第二十六話 相容れない道

 〝愛しているから、それ以外の全てを犠牲にしてでも、イリア姉さんを守りたい〟


 ノエルがイリアへ向ける重く、深く、純粋なる〝愛〟。


 その想いのたけを認識させられたルーカスは、芽生えた対抗心に従ってノエルの手を払いけると、背にイリアを隠すようにして、二人の間に割り込んだ。


 同じくらいの目線にある彼の、本来は硝子細工がらすざいくのように美しい瞳が、わずかに見開かれる。


 割り込んだ事で不快感をあらわにされるかと、ルーカスは思ったのだが——意外にもそのような事はなく。


 余裕すら感じさせる笑顔をノエルは見せた。

 

 ルーカスは〝愛〟の方向性ベクトルこそ違うものの、ひとしい感情をいだく者として、疑問を投げ掛ける。



「聖下は多くの人に憎まれ、イリアを悲しませる事になるとわかっていても、この道を進むのですか?」

無論むろんだよ。これは僕の我儘わがままだから、姉さんに分かってもらおうとは思っていないし、うらまれる覚悟は出来ている。君ならこの気持ちが、わかるんじゃないか?」

「……ああ、そうだな」



 理解出来る、という点についてはうなずく他ない。


 かつて大切な人カレンを守れず、目の前でうしなった。

 あの時の絶望と、喪失そうしつ感——。


 思い起こせば、胸がえぐられるような痛みと、苦しさを感じ、無力だった自分を呪ってしまう。



(もう二度と、愛する者を失いたくない)



 だからこそ、イリアにせられた運命を知った時は、みにくくも思ったものだ。

 彼女の身代わりになる、誰かがいれば——と。


 情けない事に、今もどこかでそう考えてしまう自分がいて、ルーカスは己の心の弱さに笑ってしまった。



「なら、僕の手を取る選択もあるだろう?」



 おもむろに、ノエルが手のひらを差し出した。

 理解がおよぶなら「共に行こう」と、さそっているのだろう。



(彼の想いは、本当に……痛いほどよくわかる)



 魅力みりょく的な申し出である事も、いなめない。


 しかしそれは、イリアが望む最善ではないと、ルーカスは知っていた。


 背中に隠したイリアを振り返ると、懸命けんめいに首を横に振っている。


 その表情は、言うまでもない。



(イリアの笑顔が見たいのに、ここ最近は悲しそうな表情ばかりだな)



 ルーカスはあいに引っ張られそうとなる感情を振り払い——笑った。


 「心配せずとも大丈夫だ」と伝えるためであったが、根底には、自分が見たいと願う笑顔を、彼女にもおくりたいという想いがあった。


 ルーカスは前方へ向き直りノエルを見据みすえると、揺るぎない思いを返す。


 

「俺が貴方の手を取る事はない。彼女を〝神聖核コア〟として人身御供ひとみごくう生贄いけにえになどさせないし、だからと言ってわりに多くの命を危険にさらす方法も選ばない。

