第十一話 【太陽】と【悪魔】の円舞曲(ワルツ)②

 イリアはアインが生み出した幻影の不死鳥フェネクスと魔獣の群れに対し、歌を響かせて戦い続けていた。



『——閃光せんこうよ、り入りて響き合え 暗なる霧を撃ちはらう〝神翼の聖槍ディ・エール・ジャベリン〟』



 そらから光の槍が降る。


 貫かれた幻影がきりへとかえり数を減らすが、槍から逃れた不死鳥フェネクスは悠々と飛翔ひしょうしていた。



紫電しでんよ駆け抜けて』



 先に発動していた〝神聖なる雷光ディ・アラージュ・エクレール〟の歌をイリアが口ずさむと、いかずち不死鳥フェネクスに向かって落ちる。

 

 だが、不死鳥フェネクスはそれを予想していたようで、易々やすやすかわされてしまった。


 旋回した不死鳥フェネクスが一瞬止まり、両翼を大きく広げる。


 そうしてあおぐように翼を羽ばたかせると、抜け落ちた羽根が炎をまとって飛来した。


 こちらを目掛けて降り注ぐそれをイリアは軽やかに跳んで避け、うたう。



『光よ燦々さんさんきらめいて 響け、共鳴のうた



 これよりつむぐのは二曲をぜた歌。

 周囲のマナが銀と紫、二色にきらめき、粉雪のように舞った。



『慈悲はらず おののきなさい』



 地に足を着いて、照準を定めるがごとく剣先を不死鳥フェネクスへ。


 そらが輝き、魔術の神秘しんぴる。



葬送の神雷翼槍ディ・フィネライユ・エクレランツェ!』



 不死鳥フェネクスの四方八方に出現したまばい光の槍が、その身に突き刺さる。

 次いでてんより神のいかずちが下った。



『ギエエェェ!!』



 不死鳥フェネクスが、不快な悲鳴を発して地へちる。


 追い打ちにもう一本、空から槍を落として躯体くたいを地へ縫い止め、避雷針とした槍へ紫電を走らせた。


 不死鳥フェネクスが霧に還るまで、新たに生み出された幻影が消え去るまで——光と雷の共鳴歌、葬送そうそうの讃歌をうたう。


 視界にとらえた敵は、一体たりとも逃さない。



「あはッあははは! すごいわ、本当に! 〝破壊〟と〝崩壊〟にもおとらない、その力があれば、あらゆるものをめっせるわね!」



 隆起した結晶のいただきで、アインが笑っている。


 イリアはアインへ向かって槍を飛ばし雷を落とすが、彼女は着弾する前に霧へまぎれてしまう。


 仮に命中させても、身代わりの幻影だった、なんて事もざら。



「でも、甘いなぁ。何も考えずその力を使えばいいのに。そしたらみーんな簡単に吹き飛ばせるでしょう?」



 別の結晶の上に現れたアインが、あやしく輝く、鮮やかな桃色ロードクロサイトの瞳で見下ろしてくる。


 確かにやろうと思えば可能だろう。

 【太陽】の持つ灼熱の輝きをもってすれば、一帯を焦土しょうどへ化す事も。


 けれど、それでは意味がない。

 目的を見誤ってはいけない。



「私がこの力をふるうのは、守るためよ。無意味な破壊と殺戮さつりつのためじゃないわ!」

「【太陽レーシュ】はいつもそう。使徒の本能というかせに、誰よりもしばられているのよねぇ」



 つまらないとでも言いたげに、アインは頬へ手を添え「ふぅ」と息を吐いて唇をとがらせた。

 それからいた手でパチンと指を鳴らす。


 濃霧が集まり、たちどころに形を成して——不死鳥がまたも復活をげた。

 


「まあ、私はレーシュと遊べて楽しいからいいけどね♪ さ、次も華麗に舞ってせて」


 

 魔獣の幻影も次々と霧から生まれで、イリアへ向かって来る。



(キリがない……!)


 

 それでもこの状況を切り抜けるには、戦うしかない。

 イリアは引き結んだ唇を動かし、うたい、宝剣を振りかざして魔獣と踊る——。



(アインの不死鳥フェネクスも私の歌と同じ、継続型の魔術)



 この場はマナにあふれているため、マナが不足する心配はない。


 そうなると不死鳥フェネクスを止めるには術者本人をどうにかするか、あるいは術者と魔術の繋がりを断ち切る必要があった。


 術者本人を補足し難いのであれば後者を狙うしかない。


 だが、何度魔術を撃ち込んでも復活するところを見ると、自分の力ではそれが出来ないのだろう。


 このままではいたちごっこだ。


 延々と決着しないまま、円舞曲ワルツを披露する事になってしまう。


 イリアは思考する。

 どうするべきか、と。






 ——かくして、思う。


 破壊の力なら——と。


 

(記憶を取り戻した今だからわかる。

 エターク王家に伝わって来た〝破壊の力〟は、使徒の神秘アルカナ、女神様の力の対極に位置する力)



 女神様の力で作られたこの世界の、あらゆるものを破壊出来るのもそのためだ。


 ノエルに封じられてしまったが、ルーカスの持つあの力なら間違いなく不死鳥フェネクスを消し去れる。



(……本当はあまり使うべきじゃない。でも……)



 イリアは離れた場所で戦うルーカスを見つめた。


 あちらは三対一。

 聖騎士長アイゼンと、神秘アルカナによって顕現けんげんした獅子しし二対と対峙している。


 善戦はしているが苦しそうな状況だ。


 そしてさらに向こう側で戦う王国騎士の皆は、かなり危ない状況におちいっていた。



(——このままじゃ、だめ……っ!)



 剣を握るイリアの手に力がこもる。



「戦いの最中に考え事~?」



 鈴のような声と、指をはじき鳴らす音にイリアはハッとした。

 ほんの一瞬、思考にふけっている間に、視界の外に生み出された魔狼が迫っていた。


 鋭い牙の生える大口を開けて、飛び掛かって来る。


 イリアは素早く後方へ飛び『光よ——』と旋律を響かせ、光の槍を落とした。


 肉薄する寸前で魔狼は霧へ還る。

 が、空から火の粉を振り撒き、突進して来る不死鳥フェネクスの姿が見えてすぐさま次の旋律をつむぐ。



「そうそう、その調子。リズムに遅れちゃダメよ? しっかり音楽を聴いて、ステップを踏んで、回ってドレスをひるがえして——」



 ゴシック調の黒いスカートのすそつまんで、くるりと回転ターンを決めた後、アインは両手のひらを打ち鳴らし、再度魔獣を生み出した。


 ——考え事をする間も、休んでる暇もない。



(女神様の代理人である私なら、きっと出来るのに。ノエルのほどこしたじょうを、外す事が……)



 しかし、こころみようにも風向きが悪い。

 今はアインを抑えるために、うたって踊る事しか出来ず、逼迫ひっぱくする戦況にイリアは焦りをつのらせる。


 果たして、契機けいきの星が巡る時は、来るのだろうか——と。

 弱気になってしまいそうな自分がいた。


 それでも、戦い続ける。

 「諦めなければ道は開けるわ」と、ささやく内なる声に導かれて。

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