて霧散した。


 そこにいた少女は、幻影だった。

 もしかしたら最初からそうであったのかもしれない。



『踊れ、踊れ、くるくると』



 詠唱は続いている。

 桃色の髪の少女たちは、周囲に視線を彷徨さまよわせ、声の主を探す。


 イリアは不思議と少女がどこにいるのかわかる気がした。


 重い頭を持ち上げて、導かれるように見つめた先——建物の屋根の上に、ローブをドレスに見立て踊る少女の姿があった。



「上、に……!」



 辛うじて発した言葉をシェリルが拾って、すかさず視線を追って少女を見つけると、氷の魔術を放った。

 氷結したマナが氷の刃となり少女を襲うが、ことごとく華麗なステップでかわされてしまう。



まどえ、狂え、此処ここはあなたの舞台ステージ



 詠唱は止まらない。

 大気のマナが高まり、集まって行くのがわかる。


 すると、シャノンが地面を蹴って露店の商品陳列棚へと跳んだ。


 並んだ商品——そこにあったのは果実——が、散乱するのも気にせず着地すると踏み台とし、布の張った屋根へ上がって駆ける。


 窓のを転々と飛び移り、少女のふところを目指している。

 遠くない距離に迫り、銀の穂先を向けてシャノンが駆けた。


 少女が慣れた動作で親指と中指を合わせて弾き、指を鳴らせば、行く手をはばむように、三匹の魔狼まろうの幻影が現れる。


 シャノンの足を止めようとしたのだろうが、シェリルの氷属性の魔術が援護するように放たれ、魔狼まろうの幻影を打ち抜いて掻き消した。


 一足で飛んだシャノンが少女に肉薄する——。


 しかし、それをあざ笑うかのように少女の唇から言葉がつむがれる。

 


『暗霧より生まれ出でよ。さぁ、いらっしゃい』



 イリアとシェリルの前方で黒霧が渦巻いた。

 マナの洪水が大気を振動させ、風が乱雑に吹きすさぶ。


 シャノンが構えた切っ先を黒いローブの少女を目掛けて振り下ろしたが——剣が触れる直前に少女は指を鳴らし、闇がその姿をおおい隠した。


 剣筋は正しく少女の居た場所を斬るが、手応えはなかったのだろう。


 シャノンはあり得ないと言った表情を見せ、一瞬にして別の屋根の上へ移動していた少女は、にやりと不敵な笑みを浮かべていた。



『主演は——うろこ持つ暴虐ぼうぎゃくしもべ! 空想傀儡円舞曲レヴリ・ド・ファントシュ・ワルツ!』



 少女の歌うような詠唱が終わると同時に、密度を増し肥大した黒い霧が一気にかたどっていく。


 吹き荒れる風が、その近くに在った、意識を失った人々の体を空へと舞い上がらせた。


 焦りをにじませたシェリルが『天翔あまかける風よ……!』と詠唱を口にすると、地面へ叩きつけられそうになる人々を風が包み、ゆっくりと降下させる。


 屋根の上のシャノンは、悔しそうな表情で少女をにらむと剣を鞘に納め、十数メートルはある高さから迷いなく飛び降りた。


 少女を追うよりも人命救助を優先したのだ。

 黒い霧で形作られて行くから引き離そうと、シェリルが魔術で助けた人々を抱きかかえ、機敏きびんに動く姿があった。


 そうしている間に幻影は形と成り——その全貌ぜんようが明らかとなる。



「な……冗談でしょ?」

「本当に何でもありですね……」



 飛び込んできたのは、灼熱しゃくねつの赤色——。


 分厚いうろこおおわれ、四本の脚には鋭い爪。

 頭頂部には角が生え、細長く瞳孔が閉じた赤の目、口角から鋭利えいりな牙が見え隠れしていた。


 尻尾の根は太く先細りしており、全長は黒いローブの少女四~五人分だろうか、尾まで合わせればもっとある。

 その体躯たいくはトカゲ等の爬虫類はちゅうるいを思わせる——伝説上の生物。


 ——ドラゴンだ。


 ドラゴンの口元に炎が集まっているのが見えた。

 個体によってはブレスを吐くものもいると言う。



(だとすればこれは……っ!)



 何をしようとしているのか、イリアにもわかった。


 焦りの表情を浮かべたシェリルが剣を手放して、重力に従い地に落ちた剣が、乾いた金属音を立てる。



『マナの光よ、我らをまもたまえ。顕現けんげんせよ、厄災をこばむ光の盾!』



 両手を頭上にかかげ、桃色の髪と白を基調とした赤の軍服をマナの風にはためかせて、彼女は魔術を詠唱していた。


 こちらへと戻ってきたシャノンがシェリルを支えるように肩へ手を添える。



守護結界ラプロテージュ!』



 光の防壁、球状の結界が周囲を包み込むように展開した、次の瞬間——ドラゴンの口から閃光と共に炎のブレスが吐き出された。


 高温灼熱しゃくねつの吐息を結界がはばみ受け止める。



(熱い……!)



 その熱量と威力は計り知れない。

 じりじりと焼けるような熱さが、結界越しでも伝わってきた。


 結界を維持するシェリルの瞳は依然強い意志を宿している。

 だが、表情は苦痛に歪んでおり、そんなシェリルの左手に、シャノンの左手が重なった。



『重ねて告げる! マナの光よ、我らをまもたまえ!』



 魔術の重ね掛けだろうか。

 シェリルの展開した結界が一瞬強い光を放ち、強度を増したように見えた。


 しかし、それも束の間。

 小さく割れるような音がして、ブレスが衝突した結界の一部が割れる。


 シャノンとシェリルは耐えるようにうめき声を上げていた。

 割れ目はピシピシと音を立て、無情にも広がっていく——。



「負ける……ものか!」

「お願い、もって……!」



 崩壊は止まらない。

 二人の想いもむなしく、結界は割れて行き——そして、ついには瓦解がかいした。


 結界の消滅と同時に、轟音と閃光が重なり、暴風が吹く。

 結界の守りでブレスの威力は減退していたが、着弾の余波からしょうじた風圧でシャノンとシェリルが吹き飛ばされた。


 イリアも荒れ狂う風にさらされ、体が地面を数メートル転がった。


 ——転がった先で、イリアは頭を持ち上げる。



(う……シャノちゃん、シェリちゃんは……)



 粉塵ふんじんが舞って視界が悪く、周囲の様子をうかがうのが困難だった。

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