第三話 深淵の地に、女神の使徒(アポストロス)と獅子が立つ

 テットと対峙するシャノンとシェリルを残して、ルーカス達はラメドの先導に従い神殿の中へと入って行った。


 神殿内部の造りはパール神殿とそれほど変わりない。


 白い壁に高い天井、白く太い丸柱が間隔よく立ち並ぶ建物入口エントランスの奥に祈りの間があり、祈りの間の仕掛けを作動して、現れた隠し階段を下って地下へ。


 階段の終着点には、壁画の描かれた扉——女神の血族にしか開錠出来ぬよう、魔法陣によって封印のほどこされた扉が存在しており、イリアが手を触れると魔法陣が閃光を放って砕け散った。


 その先は宝珠の祭壇セフィラ・アルタール


 前回のように世界樹の根が張った、薄暗い空間があるとばかりルーカスは思っていたのだが——。


 地響きを立てて開かれた扉を抜ければそこは、視覚化したマナが満ちて、床も、壁も、天井も、一面が銀色にきらめく鉱石に覆われた、まばゆく広大なドーム状の空間だった。


 恐らくは魔輝石マナストーンだと思われる六角柱状の鉱石が、至る所から隆起しており、まるで森を形作る木々のように生い茂っている。


 ——俗世ぞくせとは隔絶かくぜつした幻想的な光景だ。


 この場に足を踏み入れた誰もが、美しい景色に目を奪われるに違いない、とルーカスは息を飲んで思った。


 その証拠に、仲間達は足を止めて景色に魅入みいっている。



「なんて綺麗なところ……」

「これ全部、魔輝石マナストーンか……?」

「ああ、多分……な」



 リシアが感嘆かんたんらし、ハーシェルとアーネストは食い入るように魔輝石マナストーンながめる姿があった。



「こんな場所が現実に存在するとは、夢のようですね」

時価換算じかかんさんしたらやばそうだなぁ」



 ロベルトとディーンは美しさだけでなく、その価値にも驚嘆きょうたんしているようだ。


 魔輝石マナストーンは主に魔術器まじゅつきとマナ機関きかんの動力としてもちいられる。

 暮らしを豊かにする上で欠かせない資源だが、需要じゅよう拡充かくじゅうに対して採石量は横ばい。


 希少価値が上がっているため、そんな風に考えてしまうのもうなずける。



「……やはり無知は罪ですね」



 前を歩いていたラメドがどこかあわれむような表情でイリアを一瞥いちべつした後、奥へと歩んで行った。


 ルーカスがイリアを見ると、彼女は浮かない表情を浮かべている。


 含みのあるラメドの言葉とイリアの表情——それらの意味は、すぐに知る事となる。






「綺麗だろう? かなしいくらいに」



 ラメドが歩んで行った方向から、低音域テノールの声が響く。


 視線を向けると、広場のように開けた場所に並び立つ女神の使徒アポストロス達と、更に奥の階段の上——パール神殿で見た宝珠セフィラの置かれた祭壇と、更にその上の階層に一際大きな、七色に輝く魔輝石マナストーンまつられるように鎮座ちんざしている場所——から見下ろす教皇ノエルの姿があった。


 ノエルはゆったりとした動きですその長い純白の祭服をひるがせし、「カツン」と反響するくつ音を鳴らして階段を下りながら、語る。



「ここにある魔輝石マナストーンは女神の血族の、命の結晶。神聖核コアとなった【女教皇ギーメル】達の成れの果てだよ」



 この空間を埋め尽くす輝きが、世界を生かすために捧げられた〝彼女達〟のものである事を。



「んなぁ!?」

「そんな……っ!」



 皆に動揺が走り、ハーシェルの叫びと、リシアの悲鳴が聞こえた。



(術式と何らかの関わりはあるだろうと思っていたが……)



 哀しい事実に、ルーカスも顔をしかめる。

 動じていないのは、この事実を知っていたであろうイリアとフェイヴァだけだ。


 

