第六話 イシュケの森の異変

 ナビアの女王との謁見えっけんにルーカスとイリアはのぞみ——話を終えて謁見えっけんの間を出ると、すぐさま行動に移った。



(イシュケの森へ行きゲートを破壊する。

 そしてマナ欠乏症の原因を探るため、イリアから進言のあったパール神殿を目指そう)



 出発前にルーカスは特務部隊をいつつの隊に編成した。


 一班のルーカス、ロベルト、アイシャ、ハーシェル、アーネストの五名。

 それとイリア、シャノン、シェリル、リシアの四名。


 以上、計きゅう名をゲート破壊のための主力とし、独立して動く部隊とした。


 それ以外の班をバランスよくよっつの部隊へと割り振り、ルーカス達の主力部隊を中心として四方しほうへ展開、周囲の警戒けいかいと魔獣の排除をおこないながら進んで行く布陣だ。


 ——そうして準備を整えたルーカス達は、首都ザフィエルを出発。


 主力の九名の陣形は、最前列をルーカスとハーシェルが担当。


 中列には殲滅魔術にすぐれたイリア、治癒術師ヒーラーのリシア、索敵のための探知魔術と攻撃魔術を扱うアイシャが並び、三人の両翼をアーネストと、他部隊との連絡・連携をになうロベルトが守る。


 殿しんがりの最後尾をシャノンとシェリルが続く配置だ。


 神殿への道のり——イシュケの森の中は、鬱蒼うっそうと生いしげる木々が陽光をさえぎってしまうため、わずかに木漏こもが入って来るだけだった。


 陽の当たる時間であるにも関わらず薄暗く、ゲートや魔獣の出現もあってか鬱々うつうつとした雰囲気ふんいきかもし出している。



「やな感じだなぁ。リエゾンの坑道もそうだったすけど、薄暗いところってあんまり好きじゃないんすよね」

「気が滅入めいるのは確かだな」



 陣形をたもち進む中、ルーカスは並んで歩くハーシェルと会話を交わす。



「そうっすよね? せめて明るく楽しい話題で、気分を上げて行かないとやってらんないっすよ」

「まあ、一理ある」



 ナビアの現状をかんがみると、どうしても陰鬱いんうつとしてしまうが、悪い事ばかり考えても状況は好転しない。


 前向きな思考と言うのは、時に活力になる。



「ってことで、団長! 〝救国の英雄〟と〝旋律の戦姫〟の恋物語ロマンスが聞きたいっす」



 にやりと口角の端を上げて歯を見せたハーシェルが、緑玉エメラルドの瞳をキラキラと輝かせていた。


 ルーカスは自分を揶揄からかう幼馴染、ゼノンとディーンの姿が、目の前の部下にかさなって見えて——頬を引きつらせた。


 こういう時の彼らは、面倒この上ない。



却下きゃっかだ。何度聞かれても私的事プライベート意気揚々いきようようと話すつもりはないぞ」

「えぇー……あんな公開大告白しといて?」

「……それはそれ、これはこれだ」



 人目のある船上で想いを伝えてしまったがために、イリアとの事は特務部隊の団員に広く知れ渡ってしまった。

 

 物怖ものおじせず面と向かって話題に出すのは、団員達の中だとハーシェルくらいだが——如何いかんせん、しつこい。


 好奇の目で見られる事は覚悟していたので、後悔はない。

 が、すきあらば根掘り葉掘り聞きだそうとするので、油断ならない。


 船旅の最中さなかに、シャノン、シェリルと同調して質問攻めにして来た時には頭をかかえたものだ。



「少しくらい良いじゃないすか。ね、イリアさん?」



 後頭部で手を組み合わせたハーシェルが後ろへ振り返った。

 話題が急に飛び火したイリアは「え!?」と驚きの声を上げている。


 ルーカスも振り返ってイリアを見れば、その声に反応した皆の視線が集まっており——たちまち顔を赤へ染めていった。



「えっと、ええっと……そうだ! 暗いのが苦手なら照らしてあげるね」



 イリアが慌てふためいた様子で、右の手のひらを胸の位置にかかげると『太陽ヘリオスよ』と短くとなえる。


 すると、太陽に酷似こくじした、小さなまばゆく白光する球体が手の中に生まれ——イリアが頭の高さへ腕を上げると、光の球体は手のひらから離れて浮き上がり、頭上で輝いて薄暗い周囲を明るく照らした。



