第九話 彼女は——。
久方ぶりに集まった幼馴染達に、銀髪の歌姫——イリアの素性を
彼女と出会ったきっかけ。
ルーカスが大切な人を亡くした、戦場での出来事を——。
思い出して
それでも、答えなければ話は進まない。
ルーカスは重い口を開いて伝える。
「……彼女は——
ルーカスの言葉に、二人が笑みを消した。
彼女は
時に魔獣と言う
歌声を響かせて
「旋律の戦姫……。それに、アディシェス帝国とぶつかった〝ディチェス平原の争乱〟——そういう事か」
「……あれは、地獄だったな」
〝六年前〟、〝戦場〟の単語に、あの戦を前線で経験したゼノンとディーンは当時を思い起こしたのだろう。
戦いとは
帝国軍だけでなく、魔獣が戦場に現れたのも一因だ。
ルーカスは混迷とする中で、大切な人——。
婚約者を亡くした。目の前で。
彼女はこの国の第一王女、ゼノンの妹だった。
(……カレン)
彼女の
それ以上思い出せば、
重苦しい空気に支配され、室内は静まり返っている。
そんな中、ディーンが無言でティーポットからカップへ紅茶を
「……父上と
ゼノンが沈黙を破り、問い掛けた。
ルーカスは首を縦に振る。
「ご
「そうか。まさかルーカスの保護した歌姫が、教団に
「その名は誰もがよーく知ってるが、顔を知る人間は極わずか。面識のあったルーカスだからこそ、気付けたって訳だな」
紅茶を飲み終えたディーンが、カップを置いてソファの背もたれへと体を沈めた。
名は知られているのに、容姿が周知されていないのは、彼女が近付き
ルーカスはあの戦乱でイリアに
彼女が仮面を被る理由は、人目を
教団の主神である創造の女神。
かの神は銀髪、青目の見目麗しい女性の姿をしていた、と
イリアの容姿の特徴は、見事に女神と合致する。
美しさに罪はないが——彼女のそれは、人を
そのような理由から必要以上に目立たないよう、
「——で、どうするつもりなんだい?」
ゼノンが
(どうする……か)
ルーカスはカップの中でゆらめく飲みかけの紅茶を見つめた。
そうしてカップへ手を伸ばし——紅茶を一気に飲み干す。
彼女が発見された状況は、不可解な点が多い。
加えて一週間という時間が流れたのに、教団が沈黙を保ったままでいる事も不可思議だった。
(沈黙は対面を保つため、とも考えられるが……何かするにしても、情報が少なすぎる)
ルーカスは空になったカップをテーブルの上へ戻して、ゼノンに向き直った。
「あちらの内情がわからない事には下手に動けない。今のところ彼女に関する情報は、
ゼノンが
「それは……本当に必要な事か? 彼女を保護している事を、内密に伝えれば済む話では?」
ゼノンの意見は
しかしルーカスは、教団の内情をほんの少しだが
だからこそわかる。
あそこは表に見える綺麗な面が全てではない、と。
「彼女の事を抜きにしても、内情は知っておくべきだ。あの国の影響力は、ゼノンもわかっているだろう? 何かが起きているのなら、世界を巻き込む一大事に発展する可能性だってあるぞ」
「なるほど、一理ある。けれど、一筋縄には行かないだろうね」
緊張の続く情勢下、王国の間諜はあらゆる国に根を張っている。
神聖国も例外ではない。
しかしかの国は、叩いても
つまるところ、完璧な情報統制が
「……
「国境から帰ったばっかりだって言うのに? 団長様は人使いが荒いな~」
「悪いな。信頼して任せられるのは、お前だけなんだ。それに好きだろ? 海外旅行」
ルーカスは強行軍で申し訳ないと思いつつも、言葉に遊びを
ディーンはケーキスタンドからスイーツを一つ選んで口へ放り入れ、「まあ嫌いじゃないよ」と、笑って言葉を続ける。