「一体どれ程の命が、犠牲に……」



 長い年月としつき生贄いけにえとしてささげられた女神の血族の女性をいたみ、ルーカスから言葉がこぼれた。


 使徒達の元へ降り立ったノエルが「……そうだね」と宙をあおいでつぶやき、言葉を続ける。



神聖核コアが捧げられるようになったのは、最古の記録で千五百せんごひゃく年前。

 最初はそれほど頻繁ひんぱんに必要なかった代替えも、宝珠セフィラが失われる度に間隔が短くなり、ギーメルの質にも左右されて——。

 ……まあ、結構な人数が神聖核コアとなったようだよ」



 ノエルが下ってきた階段の上にまつられた七色の魔輝石マナストーンを見上げた。


 恐らくはあれも、神聖核コアに関係するものなのだろう。



「僕は姉さんを、彼女らと同じ物言わぬ鉱石になどさせない」



 ノエルが歯をくいしばり、鋭い感情を宿して冷え込む硝子細工がらすざいくと見間違うばかりの青い灰簾石タンザナイトの瞳が、ルーカス達に向けられる。



「そのためならば、喜んで世界の敵となろう!」



 彼は両腕を広げて、身震いのするてつく殺気を放った。



「ノエル!」



 一歩前に出たイリアが悲痛な面持おももちで彼の名を呼び、暗に表情で「やめて」とうったえるが、ノエルは首を横に振った。



「最早言葉は必要ない。僕を止めたければ、力で制してみせろ!」



 ノエルの言葉に女神の使徒アポストロス達が臨戦態勢りんせんたいせいを取る。

 届かぬ想いに、イリアが眉根を下げて唇を噛んだ。


  ——戦いは避けられない。


 ルーカスはイリアの隣に並んで立つと、女神の使徒アポストロス達とノエルを視界にとらえ、刀を引き抜いた。



「俺達もゆずれない想いがある」



 刃先をノエルに向けて、よどみみなく高らかに宣言する。



「信念をして、貴方を止めて見せる!」



 そうすればルーカスに呼応した仲間達が次々と得物を手に取って構え、両陣営がにらみ合う形となった。



「どちらの想いが勝るか、雌雄しゆうを決しよう」



 ノエルが不敵に笑う。


 それから「……ああ、それと」とおもむろにルーカスの魔術器を差し示すと——。



『——封印ロックします』



 魔術器から機械の音声が聞こえた。


 ルーカスが視線を落として見れば、本来はあか色であるはずの魔輝石マナストーンが、色を失って銀色へ変わっている。



「君の〝力〟は女神の代理人である僕の前では使えないからね。その魔術器が、どこで作られた物であるのか、忘れてはいないだろう?」



 勿論、覚えている。

 魔術器はルーカスが教団に拘禁こうきんされていた時に開発された物。


 〝破壊〟と〝崩壊〟——双方の力を抑制よくせいし、制御する目的で作られた。


 「」と言うからには、魔術器の構造に彼の力が何らかの形で関与しているのだろう。



(確かに痛手ではあるが……)



 ルーカスははなから全てを〝破壊〟して終わらせようとは考えていなかった。



「丁度いいハンデだ。俺はまだ、貴方の説得をあきらめていないからな」

いさましいな。蛮勇ばんゆうとならない事を祈るよ」



 ノエルが口角の端を上げて笑い——。



「聖下、お下がりください。ルーカス殿のお相手は私が」



 と、ルーカスからノエルを隠すように一人の男が間に立った。


 がたいの良い体に白銀の鎧をまとい、後方へ撫で上げるように流した金髪と瑠璃色ラピスラズリに輝く瞳を持った男——聖騎士団長アイゼンだ。


 抜かれた彼の剣先がルーカスへ向けられる。



「ふふっ、私はレーシュと遊びたいな♪」



 立ち並んだ使徒のうち、鈴のような声色の少女、ゴシック調の黒のワンピースをくるりとひるし踊って見せた使徒アインが笑った。


 蠱惑こわく的な色香をただよわせ、つゆのこぼれ落ちそうな大きな鮮やかな桃色ロードクロサイトの瞳が、舐め回すようにイリアを見つめている。


 そして——。



「今こそ【審判しんぱん】の時。聖下はそこで御覧ごらんになっていて下さい」



 長い海色の前髪で若葉の様にあわ橄欖石ペリドットの瞳を片目だけ隠した、聖職者の祭服を着た青年、シンが告げる。


 彼は以前見たおだやかな印象とは一変して、厳格な表情を浮かべていた。



「こいつらはオレ達が片付けます。

 ——冥途めいど土産みやげに【魔術師まじゅつし】の神髄しんずいを見せてやるよ」



 燃え盛る炎のように赤く長い髪、水晶クォーツごとき透き通る銀色の瞳。

 威圧的な視線で射抜いて来る青年——。


 十色の魔輝石マナストーンが輝く杖を持ち、魔術師らしいローブをまとったベートが意気揚々いきようようと言い放った。



「【正義せいぎ】は我が手に。聖下のために正しくこの力を振るいましょう」



 まとめ垂らされた蜂蜜のような金髪ハニーブロンドを揺らし、白銀の鎧が駆動する金属音を響かせて、聖騎士ラメドが白銀の剣を振りかざす。


 糸のように細められた藍玉アクアマリンの瞳には、殺気がめられている。



「……ボクは【死神】。女神様の意思に従い、命を刈り取るだけ」



 中性的な顔立ちの使徒ヌン——背教者をさばく〝処刑人ブロー〟として知られる使徒が、自分自身の身長よりも丈のある黒塗りの大鎌を握り締めて一回転させた。


 雪のように白い肌は生気があまり感じられず、夕焼けを思わせる紅玉髄カーネリアンの瞳と、毛先にかけて灰色のグラデーションの作られた黒髪からミステリアスな印象を受ける。



「すべては……【ほし】の、導きのままに……。

 主様は、傷つけさせない……!」



 あわい藤色のワンピースを握り締めて、うつむきがちな顔を上げたのは小柄こがらの幼き少女、ツァディー。


 ウェーブの掛かったつやめく長い星色の髪と、紫黄水晶アメトリンの瞳が、夜空にまたた一等星いっとうせいのように輝いている。

 

 ——総勢、七人の女神の使徒アポストロスがルーカス達をはばまんと、立ちふさがった。



「さて、英雄殿と王国騎士のお手並み拝見と行こう」



 彼らの後ろで悠然ゆうぜんたたずむノエルが、一笑いっしょうに付すのが見えた。


 ノエルに手を伸ばすためには、女神の使徒アポストロスという壁を越えねばならない。



「存分にながめるといい。王国騎士が背にかかげる象徴しょうちょう——獅子ししのように雄々おおしく、ほこり高く戦って。

 そして最期には勝ちを掴み取る、俺達の雄姿を——!」



 ルーカスは決意を口に、ブレぬ意思で刀を握り締め、対峙たいじする敵を見据みすえた。

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