第九話 秘めたる切り札≪ジョーカー≫ 王国騎士と女神の使徒②

「ほら、おしゃべりしてる暇なんてないぞ?」



 ベートが杖を鳴らす音が聞こえて、風刃の乱舞と、氷塊ひょうかいの嵐がロベルト達を襲った。

 魔術に紛れて、ラメドの剣閃も変わらずに走る。



「ったく恐ろしいな!」



 魔術を大剣で掻き消し光の衝撃波を避けたディーンが、短く文言を唱えて武器に炎の魔術をまとわせた。


 ロベルトは攻撃に転じる姿勢を見せたディーンの援護に、強化魔術を唱える。



『駆けよ、疾風はやてごとく! 風纏・加速レジェ・レゼール!』

ふるえ、潜在せしごうを! 力の加護ジェアンテ!』



 加速の強化術を受けて身軽になったディーンが、一足飛びでラメドへ接敵する。


 そして〝力の加護ジェアンテ〟——腕力増強の効果がある魔術によって重みを増し、剣身が燃え盛るディーンの一撃が、振り下ろされた。


 刃のぶつかる音が響く。

 ラメドの銀のつるぎが、ディーンの大剣を受け止めている。


 が、さすがに片手で受ける事は出来なかったようで、両手でつかを握っていた。



「強化の乗ったこの一撃を受け切るか、英傑えいけつだねぇ! だが——」



 ディーンの大剣が纏っている炎が刃を伝い、ラメドへ向かって燃え広がって行く。



纏舞アヴェントか。神聖剣この力つうずるところがありますね。しかし、私の足元にも及びません!」



 ラメドは炎が手元に達しようと動じず、り合いに押し負ける事もなかった。

 そうして拮抗している内に、彼女の剣が輝きを増してきらめき、纏った光が徐々に炎を押し返す。


 ロベルトとハーシェルはラメドの左右から攻め込んで行ったが、二人の攻撃はシンの展開した障壁にはばまれて、届かない。


 アーネストの放つ攻撃魔術もしかりだ。



「ったく、強化なしでこれかっ! 馬鹿力もいいところだ!」

め言葉と受け取っておきましょう」



 ディーンとラメドが一歩も譲らず鍔迫つばぜり合いとなっている背後で、ベートが杖をかかげるのが見えた。



『圧殺せよ 荒れ狂う大海嘯ヴァーグ・ヴォン・フェーン!』



 ベートが魔術名を叫ぶ。


 すると、大きくうねる水流が生まれ、それが波となって、一気に押し寄せた。



「うげ、マジすか!?」

「ディーン、下がれ!!」

「ちっ!」



 あの質量の波に飲まれたら、ひとたまりもない。


 ロベルト達は急ぎ離脱する。

 だが、逃げられる場所は限られているので、最終的には結界魔術で受けるしかない。



『マナの光よ——!』



 取り急ぎ、ロベルトは守護結界ラプロテージュを展開する。


 先に展開していたアーネストの結界も頭上から来る水流を遮断しゃだんしているが、すぐにでも決壊けっかいしてしまいそうだ。


 突破される前に、強固な守りを構築する必要がある。



『神秘をはばめ 魔防結界レツェルプロテージュ!』



 的確なタイミングで、リシアの援護が入る。

 先にロベルトが展開していた結界とあわせて、二重の守りだ。


 重ねて、アーネストが再度〝地母神の護盾テラメール・アムール〟を展開。


 けたたましくうなりを上げて迫る津波に対し、三重の結界がみなを守る盾となる。


 ひとまずは安心だろう、とロベルトは胸をで下ろした。



「今の内に怪我の治療をしますね」



 リシアがあわい緑色の光を放つ。

 光に包まれて——軽微なものではあるが、り傷・切り傷があっという間に完治した。



「リシアちゃん、サンキュー! アーネストに癒してもらうより数倍効果あるな!」

「当然だろ、専門家エキスパートと比べるな」

「いや、納得しないで突っ込めよ」



 ハーシェルの軽口にアーネストが溜息を吐くのが見えた。


 緊迫した状況でもいつもの調子を崩さないのは、ハーシェルの長所と言えるだろう。



「リシアさん、ありがとうございます」

「いえいえ。戦う力はありませんが、治癒と補助ならお手の物です!」



 ロベルトが感謝を伝えると、リシアは両手をぐっと握り込んで意気込いきご姿勢ポーズを見せた。


 彼女は【死神】と戦うフェイヴァの援護にも回っていたはずなので、臨機応変に支援する姿には感心するばかりだ。



「しっかし、大規模魔術まで一言いちごんで発動するとはなぁ」



