第二話 北の大神殿で待つ者

 ルーカス達は聖都から馬で〝神の真意ダアト〟と呼ばれる北の大神殿を目指した。


 平野へいやは聞いていた通り障害となるものがなく、只々駆ければよいので楽な道程どうていだった。


 難所は神殿手前の森。


 天然の要害ようがいだという〝カルディエヌ〟は、そう言われるに相応しく、木々の合間にしげった高密度のいばらが、人のみならず異物の侵入しんにゅうはばむ構造となっていた。


 森の入口付近で下馬して、そこからは徒歩での移動。

 進路を塞ぐいばらを切り崩しながら歩き続け、数刻をついやして森を抜けた。






 ——しかして、ルーカス達は北の大神殿に辿り着く。


 神殿は大陸の北端、天をさえぎるものがなくみ渡る青空を見渡せて、断崖絶壁だんがいぜっぺきの向こうに広がる紺青こんじょう色の海が一望できる場所にった。


 敷地の境界線から神殿へ続く道は、白い石材の敷き詰められた石畳いしだたみの通路となっており、両脇には等間隔とうかんかくに建てられた白のかざり柱。


 通路を進んで行けば、荘厳そうごんにして神聖な北の大神殿〝神の真意ダアト〟が見えた。


 神殿の外装はけがれなき純白。

 壁は黄金のアラベスクがらが刻まれている。


 正面からは三角形に見える屋根、道中のかざり柱よりも意匠いしょうらされ、見た目にも優美で著大ちょだいな柱が壁面の周りにそびえ立ち、屋根と建物全体を支えていた。


 通路も建物も、風化がほとんど見られず、僻地へきちにあって潮風しおかぜさらされとは思えないくらいよく整備されている。


 術式の心臓部がある場所だけに、教団の管理が行き届いているのだろう、とルーカスは思った。


 そして、通路の終着点。

 そこまで長くない石造りの階段の上——神殿の入口には二人の男女の姿があった。


 一人は紅鳶色レディッシュブラウンに金色のハイライトが入った、獅子ししのたてがみのような髪を持ち、両腕に金属製の手甲をめ筋肉で豪快ごうかいとして体格の男——【剛毅ごうき】のテットだ。



「お、やっとおいでなすったな。待ちくたびれたぜ」



 ルーカスが階下から様子をうかがっていると、こちらに気付いたテットが不遜ふそんに笑って、肩を回す動作を見せた。


 そのかたわらにもう一人。

 聖騎士がまとう白銀のよろいを装着し、白銀のつるぎを帯剣した女性騎士がいる。


 【正義せいぎ】のラメド——彼女は頭頂部で一纏ひとまとめにしてらされた、蜂蜜のようにつやがあって輝く金の髪を揺らし、するどく吊り上げた藍玉アクアマリンの瞳をルーカス達へと向けた。



「来ましたね、レーシュ。そして救国の英雄——いや、【ペー】。女神の使徒アポストロスでありながら、聖下の意に従わず盾突く不忠ふちゅうの臣よ」



 刃物のように鋭利なラメドの瞳が、ルーカスを射抜く。


 事情を知らない団員の内、ハーシェルとアーネストが驚愕きょうがくとした様子でラメドからルーカスへ視線を移し「へ?」「団長が……使徒……?」と懐疑かいぎ的な声を上げた。


