第二十話 戦乱終結

 アディシェス皇族の特徴である黄金おうごんの瞳を持った将兵、第五皇子ジュリアスを包囲したルーカスだったが——。


 最後の足掻きと言わんばかりに彼が取った行動により、魔瘴石ましょうせきが〝ゲート〟を生み出す過程を目の当たりにした。



狂餐きょうさんうたげの開幕だ! 踊り、まどい、狂え!!」



 ジュリアスがちゅうに集まった闇へ両手をかかげ、狂ったようにわらっている。


 しくも、敵兵から回収した魔瘴石ましょうせきを持っていたアイシャのすぐ後ろと、ジュリアスの頭上に漆黒しっこくの闇が大口を開けて出現した。


 間を置かずその輪郭りんかくが揺らめき、闇の中から魔獣が飛び出す。


 数体の魔狼まろうが爪を立て、牙をき、アイシャの背へと襲い掛かり——鮮血せんけつが舞った。



「きゃあッ!」



 一体の魔狼まろうの爪が身ぐるみごと背をき、もう一体が肩へ食らいついて、アイシャの華奢きゃしゃな体がぬかるんだ地面へ伏した。



「アイシャ!!」

「これしきで、へばるなよッ!」



 一早く駆け出したロベルトと、それからいつの間にかハーシェルもアイシャの元へ向かっており、辿たどり着いた二人が、いさましくも美しい洗練された剣舞けんぶ披露ひろうして、魔狼まろうと途切れる事無く現れる魔獣を斬り捨てた。


 ルーカスもアイシャが気掛かりだったが——ジュリアスの頭上に生成されたゲートから出現した魔獣が襲い掛かって来たため、すぐに向かう事は出来なかった。



「包囲網の外にも魔獣の反応多数! 警戒して下さい!」



 探知魔術を行使する魔術師の団員が叫んだ。

 ここ以外でもゲートが生成されたのだろう。


 あっという間に包囲網の外からも魔獣が襲来し、場は混戦状態になりつつあった。


 こうなっては時間を掛けるほど不利になる。



「第一限定解除! コード『Λラムダ-856248』!」

『コード確認。第三限定、終了ピリオド。第一限定、解放リリース



 早急に事態へ対処するため、ルーカスは迷う事無く〝破壊の力〟を解放した。


 金色の輝きを宿していた腕輪の魔輝石マナストーンが、本来のあか色を取り戻し輝きを放つ。



「打開のすべはこの手にある! 落ち着いて冷静に対処しろ!」



 ルーカスは団員を叱咤激励しったげきれいしながら、左手に刀を持ち替えた。


 しかして地を蹴り込んで跳躍ちょうやくし、ジュリアスの頭上にあるゲートへと一呼吸の内に迫る。


 目標を視界にとらえ、紅いオーラをまとわせた刀で闇の大穴をげば、斬撃の触れた箇所かしょからはじけるようにしてゲートは消滅した。


 滞空中に足下そっかを見ると、黒塗りのかぶとからのぞ黄金眼レジュー・ドールと視線が合った。


 瞳孔どうこうが開き、かつ大きく見開かれ、顔面が蒼白している。



黒子ほくろ持ちの紅眼ルージュ……それにその力……っ! 〝破壊の悪魔〟か! クソッ!」



 ジュリアスが後退あとずさり、背を見せた。


 こちらの正体を知っておくしたらしい。

 はじ外聞がいぶんもかなぐり捨てて、逃げようという意図が見えた。



「……呆れるな。しょうとしての自覚や矜持きょうじはないのか」



 ルーカスは軽やかに着地を決める。


 そのすきを狙って斬りかかって来た重装歩兵と、牙を向けた魔獣は、破壊の力を宿した一太刀ひとたちほうむった。


 ジュリアスは重量のある鎧を身に付けているはずなのに、予想以上に俊敏しゅんびんな動きで、器用に戦闘の合間をって、逃げて行く。



ゲート迅速じんそくな排除が必要だが、みすみす奴をのがすつもりはない)



 ルーカスはジュリアスの背を追った。


 奴は包囲網を抜けると速度を上げて、帝国兵と魔獣の群れにまぎれようとしていた。


 戦う気概きがいはないくせに、逃げ足だけは一級品だ。


 しかしそれも、雨音にき消されず響いた唱歌しょうかにより、はばまれる事となる。



『——とどろけ、雷鳴の賛歌。神聖なる雷光ディ・アラージュ・エクレール!』



 りんとして透明感のある高音域ソプラノ——。

 詠唱士コラールであるイリア彼女の歌声だ。


 鬱々うつうつとした空から、回廊の柱のように紫電が走り、轟音ごうおんを鳴らして敵へと落ちた。



「この歌声、旋律の戦姫!? 何なんだよ、話が違うじゃないか! 教団は静観せいかんするんじゃなかったのかよぉ!?」



 ジュリアスのなげく声が聞えた。


 追い討ちをかけるように、大規模魔術、〝飛翔せし炎の流星フラム・ディアトレコ・アステール〟——魔術によって顕現けんげんした炎をまと隕鉄いんてつかたまりが、雨を打ち消してあられと降り注ぐ。


