第十六話 王手へ詰めの一手

 部隊が目指したのは森林地帯の中間付近にある、切り立った丘のがけだ。


 晴れていれば眼下にディチェス平原へいげんが一望出来るため、展開する帝国軍の全容を掴むのに打って付けの場所である。


 今回は雨と霧の影響で視界が悪く、素の肉眼で視る事は困難だが、遠見とおみの魔術とマナ機関をもちいれば問題ない。


 それらに特化した団員により偵察ていさつおこなわれ、程なくして彼らは成果をげる。



「見つけましたよ、団長」

「敵軍ど真ん中。国旗をかかげ、重装歩兵じゅうそうほへいに守られた黄金眼レジュー・ドールの将兵がいます」



 偵察班の一人が〝望遠鏡オリゾン〟と呼称される遠見のマナ機関の高度を保ったままルーカスをまねき、「こちらです」と筒状の先端からのぞく様うながした。


 ——のぞき見れば確かに。


 白銀の重鎧じゅうがいまとった、護衛と見られる兵士にかこまれて、漆黒の鎧を身に着け、かぶとの合間から黄金眼レジュー・ドールの瞳を光らせる男がいた。



「恐らくは第三、第五皇子のどちらかだな」



 黄金眼レジュー・ドールはアディシェス皇族の特徴だ。


 帝国には五人の王子が存在していたが、第二皇子は六年前の戦乱で討ち取り、第四皇子は産まれてすぐ病死したと聞いている。


 そして第一皇子は病弱との噂があり、戦場へ出て来た事がない。


 であれば、どちらかにしぼられるのは必然だ。



標識マーキングは出来たか?」



 ルーカスは望遠鏡オリゾンへ向けていた視線を、アイシャを含め、探知魔術を行使こうしする団員へと向ける。


 彼らは望遠鏡オリゾンで標的をしばし確認した後、「問題ありません」「抜かりなく」と肯定こうていの意を返した。


 これで標的を見失う事はない。


 ルーカスは次にロベルトへと視線を移した。

 ロベルトはリンクベルの通信で本陣と連絡を取り、情報の伝達をしている最中だった。



「——はい、承知しょうち致しました。そちらもお気をつけて」



 彼の側へと歩み寄り、通信が終わったのを見計らって声を掛ける。



「あちらの状況はどうだ?」

「順調な様です。えさに釣られた敵兵を引きつけ、もう間もなく大規模殲滅せんめつ魔術による掃討そうとうが開始される模様です」

「そうか。こちらの仕掛けるタイミングとかさなれば、丁度いいな」



 標的は補足出来たため、後は行動へ移すだけだ。


 ルーカスは丘の上へ集った総勢五十名の団員を見渡した。


 みな、打ち付ける雨を物ともせず起立し、覚悟を決めた面持おももちで、号令を待っている。


 ——機はじゅくした。


 ルーカスは左腕にまった、紅色あかいろ魔輝石マナストーンが輝く金の腕輪を見つめた。


 かつてこの地で多くの命を奪い、大地を崩落させたまわしき力が此処ここる。


 だが、恐れる必要はない。


 破壊の力も、【塔】の神秘アルカナも、使い方次第。

 この力は今、道を切り開くためにるのだから。


 ルーカスは息を大きく吸い込み、叫ぶ。


 

くぞ! この身に宿す力をして、王手をかける!!」



 団員達から「おおお!!」と、雄叫びが上がる。


 特務部隊はルーカスの掛け声を合図に、敵将てきしょう目指して突撃を開始した。


 魔術師隊が事前に〝風纏加速レジェ・レゼール〟の魔術をほどこしているため体は軽やかだ。


 ルーカスはがけとなった岩壁をなんなくすべり、先頭を駆けた。


 全身に雨粒の躍動やくどうを感じながら一陣の風となり、帝国軍との距離を詰め——。



「コード『Ηイータ-TT1103』、第三限定解除! 目覚めろ〝崩壊ラ・メゾン・デュー〟!」



 声高らかに告げた。



『事前承認——許可クリアー。コード確認、要請ようせい受諾じゅだく

 第三限定、解放リリース



 魔術器まじゅつきから機械的な音声が響き、腕輪のあか魔輝石マナストーンが色を変えて金色に輝く。


 腕輪からあふれ出た金の波動が、ルーカスの左腕にまとわりらめいた。



(——【塔】の神秘アルカナを解放するのは、本当に久しぶりだ)



