第二十三話 宴の〝特等席〟

 聖歴二十五にじゅうご年 パール月三十さんじゅう日。


 イリアがノエルからの招待状を受け取った翌々日よくよくじつ


 国境から北上した場所にある街アルブムから、すんなりと使用許可の下りた〝瞬間移動門ワープポータル〟を使ってルーカス達は転移した。


 向かうメンバーはナビアから王都へ戻る際、先駆けて瞬間移動門ワープポータルを使ったメンバーからアイシャをのぞいた八名と、新たにフェイヴァ、ディーンを加えた計十名。


 転移先はアルカディア教団の総本山。

 女神の血族が世界樹のふもとおこした宗教国家、アルカディア神聖国の首都・フェレティ。


 フェレティは聖都と呼ばれ、白色ホワイト黄丹色キャロットオレンジ杏色アプリコット砂色サンドベージュなどの暖色系でいろどられた、歴史的価値の高い建築物が立ち並んだ都市だ。


 大樹のふもとる事から、雄大な大樹のみきと、鬱蒼うっそうしげる葉が空をおおっており、それらの作り出す陰影が常に街全体に落ちている。


 しかし、絶えず大樹から生み出されたマナが大気にあふれ、きらめいているため、薄暗さはない。


 かつて聖都を訪れたある者は、こう語っている。


 〝粉雪こなゆきのようなマナが舞い輝く街並みは、宝石のように美しい。

 神秘的で世界樹の恵みに満ちた聖都は、まさに楽園アルカディアである〟——と。






◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇


 ルーカス達がディラ・フェイユ教皇庁きょうこうちょう内にある、瞬間移動門ワープポータルの間へ到着すると、二人の青年が出迎えに立っていた。



「おかえりなさい、レーシュ様。

 騎士の皆様も、お待ちしておりました」



 青年の一人、けがれなく白い聖職者せいしょくしゃ祭服さいふくを着た、物腰が柔らかく、海を思わせる青髪を揺らした青年が、礼儀正しく会釈えしゃくした。


 彼の瞳は片方だけ長い前髪によって隠れてしまっているが、若葉のように淡い橄欖石ペリドットの色。

 物腰の柔らかい、彼の人柄を表しているかのようだった。



「シン! 枢機卿すうききょうは、ノエルは!?」



 装置から一目散に駆け出したイリアが、鬼気迫ききせま様相ようそうで、シンと呼んだ青年に詰め寄った。



「広場にいらっしゃいますよ。今は枢機卿団カーディナルの罪を白日はくじつもとさらしているところです」



 答えたのはもう一人の青年だ。


 シンとは反対に威圧いあつ的で、燃え盛る炎のような真朱しんしゅの長い髪と、十色の魔輝石マナストーンが輝く杖に目をかれる。


 ルーカスは彼らの姿に覚えがあった。


 青髪の青年は【審判しんぱん】のシン。

 赤髪の青年は【魔術師まじゅつし】のベート。


 ノエルとの対談で、顔を合わせた女神の使徒アポストロスだ。


 ベートの言葉を聞いたイリアがくちびるみ、部屋の入口へ向かって駆ける。


 イリアの背を、研ぎ澄まされたやいばごとき輝きを放つ、銀の水晶クォーツのようなまなこにらんだ。



「申し訳ないが、好き勝手をされても困るのでね。席へご案内します」



 十色の魔輝石マナストーンが輝く杖をベートが地へ打ち付けると「カンッ」とかわいた音が鳴って、光の洪水こうずいが視界を奪った。



「何なの!?」

「まっぶし!」



 仲間達のおどろく声が聞こえ、一瞬の内に周りの景色がゆがんで、変わる。


 ——ルーカスの肌を風が優しくで、鳥のさえずりが聞こえた。


 視界に飛び込んで来たのは、茶器のセットとスイーツでかざられた純金のテーブルと、金彩きんさいのアラベスクがらい込まれた、座り心地のよさそうな白のソファがいくつも並ぶバルコニー。


 欄干らんかんの先には大樹の影が差す聖都フェレティの街並みが広がっており、宮殿前の広場が一望出来る。



「ここは……宮殿の……」

「ノエル様が貴女方あなたがたのために用意した特等席です。どうぞこちらでごゆるりとご観覧かんらん下さい」



 辺りを見回してつぶいたイリアに、シンが答えて一礼した。



「ゆっくりなんて、出来るわけないでしょう? ノエルの元へ行くわ! 邪魔をするなら、力付くでも——!」



 イリアの高ぶる感情に呼応してマナがきらめき、風が吹きれた。


 だが、それも刹那せつなの出来事。



『神なる稲妻いなずま——……ッ!?』



 彼女が歌をつむごうとした途端、マナの風が勢いをなくし、いでしまう。



「何で……?」

「ああ、無駄ですよ。この場所は、と同じく、内外の力を遮断しゃだんし、封じ込める強固な結界がほどこしてある。

 その力は、貴方達も良く知ってるだろう?」



 ベートの視線がルーカスと、動揺どうように瞳を揺らすイリアへ送られた。



(封印部屋の結界……か)