 『仕方がないから』と、犠牲ぎせいの上に成り立つ仕組みシステムを、これ以上許してはいけないんだ」



 瞳をらさずに、決意を伝える。


 ノエルから笑顔が消えた。

 彼は差し出した手をひたいへ添えて、わらった。



「は……ははッ! とんだ理想主義者だな。それがどれほど困難で、可能性の低いものか理解してるか?」

いばらの道だという自覚はある。だが、可能性があるのに試す前からあきらめては、掴めるものも掴めない。そして、新たな道を切り開くためには、貴方の協力が不可欠だ」



 今度はルーカスが、手のひらを差し出して見せた。


 けれど、ノエルがその手を取る事はなく。



「僕は不確かなものにすがるつもりはない」



 と、瞳を細め、鼻で笑われた。


 それでもルーカスは、ノエルと争わずに済む道があるなら——と、対話を続ける。



「実現するための努力こそ、今すべき事だろう?」

詭弁きべんだよ。努力したって、どうせ届かない。無駄な努力で時間を浪費ろうひするくらいなら、堅実な道を選ぶ」

「ほんの一時でも、立ち止まる事は出来ないか?」

「立ち止まって、叶わない夢をいだいて、なんになる? むなしいだけだ」

「夢は……夢をいだく事にこそ、意味がある。願わなければ、実現する事もないのだから」

「それこそ詭弁きべんだ。願ったところでこの世界は、甘くない。結局は、僕らに犠牲をいるように出来ているんだ!」



 硝子細工がらすざいくのように美しかったノエルの青い瞳が、殺気を帯びて氷のように冷えていた。


 対話の中に垣間かいま見える、ノエルの絶望——。


 彼は願った事があるのだ。

 夢を。叶わない願いを。


 願っては破れ、幾度いくど挫折ざせつを経験するうちに「夢は叶わないもの」として、絶望だけが胸に残ったのだろう。



「——無駄話は、終わりだ」



 ノエルがきびすを返し、背中を見せた。



「僕達の道が、相容あいいれる事はない」

「……そうか」



 がんとして、拒絶の意思を見せるノエルを、説得するのは難しいだろう。


 ルーカスは選ばれる事のなかった選択肢を、そっと仕舞うかのように、差し出した手のひらを握りめた。


 ——彼がこうとする道は、覇道はどう


 不確かなものは必要とせず、愛する者の想いすら力でじ伏せて従わせる。

 高慢こうまん独善どくぜん的な選択だ。


 〝愛〟と言う共通の感情を持ってはいても、表現の仕方、辿たどる道は非なるものであると、ルーカスは痛感した。






 ノエルの背が遠ざかって行く——。


 行く先には、女神の使徒アポストロス達がひかえており、彼を止めようと思うのならば、武力による衝突しょうとつは避けて通れない。


 対話の間、静かに見守っていた仲間達が、ルーカスとイリアの両翼に寄って身構えた。


 ノエルが使徒達の元へ戻ると、宴の招待状を届けた小悪魔的な少女、使徒アインがノエルに抱き着いて、何かをささやき、くすくすと笑っているのが見えた。



「話が終わったってんなら、るか?」



 両の拳を交互に打ちつけて鳴らし、意気揚々いきようよう物騒ぶっそうな発言をしたのは、テットだ。


 お預けもくらっているし、戦いたくて仕方ないのだろう。


 ルーカスは刀のつかに手をえて、敵となる相手を視界に入れた。


 女神の使徒アポストロスが六名、聖騎士長アイゼン、教皇ノエル。

 いずれも一筋縄ではいかない相手だ。



(あちらがやる気ならば、おうじるしかない)



 だが、封印の魔術が解除されていないこの状況下での戦闘は、こちらが不利である。


 苦戦はまぬがれないだろう。



(だとしても、屈することはない。

 どれほど困難な道であろうと、想いをつらぬくとちかったんだ)



 ——ところが、ルーカスの予想に反して、戦闘が始まる事はなかった。



「下がれと言っただろう。ここでやりあうつもりは、はじめからない」

「えぇ!? まだお預けかよ……」



 がっくりと肩を落としたテットが、子犬のようにしょんぼりしている。


 あちらとすればこちらの能力が制限されている今こそ、千載一遇せんざいいちぐう機会チャンスであるはず。



「何故だ?」



 ノエルの意向がに落ちず、ルーカスは困惑した。



機会チャンスを与えると、言ったからね。僕は約束を守る主義だ。

 ……ねえさん、北の大神殿はわかるね?」



 ノエルはおだやかに問う。

 「北の大神殿」と聞いて、イリアが迷うことなくうなずいた。



深淵しんえんの地、隠されし〝神の真意ダアト〟」

「そう、術式の心臓部。聖地巡礼ペレグリヌスまことなる終着点だ。決戦の場に、相応ふさわしいだろう?

 僕達を止めたいなら、明日そこへおいで」



 ノエルはそう言い残して——ベートの魔術が生み出すマナのきらめきの中に、消えて行った。


 今日、何度か見た、魔術による転移だろう。


 一足先に決戦の地へ向かったのだと、安易に予想出来た。


 ルーカスは刀のつかから手を離し、彼らの居た場所を見つめた。






 決戦は明日。

 北の大神殿、神の真意ダアトにて、雌雄しゆうが決する——。

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