第二十三話 歌は祝福 目覚める力

 ドラゴンの灼熱の吐息ブレスは、シャノンとシェリルが展開した結界魔術を打ち砕き、二人とイリアは着弾の余波に吹き飛ばされてしまった。



 イリアは痛む体と、飛びそうになる意識を保って彼女達の姿を探すが、粉塵ふんじんに邪魔されて見えない。



「ようやく静かになったかしら?」



 鈴の音——違う。

 少女の声が遠くから聞こえた。


 風が収まり、少しずつ視界がクリアになって行く。


 辺りは立ち並んだ露店が壊れ、そこに並んでいたと思われる物が散乱し、酷い有様になっていた。

 それでも被害は数店舗ほどで済んでいる。

 奇跡とも言えるが、二人が結界で凌いだ功績だ。


 イリアは再度、二人を探して視線を彷徨さまよわせた。


 ——壁際で、よろよろと立ち上がるシャノンの姿を発見する。

 左腕を押さえ、ひたいから流れた血がまぶたを伝って落ちていた。


 シェリルは——シャノンとちょうど反対側、露店のあった場所からふらりと立ち上がる姿が見えた。

 ごほっとせき込み、その唇から血がこぼれる。


 二人とも無事とは言い難く、負傷が酷い。



「ね、時には諦めも肝心よ? 死にたくはないでしょ?」



 あわれみを含んだ少女の声が聞こえる。


 悔しいけど彼女の言うとおりだ。

 このままでは二人は——。

 


「うる、さいのよ、黙ってなさい」

「物分かりが悪いのね? そんなぼろぼろになって、何が出来るの?」



 シャノンは少女の言葉を拒絶した。

 少女は理解できないと言わんばかりの声色だ。


 あと一回、同じような攻撃を受けたら——状況が思わしくないのは見てわかる。


 ドラゴンは健在だ。

 動きはないが、あの少女が指示を出せばまた再び攻撃を仕掛けてくるのだろう。


 治癒術師ヒーラーのリシアが健在なら話は違ったかもしれないが、彼女は意識を失ったままだ。



「シャノちゃん、シェリちゃん、もういいよ。これ以上は……!」



 二人を死なせたくない一心でイリアは声を上げた。

 しかし、彼女達が首を縦に振る事はない。



「騎士、に……二言は、ありま……せん。諦めなければ……道は、っ」



 シェリルが何かを絡ませたような音でせき込めば、その唇から赤いしずくしたたり落ちた。


 満身創痍まんしんそうい——そんな状態だと言うのに、二人はふらつき、よろめきながらも歩を進め、イリアの眼前へとかばい立って見せた。


 この情景を見るのはこれで三度目だ。


 シャノンは抜剣して構え、シェリルは落としてしまった剣の代わりに左手をかかげた。



「……本当に、理解できない。……馬鹿なひとたち」



 どこか寂しそうな鈴の音が聞こえた。


 そして、屋根にたたずむ黒いローブの少女が右手を上げると、それを合図にドラゴンは再び動き出し、双子の姉妹が口を引き結ぶのが見えた。


 諦めない心——そんな二人の想いに応えるようにマナはきらめきを放ち、ドラゴンに立ち向かわんとしていた。


 ドラゴンの口元から炎が噴き出ている。

 再度、灼熱しゃくねつの吐息を吐き出すつもりなのだろう。


 桃色の髪がなびく背に守られるイリアは、何も出来ない歯がゆさに唇を噛んだ。



(私はこのまま、守られるだけなの? 二人が傷つくのを、黙って見ているしかないの?)



 拳に力が入る。



(悔しい……! 私に力があれば。あの時のような、力があれば——!)



 まぶたを閉じて強く願った。

 この手に抗う力を——! と。






 ——力なら持っているでしょう?



 頭の中で声が響く。



(……誰?)



 ——私は貴女。

 貴女は私。

 ほら、思い出して。



(……だめなの、思い出せないの。考えると頭が痛くなって、真っ白になる)



 ——感じるだけでいいの。

 心で、体で。



(何を? どうすればいいの?)