「……仕っ方ないなぁ。恋する親友のためにひと肌脱ぎますか。神聖国に愛の逃避行~! なんてな」
おどけた様子のディーンが、ウィンクをした。
面白い事を見つけると真面目な場であっても、人を
「……まだそのネタを引き
「ここでかよ!? 少しは休ませろよ!?」
ルーカスは瞳を細めて口角を上げると、
ゼノンがこちらのやり取りを素知らぬ顔で見つめながら、ティーカップに
「触らぬ神に祟りなし」とでも思っているのだろう。
そんな不毛な言葉の
鳴ったのはルーカスのリンクベル。
ルーカスはピアス型のそれに触れ、すぐさま応答した。
『ルーカス様、お仕事中にご連絡を差し上げ、申し訳ございません』
聞こえて来た声は、年配の男性——グランベル公爵邸の執事長からの通信だった。
職務中に連絡とは珍しい。
よほど急ぎの用事があるのだろう、とルーカスは考えた。
「大丈夫だ。どうした?」
『それが……先ほど、お客様がお目覚めになりました』
「お客様」とは——恐らく、いや、間違いなくイリアの事だろう。
彼女が目覚めた。
それを聞いたルーカスは、勢いよくソファから立ち上がる。
「がたん」と大きな音がしたが、それどころではない。
「医者の手配は済んでいるか?」
『はい、
「わかった。こちらもすぐ戻る。くれぐれも
『かしこまりました。道中お気をつけてお戻り下さい』
通話を終える。
ルーカスは急ぎ足で部屋の扉へと向かった。
彼女の無事を確認し、何があったのか聞かなければ、とその一心からだ。
部屋の扉を開け放ったところで、「ルーカス?」「おーい、どしたー?」と呼びかける幼馴染達の声が耳に入り、彼らに視線を向けた。
「ゼノン、悪いが話はまた今度。ディーン、任務の報告は報告書にまとめて提出しておいてくれ。後で確認する。次の任務の詳細は追って連絡する」
ルーカスはそれだけ告げて、二人の返事を待たずに部屋を出た。
乱雑に扱った扉が、閉まる際にバタンと大きな音を響かせるのを聞きながら駆ける。
目覚めた彼女が待つ、
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
おまけ。
ルーカスが立ち去った後の二人の様子+ディーンの心境。
部屋に残されたゼノンとディーンは、矢継ぎ早に告げ、立ち去ったルーカスの出て行った扉を、
「『ネタ』ねぇ。あれはどう見てもベタ
「また君はそういう事を言う。ルーカスが聞いたら怒るだろうね」
けれど
(冷静沈着でストイックなルーカスが、仕事を放り出してまで気に掛ける相手、ねぇ)
彼女の正体が何であれ、普段のルーカスからは想像もつかない行動で、興味が
ゼノンもそれは同じだったのだろう。
思いがけず面白いネタを掴んだと言わんばかりに、ほくそ笑んでいる様がみえた。
そんなゼノンの表情に、ディーンはケーキスタンドに並んだスイーツを頬張りながら思った。
腹黒王子のお出ましだ——と。
今後このネタをダシにどんな
ルーカスが良い様に転がされる姿を想像して、哀れになった。
ほんの少しだけ。
(ま、面白いからいっか)
ディーンはルーカスの健闘を祈りつつ、また一つ、スイーツを口へ運んだ。
(それに、恋も遊びも、楽しまなきゃ損だからな)
ルーカスが心に傷を抱えているのは知っているが、いつまでも過去に囚われず、もっと人生を
(カレンもゼノンも、それを望んでるだろうよ)
過ぎ去った過去は戻らない。
時は無常に過ぎ去り、未来は続いて行くのだ。
だからこそ思う。
真面目で不器用な幼馴染が、自分の気持ちに正直に、これからの日々をもっと楽しく過ごして欲しい、と。
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