第二十一話 高潔なる双子の騎士

 白昼の商店街マーケットで襲って来た、幻影を操る黒いローブの少女。

 イリアと住民を守るため、双子の姉妹は戦い続けていた。



「シェリル、お兄様に連絡は?」

「何度も試していますが、繋がりません。……妨害されていますね」

「そう。異変に気付いてくれるといいんだけど」

「警備の騎士が駆け付ける様子のない点をかんがみるに、かなり広範囲に影響が及んでいるのでしょう」



 調律アコルディと言った魔術による効果なのだろう。

 シャノンとシェリルは会話を交わしつつも、一糸乱れぬ動きと連携を見せる。


 切り裂き、突き——遠方の敵には詠唱破棄した下級魔術を放ち、眼前に迫った幻影は薙ぎ払う。


 華麗な剣捌けんさばきに、黒いローブの少女は「わあ、すごーい!」と拍手喝采かっさいだ。



「それにしても驚きよ。そんな扱い辛くて有名な、風化した魔術を使いこなすなんて。……でも、あんまり頑張られると、私も困るのよね」



 少女が両手を合わせると、小気味よい乾いた音が響いた。

 魔狼まろうが生まれる時よりも、色濃く重厚な霧が集まって行く。


 ——霧が形作ったのは小柄な少女の二倍近くの大きさの、どっしりとした獣。


 耳は先が丸く、強靭きょうじんあごに牙、力強い脚部に鋭利えいりな爪が光っている。


 全身は金色こんじきの短毛に覆われ、うなじから肩近くに生えた立派なは炎のように燃えており、細長い尻尾の先も同様に炎がともっていた。


 ——獅子ししである。

 その瞳は魔獣特有の赤色だ。



金獅子きんじし!? 幻影ってのは、何でもありね……!」



 魔狼まろうを斬る手は休めずに、吐き出すようにシャノンがぼやいた。


 少女は〝金獅子きんじし〟と呼ばれた獣のあごを撫でて見せている。

 獣は瞳を細めリラックスした様子で、いまにもごろごろと鳴きだしそうだ。



「ふふ、可愛いでしょう? さ、遊んでらっしゃい」

「グオァアアア!!」



 金獅子きんじしが低くて力強い咆哮ほうこうをあげる。

 声音にビリビリと一面が振動するかの様だった。


 鋭利えいりな爪の光る前脚がぐっと沈み、次の瞬間にはその駿足しゅんそくで、一気にシャノンへ詰め寄った。


 シャノンが剣を盾に、速度に乗った躯体くたいを受け止めている。

 今にもみつかんと暴れ、大きく開かれたあごに、き出しの鋭い牙がシャノンに迫る——。



「全っ然、可愛くないんだけど!?」



 シャノンのひたいからは汗が流れ落ちていた。

 腕は小刻みに震えており、巨体を受け止めるだけで精一杯な様子がわかる。


 何とか金獅子きんじしあごからのがれ距離を取るも、間を置かず再度飛び掛かって来る相手に反撃の余地がなく、防戦をいられていた。


 一方のシェリルは、依然として産み落とされる魔狼まろうの幻影に対処しており、シャノンの状況は把握しているのだろうが、一寸の余裕もなさそうだった。


 ——激しい攻防が続いていく。


 シャノンとシェリルは善戦しているが負傷を重ねて、イリアはそんな二人を、意識が飛ばない様にこらえて、ただ見ているしかなかった。


 すぐ傍で倒れるリシアは目覚める気配がない。



(胸が……痛い。二人が傷つくところを見るのは……辛い)



 地についた拳をイリアは握り締める。



(あの子は……私を迎えに来たって言ってた。

 なら、私……私が、あの子と、一緒に……行けば……)



 シェリルとシャノンが傷つく事もなく、事態は収まるのではないか。


 このままでは二人が——関係のない街の人たちにも危険がおよぶ。



(……そうなる前に、私が……)



 そんな考えが頭をよぎった。


 本音を言えば、嫌だ。

 行きたくない。

 「逃げろ!」と、自分の中の何かがずっと叫んでいる。


 けれど——彼女たちが傷つく姿を見るのはもっと嫌だった。


 ふらつく頭を押さえて、意を決し前を向く。

 そうすれば、魔狼まろうと踊るシェリルの真紅しんくの瞳と目が合った。


 状況はかんばしくないと言うのに、彼女の瞳は力強い輝きを放っている。

 諦めなど微塵みじんと存在していないその輝きに、イリアは驚きを隠せなかった。



「イリアさん、変な事は考えないで下さいね」



 シェリルはイリアが何を思ったのか悟ったように語る。



「私もお姉様も、決して諦めません! ——だから!」



 魔狼まろうの群れが迫っていた。

 シェリルは向かって来た魔狼まろうの一体を踏み台に、宙へ飛び上がる。


 わずか数秒の滞空時間、その中で——。



『極寒の息吹。雨となり降り注げ! 凍結輪舞雨グラス・ロンド!』



 口早に魔術を詠唱して見せた。

 無数の小さな、けれどするどい氷塊が、シャノンとシェリルの捕捉した敵へと降り注ぐ。


 精密な操作技術だ。

 ただの一つも、意識を失った住人に当てるような誤射はない。


 出現していた魔狼の幻影を一網打尽に貫き、金獅子きんんじしには不意打ちによる打撃を与えていた。


 予想外の攻撃に、獅子の巨体がよろめく。

 シャノンはその隙を見逃さず、剣のを強く握りしめた。



「やあああ!」



 シャノンがひたすらに剣を振るう。

 速度の乗った剣が銀の軌跡をえがいて、獲物を斬って、突いて、薙ぎ払い、また斬って、突いて、斬る。


 迅速じんそくの剣から繰り出された剣戟けんげきの舞は、黒霧を舞わせ、金獅子きんじしを圧倒していった。


 そして——着地したシェリルが、金獅子きんじしの背後から『ちよ!』と短く詠唱すれば、氷の魔術が放たれる。



 先ほどと同じく、けれど幾分大きな氷塊が脳天目掛けて撃ち落とされ、その攻撃を受けた金獅子きんじしは黒い霧となって霧散した。


 その間、数秒。

 まさに一瞬の出来事だった。


 幻影が一掃され、シャノンとシェリルはイリアの前へ立ち並ぶ。

 少女は驚きのあまり声を吞んで、しきりにまぶたまばたかせていた。



「イリアさんは安心してそこで待っていて」

「ええ、わたくしたちに任せて下さい」



 にっとほがらかな笑みをシャノンが見せ、シェリルも温和おんわな微笑みを見せている。



「シャノちゃん……シェリちゃん……」



 ここに居ていいと、繋ぎとめてくれる。

 彼女たちのまぶしい笑顔に、頼もしい背中に涙が出そうになった。

 

 二人は前方へ向き直り、銀色に輝く剣の切っ先を、再び黒いローブの少女へと向け宣言する。



「騎士として、この剣にけて、守り抜く!」



 張りのある力強い口調。

 シャノンとシェリルのりんとした声が、同調シンクロして響き渡った。

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