第十二話 親の背を見て子は育つ 忠義の騎士②

 聖騎士長アイゼンと対峙するルーカスは、彼の持つ神秘アルカナの力に厳しい戦いをいられていた。


 前後左右から襲い掛かって来る獅子ししを相手取りながら、アイゼンの剣をさばく。


 しかし一太刀も受けないというのは難しい。

 さばき切れなかった攻撃が、ルーカスの体にきざまれて行った。


 獅子はうなりも上げず死角から襲って来る。

 今もそれに対し、気配を頼りに刀を横ぎに斬り払った。


 しのぎ部分に当たった獅子が吹き飛んで行く。

 その様子を目で追っていると——「ふんッ!」と言う掛け声が聞こえ、アイゼンの剛剣が振り下ろされた。


 ルーカスは剣をはじいて、後方へ飛ぶ。

 と、態勢を立て直した獅子が追って来るのが見えた。



『逆巻け炎よ! 焼き尽くせ! 炎の竜巻フラム・トルネ!』



 口早くちばやに魔術を詠唱。

 ルーカスの心象イメージ具象化ぐしょうかした渦巻く炎の柱が、追って来た獅子の前で立ち昇った。


 ルーカスは着地した先で汗を拭い、呼吸を整える。



(……まずいな、このままだと消耗戦だ)



 獅子の躯体からだはまるで炎のようで斬り伏せても手応えがない。

 一瞬、散らせたとしても、炎をまとってすぐに復活した。


 アイゼンを叩こうにも獅子にはばまれ、獅子の相手をしているとアイゼンの剣が容赦なく振られる。


 絶えず三対一の状況が辛かった。



「剣術だけでなく、一瞬のすきに魔術を詠唱してみせる集中力の高さと判断力、お見事です」



 アイゼンから称賛の声が聞こえたが、皮肉でしかない。


 純粋な剣技の勝負であれば引けを取らない自信があるというのに、思うように攻め込んで行けなかった。



(それに……アイゼンを下して終わりではない)



 ルーカスは奥に控えるノエル——悠然ゆうぜんと微笑をたたえてたたずむ彼へ視線を向けた。


 ノエルを止めなければいけないのだ。

 前哨戦ぜんしょうせんで敗北する訳にはいかない。


 「勝つ!」と思う気持ちだけは強くあるが、数の不利がそれを許してくれなかった。


 炎の竜巻が消え去り、アイゼンの剣がルーカスへ迫る。

 ルーカスは剣筋に合わせて、刃の角度を変えて受けた。


 打ち合った箇所から、火花が散る。

 何度受けてもアイゼンの剣は重く、油断すれば押し負けてしまいそうになる。


 両足で踏ん張り耐えていると、獅子がルーカスのあしに食らいついた。



「——ぐッ! おおぉ!」



 ルーカスは痛みをこらえてアイゼンを押し返す。

 と、刀を振り切って、食らいついた獅子を斬った。


 もう一頭の気配が背後から迫る。

 振り返り、斬る。


 息付く間もなく、再度アイゼンの剣が振られ——鍔迫つばぜりり合った。



(負けられない。

 負ける訳にはいかない!)



 胸の内で強く、熱く、闘志とうしが燃え上がる。

 如何いかに状況が厳しくとも、この炎が消える事はない。


 想いを力とし、刀にめれば「ギギギッ」と金属のれ合う音が聞こえた。



「忠義に厚く、信念を通すための実力を兼ね備えている。このまま斬り捨てるには、あまりに惜しいな」



 汗一つかいていない男が、眉根を下げた。

 勝利を確信しているかのような物言いだ。



「ならば、降参でもしてくれるのか?」

「君がそうすると言うのなら、我々は喜んで君を受け入れよう。今からでも遅くはない。同志として、共に歩まないか?」



 高慢こうまん傲慢ごうまんな誘いに、ルーカスは眉をひそめる。



「不条理を押し付ける、片棒をかつげと?」

「我々は間違いを正そうとしているだけだよ。一人を犠牲とする事で成り立つ楽園を、正常な形とするために」

「笑わせるな! 貴方達がそうしている事の本質は、女神の血族を神聖核コアとして捧げて来たこれまでと何ら変わらない。〝個人〟を〝不特定多数の人間〟にげ替えるだけだ!」

「——私の妻は! 十九じゅうく年前、楽園を守る為に神聖核コアとなった! 大切な者を失った事がある君なら、そして今イリア様に寄り添う君なら、この痛みが理解出来るだろう!?」



