第二十四話 粛清~復讐~

 ノエルが祝宴しゅくえんしょうした断罪のうたげ


 案内されたバルコニーの観覧席かんらんせきは、魔術と神秘アルカナを封じる結界が展開しており、ルーカス達は破るすべを持ち合わせていなかった。


 ただ観客として、観る事しか許されていないのだと、思い知らされる。



「……まあ、時にはあきらめも肝心だぜ。

 ルーカスのお姫様の気持ちもわからんでもないが、枢機卿すうききょうは自業自得だしなぁ」



 いつの間にかスイーツを片手にソファへ腰を落ち着かせた幼馴染が、こちらを見やり、厳しい見解をべた。


 イリアの拳が握り込まれ、いまだに揺らぐ勿忘草わすれなぐさ色の瞳が、用意されたスイーツを呑気のんきに頬張る彼をうつす。



「ディーン」



 ルーカスは「やめろ」と言葉を続ける代わりに、首を横に振る。


 その動きをディーンは確実に見ていたはずだが、悪びれる様子もなく笑みを消して、黄水晶シトリンの瞳を細めた。



「お姫様だって記憶が戻ったのなら、枢機卿すうききょうの悪事を知らないわけじゃないだろ?

 教皇が何をされて来たのか……。知ってしまえば、怒り狂う理由も納得だ。むしろ同情しかない。

 枢機卿すうききょうの断罪に関しては、反対する理由がないと思うぜ?」

「ディーン!」



 みなが口をつぐむ中、ルーカスは黙っていられず語気を強めた。


 イリアから聞いた話と、ディーンが報告書に上げた教団内部の現状——。

 汚職おしょく癒着ゆちゃく贈収賄ぞうしゅうわい人権侵害じんけんしんがい、利権の独占……。


 深く知れば知るほどに、枢機卿団カーディナル所業しょぎょう擁護ようごのしようがない酷いものだった。



(ディーンの意見も一理ある)



 肩書にせられた役職の本分を忘れて、罪を重ねた枢機卿すうききょう達は罰を受けるべきだ。


 そうは言っても、教皇の立場にあるノエルが、私刑しけいかたむいた行動をしてい理由にはならない。


 ルーカスはその点をろんじようとしたが、そですそを引かれて、言葉を止めた。



「いいの、わかってる」



 すそつかんで引っ張ったのはイリアだ。


 彼女の白い指はふるえている。

 長い睫毛まつげが瞳に影を作り、声をはっして半開きとなったくちびるも震えていた。



枢機卿団カーディナルが許されない罪を犯したことも、ノエルの怒りも理解してる。私だって、枢機卿すうききょうには負の感情をいだいてるもの。

 私情を抜きにしても、さばかれて当然の事を彼らはおこなって来た。

 罪をあばき裁く事は、誰かがやらなきゃいけないんだって、わかってる。

 でも、それでも……。咎人とかびとへの復讐ふくしゅうで、あの子の手をよごして欲しくなかった」



 勿忘草わすれなぐさ色の瞳が涙でうるんでおり、今にも大粒の雨となって彼女の頬をらしてしまいそうだった。



「——信徒らよ、け! 彼らは、悪習を根付かせ、ひとしくわれらへ向けられた女神の愛、すなわち恩寵おんちょうを独占し、我欲におぼれた咎人とがびと

 女神の意思をあざむく、大罪人である!」



 欄干らんかんの向こう、宮殿前の広場から、雄気堂々ゆうきどうどうとして張りがある、男性の高音域テノールの演説が響いた。


 誰の声であるのかは問うまでもない。

 断罪のうたげは、すでに幕を開けているのだから。


 声を聞いたイリアがきゅっと唇を引き結び、視線を前へ向けた。



「……見届けるわ」



 イリアは気丈きじょうに告げてあごを引き、姿勢を正して欄干らんかんへと歩を進めた。


 吹き付ける風が銀糸と衣服をはためかせ、さらわれた彼女の涙は飛沫しぶきとなって舞っている。


 それは痛々しくも、どこか美しい情景じょうけいだ——と、不謹慎ふきんしんにもルーカスは思ってしまった。






 宴の会場は、宮殿前のおもむきがある美麗びれいな広場。

 そこは日頃から式典行事の会場として活用されており、もよおし事に適した場である。


 会場は多くの人で埋め尽くされ、ざわめき立っていた。

 人々の注目はある一点に集まっている。


 それは、えがくように打ち立てられた八本の十字架じゅうじかだ。


 十字架には四肢にくい穿うがたれた八人がはりつけにされていた。


 八人のまとう祭服は、高位の聖職者を象徴しょうちょうするものであり、本来は純白であるはずの衣裳いしょうは血にけがされて、ケシの花のように赤い。



(彼らが枢機卿団カーディナル——教皇ノエルと敵対する枢機卿すうききょう達か)



 十字架の前にはだんが築かれており、壇上に教皇ノエル、壇の前には聖騎士長アイゼンと、先程、顔を合わせたベート、シンを含めた六名の女神の使徒アポストロスらしき人影がある。


 集まった観衆かんしゅうは不安と興味が半々といった様子で、「枢機卿すうききょうが犯した罪とは何なのか?」と、問う声が聞こえて来た。


 教皇と共に教団を支えてきた彼らに対する信頼は、根強いものがあるだけに当然だろう。


 その疑問に答えるように、彼らの罪状がノエルの口からつまびらかにされて行った。






 ひとつ。

 我欲におぼれ、聖職者にあるまじき非道行為を繰り返し、ぜいむさぼった汚職の罪。


 ふたつ。

 利益りえき享受きょうじゅせんがため、女神よりさずかりし恩寵おんちょうの一端を独占した罪。


 みっつ。

 狡猾こうかつにも教皇に成り代わり、教団を枢機卿団カーディナルの私物とした罪。


 よっつ。

 真なる守り人、女神の血と想いを継いだ一族を利用した罪。

 

