第七話 ~生命の円環~【運命】と【死神】②

 槍と大鎌。

 形状の異なるやいばが衝突し、絶え間なく金属音が響いた。

 

 両手に武器を持っているため、手数の多いフェイヴァに対し、ヌンは防御に回る場面が多く見られ、押されて一歩、二歩と後退して行く。



「……ッ面倒」



 ヌンが打ち合いを止め、跳躍ちょうやくしてフェイヴァから距離を取った。


 優位にあるのに、逃す手はない。


 追いかけるためフェイヴァはあしに力をめて踏み込むが——。


 直後に頭上からベートの魔術による氷の雨が降り、遠方から幻影の魔狼まろうが駆けて来るのが見えて、対処すべく槍を振るうざるを得なかった。


 どちらも簡単に掻き消せる物量であったが、足を止めた数秒でヌンとの距離が開く。


 彼女は離れた場所で鎌のをくるりと一回転させると、刃を下に左手で握り、右手でこちらを差し示した。



時空ディメオンよ〝穏やかな時にラ・カルム・ロルスクめて』



 フェイヴァの耳元で「カチリ」と時計の針が動いて止まる音が響いた。

 直後、凍りついたように身体が動かなくなる。


 時魔術による拘束だろう。


 続けざまにヌンが右手をかかげ、フェイヴァの周囲を細長くとがった黒い針、あるいはとげらしき物質が取り囲んだ。



闇の荊棘オプス・レジュピーヌ



 無数の棘がフェイヴァ目掛け、一斉に穿うがたれる。


 ——胸の中央に刻まれた聖痕せいこんが熱を帯びた。


 「パリン」と硝子がらすを割るかのような音が聞こえて魔術が無効化される。


 体の自由を取り戻したフェイヴァは、槍を風車のように回転させ、飛来する棘を撃ち落として行った。


 だが、初動が遅れたため、幾つかの棘が皮膚を裂いて肉をえぐり、鮮血が流れて地へ落ちる。


 魔術を隠れみのに背後から迫ったヌンが「おやすみ」とつぶやき、大鎌を振り下ろした。


 戦いでは一瞬のすきが命取り。

 鈍痛は走るが、痛みに動きをにぶらせてはいけない。


 フェイヴァは迫る刃を止めるべく、体をじった。

 

 すると——。



顕現けんげんせよ、災厄さいやくはばむ光の盾!』



 と、見計らったかのように詠唱が響いて〝守護結界ラプロテージュ〟の魔術——光の防護膜がフェイヴァの眼前に展開し、ヌンの鎌をさえぎった。


 予期せぬ援護に刃が弾かれ、ヌンがまどう。


 その好機に、フェイヴァは神速の槍をヌンの腹部へ放ち、つらぬいた。



「う……ッ!」



 無であったヌンの表情が苦悶くもんに歪む。


 矛先は華奢きゃしゃな身体を貫通していた。

 致命傷となり得る一撃、早々に決着への王手だ。


 フェイヴァは有効打を決めるべく、もう一方の手にたずさえた槍をヌンに向け、躊躇ちゅうちょなくち込む。


 ——しかしながら、その槍は空振りに終わる。



「うあぁああッ!!」



 と、耳をおおいたくなる絶叫を発して、強引に槍から体を抜いたヌンが飛び退のがれたからだ。


 あふれた血潮ちしおが地に点々とした痕跡こんせきを残し、ヌンのまとう白い教団の制服を染め上げている。


 常人であれば腹を貫かれた時点で痛みに動けなくなり、勝敗が決する場面。

 その精神力と行動は、敵ながら見事だと言わざるを得なかった。


 彼女の下がった先には【審判シン】の姿がある。

 治療を受けるつもりなのだろう。


 そして、フェイヴァの背後にも先ほど結界魔術を展開して見せた、治癒術師ヒーラーのリシアがいた。



『傷つきししもべに癒しの御手みてを』

『慈愛の光よ 恵みのしずくとなりて、かの者の傷をいやたまえ』



 シンとリシアの詠唱が響く。



慈悲の恩寵グラツィア・メディ

治癒の慈雨ラ・メディ



 銀色に輝くつゆのようなマナがフェイヴァを包んだ。

 暖かな光が傷に溶け込んで欠損を塞ぎ、やしていく——。


 フェイヴァは大人しく治療を受けながら、ヌンを注視した。

 あちこちで起こっている戦闘への警戒も忘れずに。


 致命傷だと思われたヌンの傷は、きれいさっぱり完治している。



(あの傷を一瞬か。うわさ通りだな)



 シンの能力は負傷の度合いに関わらず、治癒術を発動すればたちどころに回復する規格外の力。

 彼が健在であれば、即死させない限りはどのような深手も回復されてしまうだろう。


 勝ちの目を見出みいだそうとするなら、まずはシンを落とす事を考える必要がある。



(——だが、シンをつため、ヌンを野放しには出来ない)



 自分が彼女をおさえておかなければ、あちらで奮闘ふんとうしている王国騎士達は死神の鎌の餌食えじきとなる。



(仮にオレが先行してシンを討つ事が出来ても、単騎で女神の使徒アポストロスを制する事は、不可能)



 武力に自信はあるが、自惚うぬぼれてはいない。



「……やられた分は、返す……!」



 ヌンが大鎌を構え、再度向かって来る姿勢を見せた。


 今すべき事は、ヌンをおさえる事だ。

 と、フェイヴァは冷静に思考し、槍を構える。



「援護は任せて下さい!」



 背後からハキハキとしたリシアの声が響いた。


 これまでイリアに付き従い、孤立無援こりつむえんの戦いをする事の多かったフェイヴァにとって、共闘する仲間がいるというのは少し不思議な感覚だったが——。


 こういうのも悪くないと思えて、静かに口角の端を上げた。






 各々が役割を全うして全力を尽くせば、いずれ勝利への道がひらかれる。



(その時まで、オレは主と……仲間のために戦おう)



 フェイヴァは共闘する仲間を信じ、援護に感謝しながら、確固たる意思の下、二対の槍を振るい続けた。


 転換点のおとずれまで——。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る