 ——貴女は知っているはず。

 恐れないで。

 


(わからないよ……私は……)



 ——思い出して、歌う事を。

 貴女の心は、体は覚えているでしょう?



(——うた……)



 ——そう、歌は祝福、導き。



(そうだ、あの時も……)



 ——貴女の歌は、運命を切り開くための鍵。



(歌……私の、歌——)



 ——ね?

 もう理解できたでしょう?


 さあ、歌って。

 つむいで。

 負けないで。


 運命に、抗って——!



 「パリン」と、頭の中で硝子ガラスが割れて弾けるような音がした。

 その瞬間、かすみがかった記憶の一端が鮮明になって、思い出す。



(そうだ、知っている。私は、守られるだけじゃない——!)



 歌は祝福。


 運命を切り開くための鍵であり——武器。

 この手には力がある。



(私の……私に与えられた力……!)



 さあ、うたおう。

 この局面を打開するための歌を——。


 想いに呼応して、マナが銀のきらめきを放つ。

 ぐっと、腕に力をめ、体を起こして、舞い踊る雪のようなマナをまとわせてイリアは立ち上がった。



『——つむぐは、天よりとどく雷鳴の賛歌——』



 イリアはうたう。

 声にマナを乗せて旋律せんりつつむぐ。



「このマナのきらめき……っ!」



 少女が舌打ちし、焦りの色を見せた。



「歌……?」

「イリア……さん……?」



 歌声を耳にしたシャノンとシェリルが振り返った。

 驚きの表情を浮かべている。

 イリアは「大丈夫」と伝える代わりに笑って見せて、歌い続ける。



『天空をかけ雷霆らいてい、立ち塞がる者』



 「パチン」と、少女が指を鳴らす音が聞こえた。

 イリアのすぐ近くに魔狼まろうの幻影が現れる。

 その数は四。すかさずシャノンとシェリルが対処しようとするが——。



とどろけ』



 イリアは〝敵〟を視界にとらえると、歌と共に指差した。



おののけ』



 雷が歌声に応える。



『貫け』



 指し示した先の対象に紫電が落ち——。



『墜ちよ』



 四体の獣の幻影は雷に撃たれ、霧へと還って行った。


 シャノンとシェリルはあっけにとられた様子で息を飲んでいた。


 幻影の消失を確認した黒い少女がすかさず右手を上げ、振り下ろすと、牙をのぞかせたドラゴンの口が開く。


 灼熱しゃくねつの吐息の前兆だろう。


 シャノンとシェリルが眉をひそめている。

 「もう一度結界を……!」と、詠唱の準備をする二人を追い抜いて、イリアはドラゴンの前へ立った。



「イリアさん、危ないからどいて!」



 シャノンの危惧きぐする声が聞こえた。


 でも、心配はいらない。



(この場を守る力が今の私にはある)



 その手段も自然と理解出来た。


 

『聖なる守りの讃歌——神なる光は旋律せんりつに宿る』



 そう、詠唱にもう一つの旋律せんりつを織り交ぜればいい。

 イリアは右手をかかげ、歌う。



『厄災をはばめ、清浄なる聖鎧せいがいの守護』



 マナを含んだ風が吹く。



 純白の羽根を思わせる、視覚化したマナがまばい光を放ちながら広範囲に、そして球状に広がって——その最中、ドラゴンから灼熱しゃくねつの吐息が吐き出された。


 熱と閃光がその場を支配する。


 ——けれど、問題はない。

 魔術は正常に発動している。


 展開したのは〝神聖翼壁結界ディ・ルミネプロテージュ〟。

 周囲を包む光の障壁が熱を遮断し、ブレスの威力を殺して衝撃を拡散していく。



「結界……」

「この、光……、神聖……魔術」



 背後からつぶやくような声が聞こえた。

 受け答えする間もなく、イリアは歌い続ける。


 守るべきものを護り、立ち塞がる敵を撃ちはらうために。


 歌声を響かせる——。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る