 声を荒げたアイゼンに、ルーカスは目を見開いた。


 彼が戦う理由。

 単に使徒として教皇の意思を尊重しているだけではなく、自分と同じような葛藤かっとうを抱いた事があるのだと思うと、動揺した。


 動揺した事で力がゆるみ、ルーカスの刀はアイゼンに押し切られた。

 だが、アイゼンがそのまま攻め込んで来る事はなく、双方距離を取る。


 畳みかける好機こうきであったというのに。

 彼がそうしなかったのは、同じ境遇に置かれたルーカス自分なら、考えに賛同するはずだと思ったからか。


 ルーカスが刀を構えてアイゼンを見据みすえると、獅子を従えた彼は目頭を押さえていた。


 大切な者を失った悔しさ、喪失感そうしつかんから来るかなしみをこらえているように見える。


 アイゼンが言うように、気持ちはわかる。

 ともすれば「万が一の時は」と、考えてしまうおろかな自分がいるのも確かだ。


 しかし、だからと言って、何かを犠牲にする事で守られる楽園の仕組みを、彼らの考えを、あらがいもせず容認する事はルーカスには出来なかった。



術式改変リベレイションによって、この惑星ほしに生きる者の全てが、惑星ほしを生かすための責務を負う事になる。特定の一個人に背負わせるよりよほど健全だ」

「だがそのために、見知らぬ誰かに悲しみをいる事になる。それを健全と言えるのか?」

「それでも私は、あの子達を守ると決めた。矛盾は承知の上」



 敬語を取り払い、胸の内を語るアイゼンの瑠璃色ラピスラズリの瞳には強い意思が感じられる。


 あの子達とは誰の事を指すのか。


 ルーカスはおもんばかるが、アイゼンは直ぐ答えを口にした。



「聖下とイリア様は、妻の血縁なのだよ。私自身に血の繋がりはないが、親族、家族——いや、我が子の様に思っている。

 ……そう思うのは烏滸おこがましくもあるのだがな」



 物憂ものうげにアイゼンが笑う。

 イリアとノエル、二人の家族はお互いだけだと思っていたので、思い掛けない事実だ。


 そして——「我が子の様に思っている」との言葉に、ルーカスは沸々と込み上げる怒りを感じた。


 そのように思っているなら、何故——と。


 感情がルーカスの体を突き動かす。

 刀を握り締めて踏み込み、一足でアイゼンに迫った。



「ならばなおの事……! 我が子が誤った道を進もうとしているのなら、気付かせてやるのが親の役目だろう! 方法が見つからないというなら、一緒に探し、悩め! 安易な手段に甘え、考える事を放棄するな!」



 下段から目一杯の力で刀を振り抜く。


 アイゼンは瞬時に反応して見せたが、渾身の力を籠めた太刀がアイゼンの銀の剣を弾いた。



「くっ!?」



 反動でアイゼンがよろめき、後退して行く。

 彼に代わって傍に控えていた獅子がルーカスへ向かって来た。


 ルーカスは獅子を視界にとらえ、刀を振る。


 二頭の獅子に合せて二振り。

 一刀の下に斬り伏せた。



「子は……親の背を見て育つんだ! 貴方が手本を見せなくてどうする!」



 刀に感情を乗せて、体制を立て直したアイゼンへ向かって行く。


 ——ルーカスもそうだった。

 騎士を志したのは、単に軍人の家系であるからだけではない。


 刀をたずさえ戦場を駆ける父の背を見て来たから。

 大切な者を守るため、信念をして戦う姿に憧れたからだ。


 父は強かった。

 強いだけでなく優しく、厳しくもあった。


 自分が悩んだ時には手を差し伸べ、間違えた時にはいさめ、愛情で包み込んでくれた。


 母も同じだ。

 型破りで自由奔放ほんぽうな人だが、自分を思いってくれる。

 必要とあらば憎まれ役を買ってでも、幸福を願って行動を起こしてくれた。


 全ての親が、ルーカスの両親のようにるとは思っていないが——それでも。



「心から思っていると言うのなら、向き合う事から逃げるな!」

「言うだけならば、幾らでも出来る……!」



 振り下ろした刀をアイゼンがしかと受け止めた。

 先程のように力ではじく事は出来そうにない。



「俺は思考する事を放棄しない。故に、貴方達の考えに賛同する事はない! 諦めず戦って、勝利を掴む!」

「ならばして見よ! この困難を乗り越えて! 大それた妄言でない事を、私に示して見せよ!」



 アイゼンの剛腕が、ルーカスの刀を押し退けた。


 ルーカスは落ち着いて距離を取り、刀を握り返す。


 二頭の獅子がアイゼンのかたわらで復活するのが見えた。

 獅子はそのまま向かって来るのではなく、その身を青く燃え盛る炎へ転じ、アイゼンがその炎を剣にまとった。



蹂躙せよシュトルムアングリフ!」



 上段より勢い良く振られた剣から獅子を模した炎、高エネルギー体となった灼熱の炎塊が二つ、ルーカスを狙い放たれた。



「く……っ!」



 熱波がちりちりと肌を焼く。


 蒼白い炎が、もだえるような痛みをもたらす。

 けれども最後まで、ルーカスの心が折れる事はなかった。

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