 ロベルトは思い当たる節があるのか、然程さほどおどろいていないようだ。


 ルーカスが使徒であることは国家機密。


 だというのに、こうもあからさまな言い方をされては取りつくろうのも難しく、ルーカスは肺に溜まった息を勢いよく吐き出した。



「……軽い口だな、何のための盟約めいやくだ?」



 声を低めてとがめれば、ラメドは悪びれもせず鼻で笑った。



「聖下の策がれば、新たな法がかれるのです。盟約など、何の意味もしません」



 神秘アルカナという絶対の力を宿しているからこその自信だろうが、いささおごっているように思える。



「戦う前から勝った気でいるとは。随分ずいぶんと余裕があるな」



 あなどられた事に対する不快感をあらわにしたルーカスは瞳を細め、するどい眼差しをラメドへ向けた。



貴様達きさまらに勝ち目があるとでも? それこそ思い上がりです」



 ラメドは態度を軟化なんかさせるどころか、視線に殺気を乗せてくる。


 同じだけの気迫をルーカスも視線にめて返せば、肌を差す緊迫とした空気が場に流れた。


 一触即発いっしょくそくはつといった状態。


 ——だったが、「クク」とのどの奥を鳴らした笑いが、ラメドの横にいるテットから聞こえて、ルーカスは意識のひとかけらをそちらへ向ける。



「ヤル気満々でイイ殺気だ。何なら、オレ様と遊ぶか? まとめて相手してやんぜ?」



 テットが右手を差し出し「かかってこい」と言わんばかりに人差し指を動かして見せた。


 安い挑発に乗るつもりはないが、戦闘となる事はわかっていた事だ。

 仲間達が身構え、ルーカスも刀へ手をえる。


 想定内の状況。

 必要とあらば武を持って制するだけである。


 しかし、テットの言動を受けて、意外にもラメドは放っていた殺気をおさめた。



「テット、ひかえなさい。私達の役目は彼らを中へ案内する事です」

「あ? ラメドもヤル気だったろ?」

「……聖下の、命令に逆らうのですか?」

「だってこいつらどうみたって雑魚だろが。どうせ戦うんなら、今まとめてっちまっても変わりゃしねーよ」



 テットがこれ見よがしに親指を突き立てた拳を下にして、こちらを見下みくだした。


 彼が戦闘狂なのは有名な話で、その戦闘能力の高さは知っている。

 だが、この人数差を歯牙しがにかけず勝つつもりでいるのだから、ラメド以上に傲慢ごうまんだ。


 すると「さっきから黙って聞いていれば……」と、いきどおる声が聞こえ、ルーカスの横を通り抜けて前へ出る人影があった。


 ルーカスの瞳に映り込んだのは、赤と白を基調とした軍服。

 肩のラインで切りそろえられたウェーブの掛かった桃色の髪。


 後頭部で三つ編みのハーフアップにまとめられた髪が、ふわりと風に揺れる様。


 ルーカスの妹、双子の姉妹の姉、シャノンの背中だった。



「使徒っていうのは礼儀のないやからが多いわね。弱い犬ほどよく吠えると言うけれど、こんなのが女神の使徒アポストロス? 格が知れるわ」



 再三の不躾ぶしつけな発言が、シャノンの逆鱗げきりんに触れたのだろう。

 物怖ものおじせず怒りのにじんだ声色でテットをあおって見せた。



「あァ!? んッだと!?」



 青筋立てたテットが声をあらげ、シャノンをにらみつけて威圧いあつした。

 

 シャノンはおくする様子もなく「ふん」と一笑すると、帯剣したつるぎを抜いて、切っ先をテットへとさだめるとりんと言い放つ。



「お望みなら私が相手になるわ、駄犬だけん



 シャノンの言葉を聞いたテットは何を思ったのか——突如、あしに力をめこちらへ向かってんだ。


 階段の上から下へ。

 質量のある身体に重力が乗って落ち、着地の衝撃で石畳いしだたみの割れる鈍い音がした。


 ゆらり、とテットが起き上がる。


 彼の榛色シンハライトの瞳がシャノンを映して、獲物を補足した猛獣のようにギラついた。



「女だてらに威勢いせいのイイのがいるなァ! 言うからには腕も立つんだろ? ラメドよぉ、一匹くらいはいいよな?」



 どうやら〝駄犬〟と呼ばれたのが、最上級のあおり文句として刺さったようだ。

 闘争心とうそうしんき出しにしたテットが「ゴキ、バキン」と指の関節を鳴らしている。



「……まあいいでしょう。『先手はテットに』とおっしゃってましたし」



 ラメドがまぶたを伏せ、首をたてに振った。



「そうこなくちゃなァ!!」



 テットは両手の拳を突き合わせて口角の端を上げて笑い、シャノンも剣を引く様子はない。



「いつでも掛かって来なさい、駄犬!」



 きわめつけに再度のあおり文句。

 最早、対戦カードは決まったも同然だった。






 ルーカスの背後で盛大な溜息と「……まったく、シャノンお姉様は」とぼやくシェリルの声が聞こえた。



「お兄様、わたくしもお姉様と残ります」



 言うと同時に、緩くウェーブの掛かった長い桃色の髪をなびかせたシェリルがルーカスの横を通り抜けて行き、シャノンの隣へ並び立った。


 テットは嫌な顔をするどころか、笑顔を深めて「二対一か! たぎるなぁッ!」と悦喜えっきしている。


 ルーカスは勇ましく立つ妹達を見つめて、拳を握り締めた。


 傲慢不遜ごうまんふそんではあるが、テットの実力は本物。

 あなどれない相手だけに、双子の姉妹が心配になる。



(だが、シャノンとシェリルは騎士。ここで私情を挟むのは——違う)



 彼女達も相応の覚悟を持って、戦いに身を投じている。

 心配だから、妹だから、と特別扱いするのは、騎士のほこりを傷つける行為に他ならない。

 

 ルーカスがこの場ですべき事は、兄として妹達を案じる事ではない。

 一人の騎士として、彼女達の意思を受け止め、信じて託す事こそ、今必要な事。


 ルーカスはき上がる感情をぐっとこらえて、告げる。



「シャノン、シェリル。ここは任せたぞ」



 そうして仲間達には「行くぞ」と声を掛け、テットと向き合う妹達を追い越して前へ。

 神殿へ向かって歩を進めた。



「任せて。こんな礼儀れいぎ知らず、ちゃちゃっと倒してすぐに追いつくんだから」

「お任せください。お兄様、イリアお義姉ねえみな様。どうかお気を付けて」



 不安を感じさせない明るい声色こわいろ、頼もしい返答を背に受けて、ルーカスは「ああ」と笑った。



(シャノンとシェリルならばきっと、やりげられる)



 二人を信じて。

 ルーカスは振り返らずに前へ進んだ。

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