第十七話 黄金眼≪レジュー・ドール≫の将兵

 戦場を駆けるルーカスの後を、団員達もしっかりと付いて来ていた。


 敵将までの道筋は、探知魔術を行使するアイシャ達が都度つど、教えてくれるため、前進あるのみだ。



「て、敵襲だ!!」



 突撃に気付いた兵が叫び、漆黒しっこくの剣が向けられた。


 ルーカスは振りろされた、複数の刃と切り結ぶ。


 魔術器は金の輝きを失っておらず、崩壊の力はまだ解放したままだ。


 ならばどうなるか。


 刀に触れた敵の漆黒しっこくの剣が、持ち手グリップを握る手もろとも崩れ去るのは必定ひつじょうだった。


 ルーカスと刃を合わせた者は例外なく、崩壊の餌食えじきとなって行く。



「ひ、ひいぃ!」

狼狽うろたえるな! 敵はたかだか数十人だ、数で押せば——!」



 隊長らしき男の声が聞えたが、特務部隊をめてもらっては困る。


 個々の戦闘能力は王国でも屈指くっし神秘アルカナを宿す分女神の使徒アポストロスはあるが、彼らにも引けを取らないと自負じふできる精鋭部隊だ。


 近接戦闘を得意とする者は、数の不利を全く気に留めず切り込んで武を示し、魔術師隊も走りながらたくみに攻撃魔術を放っている。


 治癒術師ヒーラーの的確な援護も見事だ。



「命が惜しくない者は、来い!」



 ルーカスは崩壊の力を刀にまとわせながら、刃を振るう。

 当たりどころが悪く、身体そのものが崩れて砂となり、絶命する兵もいた。


 敵から見れば恐ろしい光景だろう。


 最初は勢いよく斬りかかって来た帝国兵だったが、砂と崩れ去る恐怖と特務部隊の勢いに押されたのか、次第に蜘蛛くもの子を散らすように逃げまどった。


 それでも向かって来る者は一定数おり、ルーカスはその勇気に最大限の敬意を払って、斬り捨てた。






「ルーカス団長、標的ターゲットはもうすぐです!」



 疾風怒涛しっぷうどとうの勢いで、帝国軍の只中ただなかを駆けた特務部隊は、漆黒しっこくかぶとよろいまとった黄金眼レジュー・ドールの敵将に最接近さいせっきんする。


 彼の周囲を白銀の重鎧じゅうがいを装着した幾人いくにんもの歩兵がかこんでいるのが見えて、制圧すべく動く。



「切り崩せ!」

「了解ッ!」

「見せ場だな!」



 ルーカスを筆頭ひっとうに、魔術をまとわせた大剣をかついだディーンと、器用に両手の双剣を一回転させて見せたハーシェルが斬り込んだ。


 敵将の護衛であろう重装歩兵じゅうそうほへいは、たたずまい、それから瞬時に武器を構えて対峙たいじする姿から精鋭である事がうかがえる。


 重装備がほこる防御力は厄介やっかいだが、対処法はいくらでもある。


 それに今は崩壊の力が使えるため、紙のようなものだ。


 ルーカスが鎧に太刀たちを浴びせれば、たちどころに鎧は砂となり、装備を失って無防備になった敵を団員達が討ち倒して行った。



「王国の犬が、調子に乗るなあッ! お前らも、もたついてんじゃねぇ!」



 黄金眼レジュー・ドールの敵将が、怒鳴り散らす声が聞えた。


 彼自身も腰に剣をたずえているが、武器を持って戦う気概きがいはないらしい。

 壁となった兵の間から、腰が引けて震える情けない姿が見えていた。


 敵軍ど真ん中のため敵の数は多いが——追い風が吹いたかのように、国境方面から大規模魔術による炎と閃光せんこうが帝国軍へ向けて降り注ぐ。


 炎にまかれ、光につらぬかれて、兵士が次々と倒れて行った。


 国境方面の王国軍が戦線を押し上げて来たのだろう。


 戦意喪失せんいそうしつし背を見せて離脱する兵も出始めている。

 制圧は時間の問題だ。



「ジュリアス様、お逃げ下さい!」



 重装歩兵が黄金眼レジュー・ドールの将兵をジュリアスと呼んだ。


 その名は聞き覚えがある。

 ジュリアス・ドゥエズ・アディシェス。

 第五皇子の名だ。



かこめ! 逃がすなよ!」



 ルーカスがげきを飛ばすと、団員達が素早く包囲網ほういもうを完成させた。


 護衛の兵はまだ残っており、戦いは続いているが——ここから大逆転は難しいだろう。



王手チェックメイトだな」



 ルーカスは漆黒しっこくまとって身じろぐジュリアスを視界におさめると、刀を両手で握りこめかみの位置で構えた。


 勝利への一刀を決めるために。



「くそっ、こうなったら——!」



 すると何を思ったのか。


 ジュリアスは身に着けた鎧をまさぐって、そう時間を掛けず、を取り出した。


 ——その手にはあったのは魔瘴石ましょうせきだ。


 ジュリアスはそれを天高てんたかかかげると、はち切れんばかりの声量で叫んだ。



開けリヴェール!!』



 ジュリアスの手の魔瘴石ましょうせきがどす黒い闇を吐き出し、直後、大地が揺れた。

 大きなものではないが地震だ。


 何をしよう言うのか。

 逆転の目はないと思ったが、どうにも嫌な流れを感じて、ルーカスはジュリアスを討つため踏み込もうとした。



「何なの!?」



 だが、おどろきに満ちたアイシャの声が後方から響いて、踏み込みかけた足を止めてしまう。


 黄金眼レジュー・ドールがルーカスの後ろ、恐らくは声を上げたアイシャへと向けられ、ジュリアスの口角が歓喜かんきしたようゆがんだ。



「はははッ! ご丁寧ていねいひろって来たのか! これは好都合こうつごうだ!」



 「拾って来た」とは——魔瘴石ましょうせきの事だとすぐに気付く。


 はじかれたように振り返れば、アイシャの周囲にも濃密のうみつな闇が立ち込めていた。


 ふところにしまい込んだ魔瘴石ましょうせきからあふれ出たものだろう。


 そうこうしている内に、吐き出された闇が一か所に集まり、ちゅうに見覚えのある漆黒しっこくの大穴を形成して行く——。


 リエゾン、王都、そしてつい最近イシュケの森でも目にした現象。


 ——ゲート

 魔物を生み出す、災害さいがい



「アイシャ! すぐにそこから離れろ!!」



 包囲網の一角をになうロベルトが声を荒げ、駆け出す姿が視界のはしに見えた。

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