 雷光と火炎に行く手をさえぎられて、ジュリアスが足を止めており、追い付いたルーカスはガタガタと震えるジュリアスの背へ、すかさず刀を突き付けた。



「詰みだな」

「クソ、クソがああァッ!!」



 ジュリアスはお飾りと化していた腰の剣を抜いて、振り回した。


 往生際が悪い。型も剣筋もでたらめだ。

 てんでなっておらず、軽く身を引いただけでかわせてしまう。


 ルーカスは刀を右手に持ち替えて握ると、闇雲やみくもに振られた剣を受け止め、弾き飛ばした。


 反動でジュリアスがり、瞬間に、駆動くどうのため装甲が薄くなる関節部分に狙いをさだめて、突き刺す。


 首の付け根、肘と膝の裏、鼠径部そけいぶ——と、刃で突いた場所から血潮ちしおき出した。



「うぎゃあああ! 痛い痛い痛い痛い!!」



 やかましく、耳障みみざわりな鳴き声だ。

 ジュリアスは態勢を崩して地面を転がった。


 当初は討ち取って終わりにするつもりだったが、〝魔瘴石ましょうせき〟の事など存外に有益な情報を得られそうな可能性を考慮こうりょして、けんを断ち、自由に動けなくなる程度にとどめた。



「うぐぅう……ッ! なんで、オレが……こんなところで、こんなああッ!」

「大人しくしていろ、黄金眼レジュー・ドール。お前には後で聞きたい事がある」



 痛みに身悶みもだえるジュリアスを横目に、ルーカスはきびすを返す。


 ——かくして敵将の制圧に成功し、目的を達したルーカスは、リンクベルでそのむねを報せた。


 だが、戦場には魔瘴石ましょうせきにより発生したゲートが残っており、戦闘が続いている。


 ルーカスは報告を終えると、ゲートの破壊へと動くため、ジュリアスの身柄拘束は他の団員に一任した。






「いやぁ、護衛だけお願いするつもりだったんだけど、使徒の力はすさまじいね。

 美しい旋律せんりつを響かせ、無慈悲な閃光せんこうにて数多あまたの敵をめっする〝戦姫レーシュ〟——イリアさんの魔術。

 味方の大規模魔術に巻き込まれるのも恐れず突貫とっかんし、天賦てんぶの才としか言いようのない武を遺憾いかんなく発揮して、二対の槍で敵を圧倒する〝太陽の御楯みたて〟フェイヴァ殿。

 二人のあんな活躍を見せつけられて、王国軍私達も負けじと張り切ってしまったよ」

「先陣を切って立つ殿下の姿があったからこそです。私も兵士の皆さんも、鼓舞こぶされて士気をたもてました」

「まあ今回はそういう事にしておこうか。さて、勢いのある内に一気に決着と行こう。ゲートの破壊は頼んだよ、ルーカス

「魔獣と残存兵は私達がおさえるから、心配しないで」



 とは、おとりとして最前線に立ち、戦線を押し上げて合流したゼノンとイリアと交わした会話だ。


 負傷したアイシャと、ロベルトとアーネストは彼女に治療をほどこすため残る事になり、ルーカスはそれ以外の団員を連れて戦場を駆けた。


 イリア達と王国軍の精鋭が合流した事もあって、事態の収束にそう時間は掛からず、大きな苦労もなかった。






 ——こうして、後に〝第二次ディチェス平原の争乱〟と呼ばれる事になる戦は、エターク王国軍の圧勝で幕を閉じる。


 王国へ宣戦布告せんせんふこくし、ディチェス平原へ兵を進めたアディシェス帝国軍は多くの兵士が命を落とし、敗走した。


 王国軍も死傷者がゼロとはいかなかったが、帝国側と比べればその人数は圧倒的に少ない。


 ルーカス、イリア、フェイヴァ——三名の女神の使徒アポストロスが参戦した事。


 特務部隊を始めとした、王国軍の練度が高かった事。


 瞬時にゲートへの対処出来た事。


 そして一貫いっかんして士気の高かった事が有利に働いた。


 教皇ノエルに付いた女神の使徒アポストロスが、戦争に介入するのではないかと危惧きぐしていたが、そのような事もなく。


 アディシェス帝国による侵略しんりゃくは、一先ひとまず食い止められ、事は順調に運んでいるように思えた。






 ——「アイシャが目覚めない」と、聞かされるまでは……。

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