「おー。さっすが団長の恋人。気がくっすね」



 ハーシェルの発言は無視して、球体の輝く様をルーカスがながめていると——。



「——団長、前方に魔犬の反応があります。数は五」



 探知魔術を発動中のアイシャから、接敵せってきを告げる声が響いた。


 ルーカスは視線を落とすと、紫水晶アメジストの瞳の目尻を吊り上げ、引き締めた表情のアイシャを見やり「了解だ」と告げた。


 その後イリアがほっと息を吐く姿を見ながら前方へと向き直り、左腰に帯刀した刀のへ手を添えた。



「おしゃべりは終わりだ。ハーシェル」

「ういっす」



 ハーシェルも剣帯から引き抜いた双剣を構えて、臨戦態勢りんせんたいせいを取っている。


 ——そうして、道中で魔獣と遭遇して戦闘になる事もあったが、アイシャの迅速な知らせで的確に対処していった。


 ゲートの場所についても、事前にナビア側から詳細情報の提供があったため、進路を決めやすかった。


 時に門凍結術式フリーズ・ゲート維持のため派遣されていた、ナビアの騎士と共闘きょうとうして魔獣を討伐する場面もあった。


 それぞれの役割をこなして魔獣を倒し、凍結されたゲートを次々と破壊して、順調に事は進んで行く。

 各部隊とも連携を取って、警戒けいかいおこたらず、ひたすらに歩みを進めた。


 パール神殿のあるみずうみを目指して、森の奥へ、北へ——と。






 休まず進み、情報提供のあったゲートをあらかた破壊してパール神殿へ近付いた頃。

 ルーカス達は、遭遇そうぐうする。


 まるで燃えがらのような黒いマナらしき物が、宙に舞っていたのだ。



「何ですか? これ……」

「マナ……ですよね。マナが魔術の属性に感化されて、きらめく色に変化を見せるのは皆さんよく知る事実ですが……」

「……輝きもなく、真っ黒。闇系統の魔術でも、こんなの見たことない」



 後方からリシアと、殿しんがりつとめる双子の姉妹のつぶやく声が聞こえた。


 異変——それは、視覚化して大気を舞うマナが、輝きを失って黒く染まっていたのだ。



「気味が悪いですね」

「……それに、心なしか息苦しさが増した気がします」



 両翼を守るアーネストとロベルトも言葉をこぼした。


 イリアの作り出した太陽ヘリオスが周囲を明るく照らしてはいるが、陽光の木漏こもが、森の中から消えている。


 陽がかげってしまったのだろう。


 どんよりとした空気がただよう中、ルーカスは黒く染まったマナを見て、夜の庭園でイリアが話した事を思い出していた。



禍々まがまがしい黒いオーラを放っているでしょう? あれが瘴気しょうき。物質的にはマナと同義なんだけど、瘴気しょうきって言うのは——』



 マナと同義の物質——瘴気しょうき

 大気を舞うこれが、そうなのではないかと考えた。



「イリア、これが……瘴気しょうきか?」

「……うん。瘴気しょうきは——世界を、マナをむしばむ、毒みたいなものだよ」



 あの夜は言葉に詰まっていたイリアが、迷いなく答えた。

 振り返って見れば、揺るぎない勿忘草わすれなぐさ色の瞳がこちらを見据みすえていた。


 ——呪詛じゅそに苦しむ姿はない。



(記憶のかせが、失われつつあるのか)



 それは喜ばしい事であった。

 しかし、教皇ノエルやディーンによって得ていた断片的な情報から、一抹いちまつの不安を胸にいだく。



(イリアは教皇ノエルの姉で、その事実はされてきた。

 教皇は枢機卿すうききょう確執かくしつがあり、イリアを守るために呪詛じゅそほどしたと語った。

 ディーンもまた内部抗争こうそうがあると言っていたし、それに——枢機卿が口にしたと言う、あの歌の題名……女神のゆりかご……)



 彼女を取り巻く環境は、考えれば考えるほど、不穏の影しかない。



「ルーカス、見えて来たよ」



 耳に心地よい高音域ソプラノの声が届いて、ルーカスは思考を中断した。


 気付けばイリアが横に並び立っており、前方を差ししめしている。

 指先を追うと、木々の合間から青色が見えた。



みずうみ揺蕩たゆたう水の色か)



 パール神殿があるみずうみの近くまで来ていたようだ。


 ルーカスはみずうみを視認すると立ち止まって、手を真横、少しななめにして手のひらを見せ「待て」の合図を出した。


 みなが停止するのを確認して、そびえ立つ木としげみの向こう、前方の景色に目をらす。


 ——すると、みずうみの手前に開けた陸地、神殿へ続く道の前に、揺らめいて宙に浮かぶ漆黒しっこくの大穴が見えた。


 ナビアの騎士の姿は周囲に見当たらず、門凍結術式フリーズ・ゲートで凍結処理されていない、新たなゲートが存在していた。


 そこから断続的に魔獣——魔犬まけん魔狼まろうが排出されているのが遠目にうかがえた。



ゲートっすね」

「大分壊して来ましたが、まだあったのですね」



 しげみに身をかがめたハーシェルと、眼鏡の額縁フレームを押し上げて、紺瑠璃色ダークブルーの瞳を光らせたアーネストが言葉をはっした。



「アイシャ、周囲の状況はどうだ?」

「魔獣の反応がまばらにありますね。この近くのゲートは多分、あそこだけだと思います」

「各部隊からも今のところ、新たなゲート発見の報告はありません」



 アイシャの返答に続いて、ロベルトが告げた。

 ルーカスはうなずくと、腕輪ブレスレットまった左手を見つめた。


 震えは——ない。


 ここまでの道中、幾度いくどとなく『破壊の力』を振るったため若干じゃっかんの疲労は感じているが、まだ大丈夫だと、そう思えた。



「さっさと破壊こわしてしまおう」



 告げれば「了解!」と気のいい返事がみなから返る。


 ルーカスは立ち止まる時間を惜しんで、性急せいきゅうに刀を引き抜くと左手に持ち替えた。


 目的地であるパール神殿は目と鼻の先だ。

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