 その特性は物質の崩壊。


 破壊の力が物質を消し去る力だとすれば、崩壊の力は物質の自戒じかいうながす力。


 どちらも壊す事に特化した能力だ。


 帝国軍の進行方向に対し、真横から迫ったルーカスは、大軍を目前にしてさやから刀を引き抜く。

 

 そして立ち止まると、後続にも停止の合図を送り、刀のつかを両手で握り締めて刃を地へと突き立てた。


 狙うは大地の崩落。


 人に向けて直接力を振るうよりも、手っ取り早く大軍の排除と分断をさそえる、無情な方法だ。



くずれろ!」



 力が作用する様を想像イメージすると、腕輪の輝きが増した。


 刀から大地へ、ルーカスの意に沿って崩壊の力が伝播でんぱして行く。


 底から響くような低いうなりを上げ地面が崩れて、一直線に地が割れた。


 予告なく大口を開けた地に、進軍中だった兵士が少なくない人数巻き込まれ、落ちる。


 またたく間に崩壊の力は平原の東から西へ、大地を縦断し、容易たやすく飛び越える事が不可能な裂け目、また落ちて運良く助かっても簡単にはい上がれなさそうな奈落を生んだ。


 どれ程の深さとなっているのか、ルーカスも正確にはわからない。


 雨音、地鳴り、恐怖を叫ぶ声の、三重奏さんじゅうそうが聞こえ、突き立てた刀がまるで墓標ぼひょうのようだ。



「見事に真っ二つだな」

「破壊の力ってのは何でもありっすね」



 ディーンとハーシェルが目の上に手をかざして、割れた大地を見つめている。


 空は黒雲こくうんめており、薄暗いためまぶしくはないのだが、遠くを見通す際の仕草が習慣付いてしまっているのだろう。


 そして正しくは【塔】の神秘アルカナによる〝崩壊の力〟によるものなのだが——ルーカスが使徒である事は極秘事項。


 酷似こくじした両者の違いを見抜ける者などそういないため、えてく事はしなかった。



「敵将の反応、まだありますね。なんを逃れたようです」

「……そうか」



 落ち着きのある高音が告げた。


 地割れに飲み込まれてくれれば一気に片がついたのだが、そう上手くはいかないようだ。


 かと言って、これ以上この地を破壊する訳にもいかないので、ルーカスは力の放出を止めると、地に刺した刀を抜く。


 ——と、胸の辺りにするどい痛みが走って、生温なまあたたかいものが食道しょくどうからり上げた。


 口内に鉄の味が広がって、すぐさま口元をおおうがき止める事が出来ず、赤いしずくが手からこぼれる。


 それを見たロベルトとアイシャが「団長!?」と悲鳴を上げた。


 急激に力を行使したため、制御が甘かったらしい。

 ぎょしきれなかった力がみずからに返り、内部を傷つけたのだろう。


 アーネストが駆け寄りこちらの容態ようたいて、治癒術を唱えようとした。


 しかし、ルーカスは手の甲で口元をぬぐって「大丈夫だ」と行動をせいする。


 紺瑠璃色ダークブルーの瞳が何か言いたげに向けられたが、治癒にかける時間が惜しい。



「おいおい、ほんとか? 正念場しょうねんばで倒れられても困るぞ」

「問題ない」



 多少の痛みは慣れている。


 何よりこの大一番で気弱な姿を見せれば、団員達が不安を抱き兼ねない。

 ルーカスは親友の問い掛けに無表情ポーカーフェイスで返した。


 するとアイシャから「せめてこちらをお使い下さい」と、レースの付いた白いハンカチを手渡された。


 血で汚してしまうのは申し訳なく思ったが、突き返すのも無粋だ。


 「ありがとう」と、お礼を伝えて有難ありがたく使わせてもらい、内ポケットにしのばせ——平静をよそおう。


 アディシェス軍が分断し、混乱している今が絶好の機会チャンス、足踏みはしていられない。



「——さあ、行くぞ! 遅れるな!」



 ルーカスは刀を左手に持ち変えると、敵軍へ向かって突っ込んだ。

 この戦乱を終わらせるため、首級を狙う。

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