 いつつ。

 更には邪法に手を染めて、女神の血族を道具とした罪。


 むっつ。

 世界の真実を秘匿ひとくし続けた罪。

 

 ななつ。

 現状の危機に際し、打開案を模索せず、根付いた慣習にとらわれ続けた罪。






 ——七つの罪状の読み上げが終わると、枢機卿団カーディナルによって隠されていた、世界の真実が語られた。


 「枢機卿団カーディナル腐敗ふはいが、いつの頃から起きたのかはわからないが」——という前置きから始まり、彼らが教団の開祖かいそかかげた理念「世界樹の守護と、世界の秩序ちつじょを守る事」を都合よく解釈かいしゃくして世界の真実を隠して来た事。


 枢機卿すうききょう達は自分の欲を満たすため、女神ののこした様々な恩恵おんけいと、強大な力——女神の子孫であり、女神の代理人である教皇と、神秘アルカナを宿し聖痕せいこんを持った女神の使徒アポストロス——を利用して来た事。


 楽園アルカディア侵略しんりゃくしようとする〝魔神まじん〟と〝魔界クリフォト〟の存在。

 マナと〝瘴気しょうき〟。

 昨今急増する〝魔獣まじゅう〟と瘴気の因果いんが関係も語られた。


 その上で女神が魔神の侵略から世界を守るため、その身を犠牲にして展開した〝惑星延命術式女神のゆりかご〟についてと、ゆりかごの維持に、これまで数多あまたの女神の血族が生贄いけにえとなったかなしい歴史が明かされた。


 ノエルは、女神の血族がノエル自分と、生贄に定められたイリアしか残されておらず、世界は魔神まじんの侵攻により緩やかな破滅へ向かっている事を告げ「私は世界を救うため、決起したのだ!」と、雄弁ゆうべんに語って見せた。






 ——話が終わると、教皇の語る言葉に耳をかたむけていた人々は、枢機卿すうききょうに対し怒りをあらわにした。



「この、詐欺ペテン師どもめ!」

「女神様の愛は、お前らだけに向けられたものじゃないぞ!」

「世界と教皇聖下をたばかり、り人の使命を忘れたおろか者が! はじを知れ!」

「世界が滅びたら、女神様に、犠牲となった人達にどう顔向けするつもりだ!!」



 怒気どきめられた野次やじが、ルーカス達の居るバルコニーまで聞こえて来る。


 怒りに蒸気じょうきした観衆かんしゅうが、罪人へ向かって小石を投げ入れる姿もあった。



「皆の怒りはもっともだ。私の胸も怒りで震えている……!

 慈悲深い女神も、彼らの非道を許してはならないと、告げている!」



 ノエルが誇大こだいに両手を広げ、天をあおぎ見ると、大気中のマナが夜空にまたたく星のようにきらめいて、にぎわいを見せた。



「罪には罰を。今こそ女神の名のもとに、裁きをくだそう!」



 ノエルの両手が頭上へとかかげられる。

 マナが空に集まり、ある物の形を成して行った。


 ——それは槍だった。


 は銀色、天使の羽根に見紛みまごうばかりの美しい造形ぞうけいの、神々こうごうしい輝きをまとった槍が数多あまた、空に出現した。


 槍の穂先ほさきは八人の枢機卿すうききょうに向いている。


 観衆から「断罪を!」「罪をあがえ!」と、裁きを望む声が聞こえて来る。

 

 枢機卿の行いはばっせられてしかるべきだ。


 しかしながら、まるで見世物のように一種のパフォーマンスと化した断罪の儀式には、不快感を覚えざるを得ない。

 ルーカスは眉を寄せた。


 並び立つイリアも表情を曇らせている。

 欄干らんかんに置かれた手は、もうずっときつく握り込まれたままだ。






 罪人への刑罰は、粛々しゅくしゅくり行われた。



「せ……か、せいか、せいかあぁあ! わ、我らは、奴にだまされたのです!

 どうか、どうかッ! おゆるしを、ご慈悲をおぉ……ッ!!」



 途中、地の奥底から響くかのようなくぐもった声で、苦し気に懇願こんがんする叫びが響いても、ノエルは眉一つ動かす事はなく。



「神罰を受け入れよ」



 ぞっとするほど低い声と同時に、かかげた手を振り下ろした。


 白き槍が八人の胸元へ、心臓を的確につらぬき、絶叫が響いた。


 間を置かず、聖騎士長アイゼンの手によって十字架へ炎がくべられる。


 炎はまたたく間に広まって火柱が立ちのぼり、聞くにえない怨嗟えんさと、苦しみにもがく断末魔がかなでられた。


 罪人の肉体を灰燼かいじんすまで、炎が消える事はなかった。






 ——全てが終わった時、ノエルは永久凍土えいきゅうとうどを思わせる冷え切った青い瞳で、彼らだった物を見ていた。


 その末路に、さも「満足だ」とでも言いたげに、口元を歪ませながら。


 悪人が同様の表情を作ったならば、醜悪しゅうあく絵面えづらであったのだろうが、彼は歪んだ表情すら気高く、薔薇ばらのように美しかった。






 この粛清しゅくせいは、後に世間へこう語られ、伝播でんぱする。


 〝大罪をおかした枢機卿すうききょうは、女神の怒りに触れた。教皇は神槍しんそうで彼らの罪をさばき、聖炎せいえんの送り火でその魂を浄化したのだ〟——と。

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