第十話 見知らぬ場所
そよそよと何処からか吹き込む
——
(ここは……私は、確か——)
覚醒したばかりで上手く思考が働かない。
でも、少しずつ、ゆっくりと直前の事を思い出してみる。
リシアと名乗った少女との出会い、花が咲いたような笑顔、
(……歌……)
あの時は不思議な感覚だった。
眼前に広がる
まるで昔から知っていたかのように。
それ以前の事は——思い出そうとすると、やはり記憶に
そよぐ風が肌をくすぐり、流れに
起き上がり、ベッドから一歩踏み出してみる。
一歩、また一歩と進んで、窓辺に辿り着くと、開け放たれた窓からテラスへと足を運ぶ——。
外へ出ると一瞬、
「綺麗……」
力強く咲き
吹き付ける風が銀の髪糸を
(ここはどこだろう? 私は……どうしてここに?)
振り返って、部屋の様子を確認する。
上品で気取らない、品の良い家具で内装が整えられている。
ベッド以外に、くつろぎのスペースもあって、多分一般的な部屋よりも広いと思われた。
そして、テラスから見える外観は、部屋と直下の地面までは距離があり、ここが二階である事を
左右に目を向けると壁に窓があって、部屋らしき場所がたくさん見え、大きな邸宅である事が
庭園もそれにふさわしく広く、邸宅の境界線はずっと先だ。
境界線の先には他の邸宅の屋根が見え、はるか先には大きな建物——お城の様な建物が
部屋にも、外の景色にも、もちろん見覚えはない。
記憶が抜け落ちてしまっているのだから当然とも言える。
無我夢中で歌ったのは覚えているけれど、ここにいる経緯はまったく思い出せなかった。
「お目覚めに……なられたのですね」
急に背後から女の人の声が聞こえた。
くるり、と振り返り確認すると、金色の髪を束ねた
黒地のワンピースタイプの服に、白のエプロンを着用している。
(この家の使用人……侍女さん?)
その人はこちらを見て——何故か動きを止めた。
(どうしたんだろう?)
首を
「お医者様をお呼びしますね。お嬢様、どうかこちらへ。お部屋の中にてお待ち下さい」
「えっと……、わかりました」
お嬢様と呼ばれた事に、言い知れぬくすぐったさを覚える。
言われた通り部屋へ戻ると、寝ていたベッドへと腰を下ろした。
自分の置かれた状況を把握出来ないが、目覚めた時の部屋の様子や、訪れた侍女と思われる女の人の
考えを
ショールのようだ。
「こちらで少々お待ちください。すぐに戻ってまいります」
そう告げて、彼女は部屋を後にした。
扉が閉まるとパタパタと走る足音が聞こえ、遠ざかっていく。
寝間着は半袖で、少し肌寒い感じもあったのでちょっとした
——程なくして、先ほどの侍女と一緒に男性が部屋を訪れた。
男性は白衣を身に纏っており、「ファルネーゼ
そしてここは「グランベル
聞き覚えは、やはりない。
ファルネーゼ卿と対面する形で、いくつかの簡単な問診が
怪我を負った箇所は痛まないか、貧血はないかと言った質問や、魔術による身体状況の確認をされた。
その結果——。
「怪我も治っているし、これと言って異常はなさそうだね」
異常なしと診断が下った。
診察は終始、
「どうかな? 何か気になる事はあるかな?」
気になる事と問われ——何も思い出せない事を話すべきか、迷う。
親切にしてくれたとは言え、知らない人に話すのは緊張するし、少し怖い気持ちがあった。
だが
勇気を出して「実は」と話を切り出す。
「……思い、出せないんです。名前も、自分が誰なのか……も。私を治癒してくれたあの子、リシアさんと出会う以前の事が、何も」
「記憶が……ふむ」
隣に
ファルネーゼ卿は
沈黙が流れ、もどかしさが
(どう……思われたかな)
この人たちは「面倒な事になった」と、困った笑いを浮かべるだろうか。
(何もわからないのに、もし見捨てられたら——。
この先、どうすればいいのかな……)
不安が心に降り積もり、自然と顔が下を向いてしまう。
ぎゅっと拳を握り、
——すると、頭に温かな何かが乗せられた。
「記憶がなくて心細かっただろうね。何、心配はいらんよ」
ファルネーゼ
見れば
「
高めの声でゆっくりと、ファルネーゼ卿は話した。
(優しくて、あったかい)
不安に思っていたのが嘘のように心が晴れて行く。
意図せず瞳から、
「……ありがとう、ございます」
リシアさん、侍女さん、お医者様——記憶を失って、目覚めた時に出会ったのは幸運にも優しい人たちだった。
優しさが嬉しかった。
安心したら涙が止まらなくて、次から次へと
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