 地に突き刺した大剣の柄頭つかがしらに、手を添えあごを乗せたディーンが、結界越しに轟々と鳴り暴れる水流をながめて、苦笑いを浮かべている。



「強化を含めれば一太刀ひとたちくらい、と考えたが……正義ラメド魔術師ベートも化物じみているね」

「だなー。数の有利があるはずなのに、審判シンの援護もあって崩すのが難しいときた」

「やはり最優先で落とすべきはシンだ」

「副団長さん、何か手は思いついたか?」



 勝利を掴むため手札カードをどう切るか、それは先ほどから考えていた事だ。


 今は結界魔術で防げているものの、神秘アルカナの強大な力を前にしては、戦闘が長引くほど不利になるだろう。


 数秒、黙考して。

 皆の視線が集まる中、ロベルトは言葉を発する。



「まずはきょを突いて審判シンとそう。ハーシェル、上級魔術はいけるか?」

「詠唱の時間を稼いでくれりゃ、イケるっすよ」

「そこは心配しなくていい、一番派手なやつを頼む」

「了解っす」

「ディーン、ラメドを頼みます。アーネストはベートの牽制けんせいを。オレが遊撃に回ってその後——」



 ロベルトは矢継ぎ早に指示を飛ばして、作戦の概要がいようを説明した。






 簡単に言ってしまえば、魔術でめくらましをして一気に仕掛けよう、という内容だ。


 ありきたりな作戦と言えるが——ロベルトはここで自身の〝切り札ジョーカー〟を切る事にした。


 ロベルトが得意とする戦闘スタイルは正統派の剣術と、身体強化の魔術。

 だが、アイシャを守る為に騎士となって、研鑽けんさんを積む内に気付いた。


 魔術師まじゅつしである彼女を守るには〝魔術師まじゅつし〟を良く知らなければならない、と。


 詠唱の役割、マナと魔術の関係性、仕組み、出力の仕方など——。


 そうやって魔術師に対する理解を深め、その果てに習得した〝秘技〟がある。



(魔術の神秘しんぴはマナによって引き起こされる。魔術師はマナをエネルギーげんに魔術を出力する装置。

 言ってしまえばマナ機関もこの応用で、双方の仕組みに大きな差はない。

 装置にはエネルギーを供給し動かすための回路、繋がりが必ずある。

 それを阻害そがいすれば……さて、どうなるか)



 世間では魔術阻害インヒビションと呼ばれ、罪人を捕らえる手錠などに使われている。


 けれど言う程単純な技術ではないため、魔術師対策として実践投入するには至っていない。


 その技術をロベルトは、強化術と組みあわせる事で独自に習得した。


 これまでに使用した機会は然程さほど多くない。


 成功させるには満たさなければいけない絶対条件がいくつかあり、簡単にはいかないからだ。


 最大の懸念けねんとして女神の使徒アポストロスに通じるのか、という不安はあるが、試す価値はあるだろう。






 説明を受けて皆の顔色が変わる。

 希望に満ちた表情へ。



「副団長さんも、凄い隠し玉を持ってるなぁ」



 と、ディーンが口角を上げてにんまりと笑い。



「これならいけるんじゃないすか!?」

「悪くないけだと思います」



 と、ハーシェルが目を輝かせ、アーネストも眼鏡のブリッジを押し上げて笑った。



「こーなったら一番派手なのをかましてやるっすよ! 期待してて下さい、副団長!」



 ハーシェルが拳を高く掲げ、八重歯やえばのぞかせて決まり顔。

 士気の高さがうかがえた。


 精神状態メンタルは勝率にも直結する大事な要素なので、頼もしい限りだ。


 ロベルトはそんなハーシェルの肩を叩き、うなずいた。



「ああ、攪乱かくらんも重要な役目だ。君なら上手くやれると信じてるよ」

「ハーシェル、頑張れよー」

「責任重大だな」

「うっす!!」



 作戦がまとまったところで、魔術の津波が引いて行くのが見えた。



「結界も耐久値の限界です、皆さんそなえて下さい!」



 警戒をうながすリシアの声に、各々得物えものを構える。

 間を置かず、結界魔術が耐久値を超えて瓦解がかい


 光の障壁が割れる音を合図に、ロベルト達は行動を開始する。



「勝負に出るぞ!」

了解ラジャ!」

「行くっすよー!」

「勝ちましょう!」



 勝利へ向けて、揃えた手札カードをロベルトは切る——。

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