第二十七話 決戦前夜
「僕達を止めたいなら、明日そこへおいで」——と、言い残して消えた、ノエル達との決戦を
ルーカス達は教団本部の宮殿で、一夜を過ごしていた。
すぐにノエル達の後を追いかけるつもりだったが、ノエルが「
そうして、明日に備えて早めに休もうと、ルーカスはベッドへ入ったのだが——。
「……駄目だな」
どうしても寝付けなかった。
横たえた体を起こして、溜息を吐き出す。
ルーカスはベッドから抜け出し、すぐ
——こんな時は、無心に刀を振るうのが良い。
体を動かせば自然と眠気も訪れるだろう、と考えて、過去にフェイヴァと
何気なく窓の外へ緯線を向ける。
窓からは
これらも断罪された枢機卿達により体現された〝欲〟だとすれば、
ルーカスが噴水付近に視線を落とすと——。
そこに銀糸を
「イリア?」
周囲に誰かを連れている様子はない。
一人だろうか。
見つけた彼女の姿に、ルーカスの体が自然と動く。
机の上へ
初夏へ向かう時期だというのに、聖都の夜は肌寒かった。
中庭に近付くと風に乗って、
『
マナのゆりかごに
闇を
この体
私の愛が 満ちる世界で』
イリアは空を見上げ、歌を
彼女は厚手のカーディガンを着ているものの、その下は透け感のあるナイトウェアである事が
ルーカスは歌を
歌声が止まり、月明かりに照らされて輝く、
「悪い、邪魔するつもりはなかったんだが……」
「ううん。こんな時間にどうしたの?」
「寝付けなくてな。少し体を動かそうと思ってさ。イリアこそ、どうしたんだ?」
「……私も、眠れなくて」
髪色と同じ銀色の
教団内部は意外にも落ち着いた様子だが、久しぶりに帰った彼女の故郷と呼べるこの場所で、あのような事があっては気が休まらないのだろう。
「そうか……そうだよな」
ルーカスはイリアの隣へ腰を下ろすと、空を見上げた。
大樹の葉が途切れた先に、満天の星空と、新月へと向かう
イリアがまた歌を紡ぎ始め——何をする訳でもなく、時間が流れた。
『
私の愛が 満ちる世界で
この手を合わせて
どうか
強き心に 祝福を
願いを叶える 奇跡となれ
いつか眠りから覚める その日まで』
イリアの歌声は、いつ聞いても心地が良い。
心を
——本当は彼女と話したい事が、沢山あった。
ノエルが選んだ手段以外に、どのような道があるのか。
何故か聞こうとする
そして先日の、決意に満ちた表情の意味も。
(
頭ではわかっていても、いざ聞こうとすると言葉が
イリアの歌が終わると、沈黙が二人を包み、
そうして
背後で冷たい
「あ、ごめんね。私が上着借りてるから、寒いよね」
イリアが上着を返そうと動いた。
確かにラフなインナーだけでは、寒さを感じる。
「気にするな。これくらい平気だ」
ルーカスはそれを制した。
——直後にくしゃみがもう一つ。
「やっぱり、寒そう。……部屋に戻る?」
もう少し彼女と一緒に、出来れば話したい事もあったが——。
一度強がった手前、二度目は格好がつかない。
締まらない気恥ずかしさに、ルーカスは前髪を掻き上げた。
「……戻るか。明日に差し
「うん」
ルーカスは立ち上がり、手を差し出す。
イリアの白く温かな手が重ねられ、二人は手を絡ませるように握ると、静まり返った廊下を歩いた。
冷え切った手に、ぬくもりが染み渡る。
近くに感じる彼女の体温に、鼓動が早まるのを感じた。
——結局、言葉を交わす事が出来ないまま、気付けばイリアの部屋に到着していた。
「着いたぞ」
「送ってくれてありがとう。これも返すね」
イリアが
彼女の温度が、軍服に移ったようでほんのり温かみを感じる。
「どういたしまして。それじゃ、おやすみ」
「あ……うん。おやすみ、なさい」
ルーカスは
歯切れの悪い彼女の様子は気掛かりだが、廊下に引き留める訳にはいかないし、だからと言って、こんな時間に部屋へ上がり込むなんて
また明日。
北の大神殿へ向かう道中にイリアと話そうと、ルーカスは思った。
——思ったのだが。
不意に背中へ感じた軽い
ほんの少しまで隣に感じていた温かさだ。
振り返ると、イリアが背に抱き着いていた。
表情は伏せられていて
「……まだ、寝ないなら……もう少し、一緒に居たい。
お茶でもどう、かな?
ルーカスが嫌じゃなければ、だけど……」
「それは……」
嫌なわけがない、
けれど、好きな相手と深夜、密室で二人きりになるのは危ない。
(自制が
ともすれば彼女を困らせてしまう事になりそうで、ルーカスは
「やっぱりダメ……かな」
伏せた顔を上げ、頬を赤らめた彼女が上目遣いに見つめて来て、鼓動が跳ねる。
(——これは、反則だ)
理性との戦いになるとわかっていても、そんな顔で言われたら断れない。
「一杯だけ。飲んだら帰るからな」
可愛らしさに負けて、ルーカスは
イリアは顔を
「どうぞ、入って」
警戒心のなさに、少しだけ複雑な気持ちになるが、信頼されているということだろう。
彼女の信頼を裏切らない様にと、ルーカスは気持ちを引き締めて、部屋へ足を踏み入れた。
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