 それはルーカスが過去、教団に拘禁こうきんされていた時に体験したものだ。


 魔術のみならず、神秘アルカナと破壊の力をも無効化しまうため、それが使われているとなれば厄介やっかい代物しろものである。


 あの頃、部屋に出入りしていたイリアが制限を受けていた記憶はないので、無効化する手段は存在するだろう。


 だが、歌を止めて行動を躊躇ためらうイリアからさっするに、簡単にこうじられるものではなさそうだ。


 幸いなのは武器までは取り上げられていない事。

 目の前の彼らに対抗するすべはまだ残されている。


 ルーカスはおもむろに、刀のへ手を伸ばした。



「力を使えずとも、このかたながあれば十分だ」

「不利な状況でもくっしないか。さすが救国の英雄殿、騎士のかがみですね。

 ですが今此処ここで、貴方達をどうこうするつもりはありませんよ。

 長生きしたいなら無駄な足掻あがきはせず、大人しくしていて下さい」



 ここに来た時と同じくベートが杖を打ち付けて、鳴らす。


 そうすれば、シンとベートの体がマナの光に包まれ、止める間もなく二人の体は消えて行った。


 随分ずいぶんと上から目線で言うものだ——と、ルーカスは刀へ伸びた手を楽にして、ため息を吐き出した。



「短距離とはいえ、転移魔術をこうも易々やすやすと使ってみせるなんて。やはり使徒は別格、油断のならない相手ですね」

「【魔術師ベート】はあらゆる魔術に精通せいつうし、無尽蔵むじんぞうのマナを持つと言われていますからね。魔術の打ち合いとなれば、分が悪いかも」

「ふん、実力はあるんでしょうけど、嫌な感じよ。あっちがまねいたくせに、こんなとこに閉じ込めて、ただ見てろだなんて」



 双子の姉妹とリシアが、消えた二人の使徒が居た場所を怪訝けげんな表情で見つめていた。



武器これでどうにかならないっすかね?」



 ハーシェルが腰の双剣を引き抜くと、つかじくにして一回転させて握り、結界に斬り掛かった。


 迅速な双剣の乱舞が結界をきざむが「ガキン!」と、鈍い金属音が響くだけで、さしたる変化はない。


 「ルーカスはやめておけ」と声を掛けようとするが、それよりも早く、ハーシェルの剣を止めた人物がいた。


 一本の槍を二つの剣筋に割り込ませて、制する。


 それをして見せたのはフェイヴァだ。


 あまりの早業にハーシェルは起きた事を理解しきれなかったのか、間の抜けた表情を浮かべていた。



「やるねぇ。お前さんなら、結界も力技で突破できるんじゃないか?」



 ディーンが問うと、フェイヴァは首を縦に振り、武器を収めた。



「無理だ」

「んん、そうか」



 感情のない短い返答を残して、フェイヴァは宮殿へ続く扉のある、壁の方へと歩いて行ってしまった。


 扉は勿論、開かないだろう。

 フェイヴァもそれは理解しているようで、静かにまぶたを閉じて腕を組み、壁に背をもたれた。


 ディーンが乱雑に切りそろえられた臙脂色ダークレッドの後ろ髪をいており、二人のやりとりを見たハーシェルは「ダメかー」と落胆しながら、双剣をさやへ戻していた。



「それにしても、この状況下で私達を制圧しないのは釈然しゃくぜんとしません。それだけ自信があるのでしょうが……完全にめられていますね」

「去り際の台詞セリフも『いつでも始末出来る』と言ってるようなものです。余裕綽々よゆうしゃくしゃくすぎて、ちょっと頭に来ますね」



 ロベルトとアーネストが腕を組み、険しい表情を浮かべている。


 二人が感じているように、あなどられた事へのいきどおりはルーカスも感じたが、彼らの〝慢心まんしん〟こそ、付け入るすきだ。



しゃくだが、今は言われた通り大人しく——機がめぐるのを待とう。

 イリアも、いいな?」



 ルーカスがイリアへ視線を送ると、すっかり意気消沈いきしょうちんしており、浮かない表情で小さくうなずいた。


 彼女の心中をおもんばかれば、無理もない事だ。


 ルーカスはイリアのかたわらに寄りい彼女の頭へ手を乗せると、気持ちをなだめようとやんわり銀の髪をでた。


 どうにかしたくても、打てる手が無い。

 もどかしさが、胸をめた。

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